第17話 2月22日に灰ネコをひろう

 私の物語を彼女に見て貰うにあたって、私達は決め事を定めた。

 それはほとんど私のエゴのようなプライドが必要とする決め事だったが、

 彼女は快く了承してくれた。

 

 決め事の内容はこうだ。


 ①私からは直接、彼女に連絡をいれない。


 ②私は書いた小説を投稿サイトに上げる。


 ③彼女は投稿サイトに上がっている物を読んで、

 コレが私(沢田さん)が書いた小説だと思った物で、

 尚且つ面白い…漫画にしてみたいと思った物を漫画にする。


 彼女は決め事を定める前、

「じゃあ、書いた物を私の事務所宛てに送って下さい」そのように言った。


 そうするのは簡単であったし、私も私の書いた物が面白かろうが、面白く無かろうが、

 とにかく彼女に読んで…漫画にして貰えずとも、読んでくれさえすれば満足な気もしていたので、「ハイ」と言いかけた。

 でも、そう言いかけた時に寝返りをうった仔ネコを見て、それはなんだか途轍もないズルのように感じたので、意地を張ってみた。

 

 彼女流に言うと、なんだっけ?

 

 好きな相手に逢いに行くのに、親の車で送ってもらっているような、

 告白を友達に頼んでいるような…ちょっと違うが、そんなズルさを感じたのだ。

 玉石混合の中から、せめて彼女だけには掛け値無しに玉だと思ってもらう。

 そんなプライドが意地を張らせたのだ。

 

 私はこの世に幾つの投稿サイトがあり、

 1日に何本の作品が投稿サイトにUPされるのか知らないが、

 彼女が何も分からない状態でその中から私の書いた物を見つけて貰えれば、

 私のプライドも満たされるだろうと考えた。

 

 私は彼女と連絡が取り合える奇跡を手に入れたので、

「私の書いた物を読んで下さい」

 そう言って彼女に連絡するのは容易く出来る…恥を知らなければ容易く出来るだろう。

 

 でも、それではダメなのだ。仔ネコを一緒に見つけたアドバンテージ無しに、彼女のおメガネに叶う物を書けるかどうか。

 それが私の中で張らねばならない意地であったし、頑張らなければいけない課題であった。

 私の書いた物だと分からずに私の作品を見つけて貰わないと、私はこの先、自力で前に進めないような気がしていた。

 

 困難にぶつかった時に、楽な方へ行ってしまう癖を直せないまま終わってしまうのは嫌だった。


 私の下らないプライドで、彼女に投稿サイトを見てもらうと言う、面倒な事を頼んだが、彼女は簡単に了承してくれた。


「うん、イイよ。わたしは仕事柄 そう言うサイトを良く見て、妄想を逞しく育ててるから構わないよ。でも、今の沢田さんの話を聞くに、わたしは積極的に沢田さんの作品を探したりはしないよ?沢田さんは自然とわたしの目に留まるような物を書きたいんでしょ?」

 

 そう、その通りです。

 

 ただ、題名は『2月22日にネコをひろう』にしようと決めていたし、

 内容も今回の出来事を書こうと思っていたので、タイトルが彼女の目に触れることさえ出来れば、彼女は十中八九、それが私の作品である事が分かるだろう。

 

 題名で自分だと分かり易くする。

 これもズルいと言えばズルいが、それぐらいの気楽さ、緩さを持って、楽しんでやらないと意味がない気がしていた。

 

 なぁ、これくらいお前も許してくれるだろう?そう思って、私の下腹部で寝ている子ネコを撫でた時に、私と彼女の決め事より先に、決めておかなければならない案件があった事を思い出した。


「名前を決めなきゃ」

 

 それは別に彼女との会話を引き延ばしたい為に言った一言では無い。

 単にこの子の名前を決めねば、と思ったから口をついて出た一言だ。

 だが、この一言の為に夜は明けた。

 白んだとかではなく、お日様がその姿を全て現すくらいの朝が来た。

 

 彼女は名前を付ける時の参考として、ネムイを名付けた時の経緯いきさつを、物凄い量の言葉で語ってくれた。

 単行本、一冊分とまではいかないが、半分くらいのネーム?と言っただろうか?

 それくらいの言語量では有ったと思う。

 ただ、ここでは簡単に、ネムイの名前の由来はネムイの顔がいつでも眠そうだから、と記しておく。

 

 楽しいひとときを終えた後、あまり何も考えずに、私はこの子をアメと名付けた。

 

 アメの特徴としては単色の薄い灰色の被毛。

 それはお世辞にも綺麗だとは言えないくすんだ灰色で、

 ロシアンブルーのような気品のある灰色の被毛では無い。

 

 横浜の動物病院でお風呂に入れてもらうまで、私はその燻んだ灰色は汚れによる物だと思っていたくらいだ。

 

 お風呂上りも汚れて見えるので、不憫に思ったのを覚えている。

 

 顔の骨格は小さい、それに対して耳が大きい。

 成長したらその比率は変わるのかも知れないが、今のところフェネックを連想させる顔立ちをしている。

 寝ていてもこの大きな耳はピクリピクリと動いている。

 確か猫は聴覚が良かったはずだ。以前、同居していたヒメも私の足音をだいぶ遠くから感知してソワソワし出すと、かつて妻だった女性ひとは言っていた。

 

 鼻は桜色、体型は、今はまだ仔ネコだから何とも言えないが、

 お医者さんも言っていたように、貫禄のある大きな、けれどもズングリむっくりでは無くて、アスリートのような身の引き締まった体格のネコになるだろう。


 シャープな背中のラインを頭のほうからお尻へ辿ると、その先にはシャープな体型には不似合いな、ボンボンみたいなの尾っぽが間違ったように付いている。

 これがピコピコと動くとヨダレが出るほどに可愛いらしい。

 

 色々と特徴はあったが、私は先ほど見た綺麗なアメジスト色の瞳から、短絡的にアメと名付けた。

 

 ネコの瞳の色は成長と伴に変わって行ってしまうが構わなかった。

 今の特徴に因んだ名前をつける事で、私の今の感情も忘れないようにしておきたかった。

 絶望してはいないが、希望を楽観的に持っていない、

 人生を諦観している訳では無くて、楽しく諦めている。

 この何とも言えない感情を、アメの名を呼ぶ度に思い起こせる事を願って、そう名付けた。

 

 眠るアメを両手で包みながら、私は胡座をかいたままの姿勢で壁に寄りかかり、そのまま目を瞑った。

 

 どうせ長くは寝ていられない。

 

 眠りやすい体勢でグッスリ眠って寝過ごしてしまうなら、このまま仮眠を取って出勤しよう。

 

 目を閉じると、アメはそこに居るか居ないか分からないくらい軽い。

 そんな命の重さを抱えて、私は目を覚ましてからの生活をどうするか、うつらうつらと考えて眠りに落ちた。

 

 落ちてしまった…会社には出勤時間をかなり過ぎてから休む連絡を入れた。

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