第6話 2月22日に灰ネコをひろう
そんな自分の性分から生み出し続ける失敗を、公園を歩きながら思い出して溜息をついたその時、前方左手の茂みからガサゴソと音が聞こえた。
この日は風が強く、私の耳の集音能力?と言えば良いのか…
左耳の聴覚を失ってから、音が複数重なると注意を向けなければ、聞き取れない音が出てくるようになった。
この日は風の音のせいで、風の音以外は聞き取りにくい状況だった。
だから正確に言うと、最初に違和感を捉えたのは視覚のほうだ。
風に揺らされているにしては、やけに不規則に枝や葉が揺れている。
日は高く、まだ明るかったが怖かった。
公園内にまばらに人は居て、私の居る所からも遠くにジョギングをしている人がいるのが確認できる。叫べば聞こるだろうか?
いや、この風の強さでは掻き消されてしまう可能性が高い。
やはり逃げた方が良いだろう。今から出てくるのが、人でも人ならざる物でも。
なぜか動物だとは思わなかった、視覚で違和感を感じてから注意を向け、音を捉えて総合して判断するに、動物にしては大き過ぎると感じだからだと思う。
特にここは横浜だ。私の住む未開の地とは違う。
ここが私の住む未開の地であったならば、あの音の主がもしも動物であった場合、死も覚悟せねばならない。
しかし出てきたのは可愛らしい女性だった。胸に仔猫を抱きしめていた。
その仔猫も彼女と同じように私を睨みつけて来た、ように見えた。
ネコと一緒に暮らしていたり、ネコを好きな人ならば知っていると思うが、ネコは表情豊かだ。
気に入らない事があれば顰めっ面をする。
この寒空の下、しかもこの強風のなか、親猫とはぐれたのか、はたまた人に捨てられたのか。茂みの中を1匹で彷徨っていたら顰めっ面にもなるだろう。
私が同じ境遇なら泣きっ面になっていただろう。
なのにこの仔は気が強い、顰めっ面のまま私を見た。
結果、私は1人と1匹に睨まれて、「ちょっと!」「ニャー!」、威嚇するような声で呼び止められたのだ。
彼女は威嚇するような声を出すほど非常に困っていた。彼女が見に来たのは一部目の公演だった。イベントが始まるのは13:00からである。今の時間は正午を過ぎたあたり。
観客の入場自体はすでに始まっている。
私もここに来る途中にイベント会場の前を通ってきたが、
予想以上に人が居て驚き、少し余計な心配をした。
コンテンツの性質上、内容設定が学園物であるせいか、セーラー服姿の観客が多かった。
もちろん中には完全にキャラのコスプレをしている人もいて、髪の毛の色がカラフルだ。
そう言う人は良い。どこにいてもコスプレだと分かる。
しかし、いわゆる"着ただけコスプレ"の人はどうなのだろう?
卒業して明らかに10年以上は経っていると分かる人もいる。
この集団の中に居れば違和感はないが、散り散りになって帰って行く時は?
この場ならセーラー服を着ていて、それを勿論だと思った。
むしろ、それが作品への愛を表す正しい姿だと思った。
が、ひとたびこの場を離れてしまえば卒業後10年のセーラー服姿は、
セーラー服を着ていて勿論とか無論である。とはならない。
電車の中などで見かければ、少し論議を有するだろう。
まあ、少し審議して、
(きっとイベントか何かあるのだろう。もしくはそう言うお店の人か、)
そんな判決を勝手に出して納得するのだろうけれど…
いつか、無論になる日は来るのだろうか?
それとも、世代によってはもう来ているのだろうか?
そう言う私の日常の風景の中では違和感のある、
しかし既にきちんとした社会性を身につけたセーラー服集団が、
皆ちゃんとマナーを守って、行儀良く会場の建物の中に入って行く光景を見てから、
私は彼女と鉢合わせたのだ。
後から聞いた話しだが、彼女は広告塔になっているにも関わらず、
自らチケットを予約、購入してここに来たらしい。
スッピンだと印象が変わるとは言え、人混みの中で開演を待っているとファンやファンではない、心ない人達に騒がれかねない。
それを避けるために、なんとなく人気の少ない公園に来て、
フラリと広場まで足を運び、
自販機を見かけて喉の渇きを覚え、飲み物をガチャンと買い。
落ち着いて飲みたかったのでベンチに座ったところ、
後ろの茂みからネコの鳴き声が聞こえて来た。と言う訳らしい。
開演時間が近いことは分かっていたが、彼女はネコを放っておけなかった。
プライベートで自身もネコと暮らしており、ネコ好きを公言している。
近くに彼女の行動を見ている人間はいない。
イメージのためにわざわざ茂みに入って、仔ネコを助けたわけではないだろう。
仔ネコは助けたい。だがイベントも見たい。
彼女は忙しく、イベントを見られる日は限られている。そ
もそも公演は2日しかやっていない。チケットも安くはない。
彼女は茂みの中で、助けを求めているのに、
助けを差し伸べる手から逃げようとする仔猫と、
必死にクルクル追いかけっこをしながら、
これまたクルクルと必死に仔ネコを捕まえた後のことを考えていたらしい。
そんな時にちょうど私が通ったのだ。
素晴らしく都合が良い。本当にご都合主義だ。
だが現実とはどうやらそう言うものらしい。
行動を起こせば付随して必ず何かが起こるのだ。
もちろん起こるのは不幸かも知れない。
しかし不幸が起こる事を恐れて何もしない人間には何も起きないのだ。
家に引きこもって寝ている人の上には塵しか降り積もらないのだ。
ただ、塵の下で静かに眠る時間が必要である事も私は充分に知っている。
塵の下で眠る事しかできない時もある事を知っている。
塵を払えなくなるほど人は弱くなるのだ。
しかし塵は軽く、奇跡は容易く起こる。
彼女は私に事情を説明し、仔ネコを預かって欲しいと頼んできた。
もちろん私は承知した。
私の承知する意志を伝えるために、彼女の説明を遮ぎらなければならなかったが…
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