第26話 3月29日に初めての投稿をする

「あっ、思い出した」

トウとカリンと呼び合うのを決めた後、彼女が何かを思い出した。

 

外から私の部屋に入って来る光は、オレンジ色の濃度が増して来ている。

春分を過ぎたばかり、この頃、暗くなるのは意外と早い。

 

私はアメと自分のご飯の用意を始める為にハンズフリーに切り替えていた。

私の両手が空いているのに気が付くと、アメが「おっ?お話し終わりニャ?」目敏く気付いて構ってくれとやって来る。

私はご飯の用意を後回しにして、アメと戯れはじめた。

 

アメと戯れながら、彼女の言葉の続きを期待しながら待つ。

彼女は何を思い出したのだろう?


「何で電話したのか」


今更?驚いてアメと戯れていた手を止めた。

私の手に飛びかかろうとしていたアメは、予測していた地点に私の手が来なかったので

勢いが殺せず、思わず私の体を登って来てしまった。

私とアメの目が合う。

 

私と違う理由で驚いて、アメの目がまん丸だ。

(あ、登っちゃった)

怒られるかな?そんな伺うような瞳の色で私を見る。

(登っちゃったね……こんにちわ)

アメのヒゲを撫でつける。

アメは登る事を許されたと思ったらしい。

そのまま私の体を、這いずり登って来た。


「沢田さんの、あっ、トウの書いた物、面白かった。その、でも、お願いがあって」


(言ってごらん、大概の事は聞いてあげよう)

自分がどの立場に居るのか、私は登って来たアメを抱き上げて、

再び彼女の言葉を待つ。


「どれが沢田さんの書いた物か分からないと、

どの作品も、添削する気分で読んじゃうんです。

そうすると何か、どれもこれも素直に楽しめなくって。

だから、内緒で上げるのはやめてもらって良いですか?

トウの作品だって、分かって読んでも、公平に見るから大丈夫。

面白く無いものは面白く無いって、言いますんで」

 

そうか、物語を作ると言う点では、彼女の方に一日の長が…

一日どころでは無い長が有るのだから、気分的には後進の者を育てる目線で読んでしまうのか。

彼女の申し出にも納得が行く。


連絡を取り合えるようになった時点で、私の意地は瓦解している。

それ程、拘る事では無い。

「分かりました。え〜と、どうすれば良いですか?投稿したら連絡すれば良いですか?」

「あっ、それは大丈夫。でも投稿サイトの通知を有効にしておいて欲しい」


彼女はそう言った面においても先輩なのだ、投稿サイトの機能に付いて教えてくれた。


「……そうしておけば、トウをフォローした人の中で、トウが教えたい人にだけ、下書きを更新した事が伝わるようになるよ。そもそも下書きを見られる人は限られているし」


知らなんだ。確かに、いきなり公開するのは抵抗がある。

公開前に、気を許せる人だけからのコメントを貰えるのは、ありがたい。


「それで、どうでした?面白いとは言ってくれてますけど…」

 彼女は面白いとは、言ってくれているが、「漫画にしたい」とは言ってくれない。


「そうですね、トウは絆創膏を剥がす時、ユックリ剥がされたい派?

それとも一気に行って欲しい派?」

比喩では無くて、本当の絆創膏なら、まず様子を見て欲しい。

様子を見てビッと行っても大丈夫なら、一気に行って欲しい。


けれど、そんなつまらない返答はしたく無い。

粋が何なのか良く分かっていないが、粋じゃない。

けれど迷う。彼女がどれくらい手厳しいのか、まだ判断が付かない。

しかし、迷うのも粋じゃない。


「一気に行って欲しい派です」

「表現に凝り過ぎてて、自己陶酔も甚だしい」

 

まだ育ち切っていない瘡蓋ごと一気に持って行かれた感じがする。

今度はもっとオブラートに包んでもらおう。


「例えば、コレとか『化粧は怖ろしい、まさに化生のごとくだ』とかね。

このご時世、こう言った表現には気をつけた方が良いよ。

でも、表現に凝り過ぎてるかと思えば、物足りない所もあって、

『彼女は楽しそうに話している。』とかは、もうちょっと、どう楽しそうなのかプリーズ。

あと、わたしに会いに来る動機。

コレもなんか物足りないと言うか、ボカしてる?ボケてる感じがする。

もっと明確にさらけ出して欲しい。

あっ、わたし自身の事だから、もっと詳しく書いて欲しいとか、そう言うんじゃないよ?

