第20話 3月29日に初めての投稿をする
彼女からだった。
私は新しく物語を書く決意をまた改めた。
改めて、やめる事にした。
停滞していた物語が動き始めた気がする。
:メッセージアプリのIDを教えてちょーだい:
と入っている。
私は当初の誓いを1ヶ月で破った。先程バカだと思ったばかりだ。守っている方がバカである。
今度はメッセージアプリの方に通知が来た。
【読んだよ。多分アレが沢田さんの…
「2月22日にネコをひろう」ってタイトルでしょ?】
【あんなのタイトルさえ見つけられれば、すぐに分かるよ。面白かった。】
「アメェー!」
公園なので声は抑えたが、自分の部屋でも壁が薄いので抑えるが…喜びは抑えられない。私が何と返信すれば良いか、もたついていると。
【今、大丈夫ですか?】
続けざまに通知が来た。これくらいの質問の返信なら流石の私もすぐに返せる。はい。と送れば良い。
送信するとすぐに、メッセージアプリ経由で着信があった。
「読みましたよ」
出ると、「もしもし」もなしに彼女がいきなり切り出す。私がしどろもどろしていると
「なんか見つけた時、ワクワクしちゃった。
取り敢えず転生、おめでとう」
聞き間違いかと思った。
「えっ?テンセイですか?」
「あっ、ごめんなさい。ちょっと今、異世界物のタイトルが目に入ったから」
異世界物。そう言うジャンルがある事は知っている。だいたいタイトルに異世界とか、転生したら〜、とか入っていて分かりやすい。
「でも………」
彼女はなかなか話し始めない。通話が切れたのかと思った。私はこのアプリで通話をするのが初めてだった。回線が弱いのだろうか?
「沢田さん、ズルいです」
寂しそうな声である。何か失礼な事でもしただろうか?私はじわりと汗が噴き出たのが分かった。けれど彼女にこんなに寂しそうな声を出させるほどの影響があったのか、とも思い、嬉しさでは無いが、例えようの無い感情が込み上げた。
「この狩野って、わたしの事ですよね?」
そう言われるまで私は本当に気付いていなかった。
私はやはりバカなのだろう。一つの事に集中すると他の事が見えなくなる。
彼女に読んで貰いたかったが、彼女に読まれるとは、つまりそう言う事だ。私の想いは伝わってしまう。元来、文とはそう言う物だ。他人へ伝え、自分も含めた後世へ伝えるための物だ。
私は自分の書いた事を思い出せなかった。100頁に満たないとは言え、全てを覚えている訳ではない。そんな露骨に彼女に対する想いを表現をしただろうか?
「言ってくれれば良かったじゃないですか、あの夜に…って、その、あの…」
あの夜と言った時の彼女のたじろぎを可愛らしく思う。彼女は意味浅な表現をすぐ思いついて言い直した。
「アメちゃんを拾った夜にいっぱい喋ったんだから、そのとき直接言ってくれれば良かったのに」
そんな…言っていればOKしてくれていたのか。でも、私のこの胸の高鳴りは、言ってみれば好きなアイドルを見て高鳴るのと一緒で、彼女の美しさに依るところが大きい。美しい人が近くにいたり、美しい人と話したりすると別に好きじゃなくても…
「ありがとうって」
そう、美しく生まれてくれて、ありがとう。って言いたくなるよね。ドキドキして好きかもって勘違いもするし。
「あっ、はい。でも、ほら、その前に公園で…」
彼女は笑った。
「あぁ、そっか、そっか。ごめんね、そう言えば言われたね。って言うか、書いてあったね」
「大丈夫です。何も考えていませんでしたが、不味いですかね?全部が全部事実では無いんで、大丈夫だと思ったんですけど」
「あぁ、うん。大丈夫だと思う。わたしは大丈夫。あとで事務所にも確認してみるね」
私はそれも忘れていた。彼女は彼女自身が言わば商品なのだ。商品の価値に影響を与えてしまうなら、自分の事でも好き勝手できない立場に居るのだ。
「それにホラ、今はフィクションも色付けされてるのが当たり前でしょ?TVのドキュメントも脚色されてるつもりで見てるでしょ?ノンフィクションが事実を基にしてたり、影響を受けてたりするのは当たり前だし。
沢田さんは男の人だから即答しちゃうかもだけど、化粧ってダメなこと?整形って嘘?歯の矯正は?ニキビを治すことは?