あとね。離婚したのはホント?か、どうか分からないけど、辛さを訴え過ぎ。

でも中途半端なの。

どうせ辛さを表現するんだったら、読んでる人も、もう辛くてページがめくれません…

違うか、スクロール出来ません。ってくらいに、

辛さのせいで腐り切ってしまった心を見せて欲しい。

厳しい事ばかり言ってゴメンね。

可愛い所だと、この小麦をひっくり返えすシーン、小麦じゃなくて、

小麦粉だよね?あまりにシュールだから思わず絵にしちゃった」


彼女はPCを操作しているのか、キーボードを打つ音が聞こえる。


「あとねぇ、重複してる箇所があるんだよね。

特に最初のわたしの紹介のところ。

冒頭はね、本当に肝心なの、最初が10割と思ってくれてもいい。

だから、わたしが炎上していたくだりを書いてある所や……

あぁ、その前に基本的な事だけど、句読点や段替えに気を配った方が、読み易くなると思うよ。

てにをは、は大丈夫そうだけど…

重複してるのはぁ、炎上の部分と、あと、どこだっけかなぁ」


彼女は添削した部分を探す。

まさか、こんなに読み込んでくれるとは思っていなかった。

細かい指摘は後からメッセージアプリでまとめて来た。

そこには濁点を忘れている文字の指摘まで入っていたので、

斜め読みをした訳では無い事が窺えた。


彼女は私の書いた物を一つの作品として成立する様に、アドバイスをくれている。

私は特に作品として成立させる意図は、それほど強く持っていなかった。

彼女の妄想の足しになれば良い。

その妄想が上手く育って漫画になってくれればもっと良い。

その程度だったのに、彼女は私の作品を……


これが、彼女の言っている、

「重複している」部分になるのだろうか?だとすると大幅に見直しが必要になって来る。

似たような表現はたくさんして来ているはずだ。


確認のため、私もPCを立ち上げて、モニターのクルクル回っている表示を、アメと一緒に見ていると、彼女が突然 謝った。


「ごめんなさい、ごめんなさい。偉そうに。

今のは、あくまで、わ、わたしの感想です。全体としては面白かったです。

面白いから、読み易くなって欲しいなって。

読みにくいと、そこで止まって、読んでる人が離れて行っちゃうから…」


彼女はかなり焦っていた、私は彼女の言った事を特に気にしていなかったが…

気にしていないと言うのは、感謝こそすれ、

不愉快だとは感じていないと言う意味で、気にしていなかったが、

彼女の年代では上から目線で物を語るのはきっとタブーなのだ。

私の年代の感覚では、彼女が気に病んで、そんなに焦るほどの事は言っていない。


「ううん、大丈夫ですよ。ありがとう、カリン」

「えっ?やっ、そうですか?やだな、もう。そんなイキナリ、そんなゴメンナサイ」

彼女が片言で謝ると、

ゴトリ。受話器の向こう側から何かを落とした音がする。

ネムイが悪戯でもしているのだろうか?ネコはPCを立ち上げると必ずやって来る。

必ずだ……そうしてキーボードの上に寝そべる。


彼女の焦りが電話越しからでも伝わって来る。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫です、大丈夫です」

彼女が息を整える。

私はずっと気になっていた事を、直接 聞いた。

「漫画にするほどでは無いですか?」

「えっ?漫画?漫画……えぇ、ですね。あぁ漫画!

そうですね、面白かったんで、続きは読みたいですけど、

面白いとか、面白くないよりも、自分の事について書かれているので、

漫画にしにくいです。

わたしの日常を描いた物は既にあるので。

今は まるでかけ離れた世界の事が描きたい気分なんですよね。

例えばドロドロの三角関係の話しとか」


続けるか、新しい物を書くか、なんとも微妙な返答である。

漫画にせずとも、続きは楽しみにしてくれているらしい。

続けていれば、私の言葉は彼女の中で生きるだろうか?

漫画にならずとも彼女の中で生きて、優しい気持ちにしてあげる事は出来るだろうか?


新しい物を、例えばドロドロの三角関係の話しを書けば、漫画にしてくれる確率は上がる。

だが私が書きたいと望んでいない物を無理に書いても、

きっと言葉達は彼女に辿り着けないだろう。


このままこの物語を続けよう。

カリンが読んでくれるのなら。

カリンと連絡が取りあえるなら、物語は続けられる。


私がそう決心すると。

「あっ、思い出した」

彼女がまた何かを思い出した。

「沢田さんの書いた物の感想を言うのに、ただでさえ偉そうになりがちなのに、

沢田さんって言ってると、益々、居丈高になりそうで嫌だったんだよね。

だからトウって、それもあって呼び方を変えたかったの」


2人の距離間が近ければ、多少、キツい意見でも本当の事を伝えやすい。

私の事を思えばこその彼女の我儘であった。

先程の彼女の感想を聞くに、彼女は抜身の刀のような事を言う。

同年代の子にも、あのような口振りであれば、相手は絆創膏を貼ったのでは、済まされない傷を負うだろう。

おどけた様な事を書いたが、私も瘡蓋を剥がされた所の騒ぎでは無い痛みはあった。


トウとカリン。

これは彼女に取っては鞘のような物であるのかも知れない。

それは彼女が2人の関係を大切にしたい、そう考えてくれているからだと思いたい。

私はここまで何度も自惚れて勘違いをして来たが、

カリンが2人の関係を大切にしたいと思っているのは、これは勘違いでは無いと信じたい。

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