あっ、男の人なら判断に悩みそうなこと、思いついた。カツラは?植毛は?育毛は?カッコいい方が良くない?沢田さんの毛は大丈夫?カッコいいを目指すのはダメなの?」
余計なものが混じっていた気がしたが、彼女の言葉はとどまることを知らない。何が混じってるのか、確認のために止める事は出来なかった。
「あのね、わたし思うんだけど、そうなりたい自分のイメージだけを先行して発信しても悪くないと思うの。あまり背伸びし過ぎると自分が苦しくなるけど、理想の自分を提示する事って悪い事じゃないと思う。
例えばね、掛け算を『オレ、九の段まで覚えたぜぇ』って、みんなにイキッたとするじゃない?
そしたらバカにされたくないから、頑張って覚えちゃったりした事ない?
まぁ、九九の話しは、この手の話しをする時に良く出てくる例え話しだから、知ってるかもだけど。
そうだなぁ、沢田さんなら『オレ、小説書いてるんだぜぇ』って、イキッたから書いちゃった。みたいな。
えっ?もしかしてそうなの?」
早い。けれど理解が追いつかないほどの速さではない。私は笑いながら
「違いますよ。自分は不誠実ですけど、書こうと思ったのは本当にありがとうを伝えたかったからです。イキッた訳じゃありません」
「そっ、だから大丈夫」
?だから大丈夫?イキッた訳じゃないから大丈夫?
「事実と虚実を入り交えて書いても大丈夫だよ」
そうか、そう言う話しだった。
「では、狩野さんとの事を書いても、イメージに影響は無いですか?」
彼女は笑って、努めて優しい声を使ってくれた。
「沢田さんって、自惚れ屋さん?どれくらい影響があるかは沢田さん次第。良くても悪くても影響が出るくらいになるの期待してる」
私は顔が熱くなるのが分かった。
「それに、そう言うのも含めてのセルフプロデュースだから。問題があるなら、わたしは漫画家のくせにってイメージがあるでしょ?そのコメントを発信している人達の方がよっぽど問題。問題ってのは扱いが難しいってこと。ありがたいんだけどね。
でも沢田さんが書いてくれたみたいな、誹謗中傷を物ともしない女性、それは本当のわたしじゃなくてそうなりたい自分なんだけど、そう言うイメージを持ってくれている人達もいる。本当の私は傷ついたりムカついたりする時もあるけど…
結局、沢田さんが真実だと思って書いてくれている私も、虚実、までは行かなくても、本当では無い私も含まれてるから、事実と虚実を入り交えて書いても大丈夫だよ」
「どっちがフィクションでどっちがノンフィクションかなんて、読んでいる人には分からないから大丈夫だよ」
彼女はそれがとても重要な事であるように、特別な声音を使って言った。
会社勤めの私には分からないが、己に商品価値があると、自分をどのように見せていくか、
怠ける時も覚悟を持って怠けなければいけない。私が怠けている間も会社が成り立っているのとは訳が違うのだ。覚悟もなくルーズに怠けていたら自分が潰れてしまう。
「あ、それと、沢田さんの前では、わたし何回も名乗ってるし、沢田さんも正しく呼んでくれる時もあるけど、カノウじゃなくてカリノだよ」
彼女は私が彼女との出来事を書いて投稿するより、こっちを間違える方がよっぽど問題だと言う風に指摘した。怒ってはいないが声に感情がない。私は二度と間違えない事を心に誓った。
組織の中で生きるのも息苦しいが、フリーランスの仕事も案外、息苦しいのかも知れない。私は怠けられない彼女を不憫に思ったが、彼女は大して気にしていないらしい。突然、話しを切り上げ、元に戻した。
「これだけ読まれてるって事は、みんな転生したがってるんだねぇ」
「そうですねぇ」
脊椎で同意してしまったが、良く分かっていない。皆んな転生したいのだろうか?
「でも、転生おめでとうってのは、間違いじゃないよ。沢田さんこう言うの初めてでしょ?」
「あらためて、ネットの世界へようこそ」
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