葉桜のふたり


 葉桜は気づけば新緑の「葉桜」が瑞々しく茂る並木公園に立っていた。

「空間と時に歪んだ時間。やはり弾かれたか」

 妖堕の歪んだ精神世界から現世へと戻る反動だ。世界の修正力が別世界からの異物と捉えた葉桜を適当な現世の時と空間に吐き出したのだ。今が何日後の何月なのかも葉桜にはわからない。ただ、わかっているのはこの手の内に重く存在する叔母「戌守いぬもり 菜桜子なおこ」から受け継いだ桜色の刀だ。叔母の魂をようやく解き放ってやる事が出来たのだ。葉桜は一本の桜の木に身体を預けゆっくりと息を吐きながら地面に座り込み目を閉じた。


 秋田 葉太が妖堕へといつ堕ちていったのかは誰にもわからない。ただ、30年前。菜桜子がこの地にやってきたのは秋田を討伐するための任務だった。かつて人間だった彼の「恋人」であった筈はない。やつの中での「恋人」は好みのタベモノだったということだろう歪みに歪んだ片思いだ。

 だが、妖堕秋田を倒しきれなかった彼女の無念は存在が希薄となり忘れ去られる中でただひとりまだ生命の形ともなっていない未来の姪である桜子の記憶の中に存在した。桜子に流れる「戌守」の血が引き合ったか、彼女の隠された特異能力であったのか。この奇跡の意味する所は誰にもわからない。桜子は幼い頃から宿る自身の中の叔母菜桜子の記憶を信じて母も忘れた彼女の魂を救う。ただ一点の決意に今日まで駆けぬけてきた。明日からは八代目「葉桜」として生涯を妖堕との戦いに捧げる覚悟をあらためて決意しなければならない。だが、今だけは今だけは彼女に少女としての安らかな休息を与えてはくれぬだろうか。

 葉桜……桜子は気づけば静かに寝息を立てていた。





「ちょいあんた、こんな所で寝てちゃ悪いおじさんに襲われちゃうよ?」

 ふいに真っ直ぐとした少女の声に肩を揺さぶられ桜子はボンヤリと鳶色の瞳を開け、息を飲んだ。

「なんよ、なんか顔についてんの?」

 桜子は目を剥いて驚いた顔をしているのだろう。目の前の「鳶色の瞳」の少女は自身の顔を撫でながら難しい顔をしている。

「あんた、そこの高校の子……なわきゃないか。制服、あんたのブレザーだもん」

 深緑のリボンで結わえた黒髪を揺らしセーラー服姿の少女は腰に手を当て勝ち気そうな瞳で桜子を見据える。それは紛れもなくだ「戌守いぬもり 菜桜子なおこ」だ。理屈ではない桜子の中で震える魂が叫んでいる。

(どういうこと?)

 自分とほぼ瓜二つな若き叔母の顔を見上げながら桜子は動揺する心を落ち着かせながらある仮説を立てる。


 過去に跳ばされた。


 桜子は馬鹿な話だとは思う。時は未来に進むものだ世界の修正力が跳ばす先は未来である筈なのだ。だが、事実として目の前に菜桜子はいるのだ。

 奇跡だろうか。世界が気紛れに桜子を過去に跳ばしたのだろうか。そんなこと、誰にもわかるわけはない。桜子は新緑のリボンで結んだ黒髪を揺らして勢いよく立ち上がった。

「な、なんよ突然、ん~?」

 もしかしたら叔母を救えるのか。恐らくここは30年前の過去だ。既にこの地で叔母は先だって任務に着いていたのだろう。この後に訪れる悲劇を二人でならきっと

(……いいや)

 それは無理だろう。起きた出来事はきっと覆せない。桜子はすぐに世界の修正力に元の時間へと戻される。理解できてしまう悲しい程に奇跡の中に自分はいるのだから解ってしまう。

 ならば、ならば今のこの奇跡を

「あんたその刀。なるほどあんたも「桜花」の人間だね」

 片眉を上げて得意気な叔母になんだか可笑しくなって桜子は笑った。

「なんよ、違うって言うのっ。まさかの模造刀のオタク女だとかーー」

「ーーフフ、ううん。違う違う私も「桜花」の人間なのは間違いはないよ」

「なんよ、まったく紛らわしいったらないよ。ん~、でも桜色の刀かぁいいセンスしてんじゃない」

「そう?」

「うわっ、なんかさぁあたしのお姉ちゃんみたいで嫌なんだけどその言いかたぁ。妙に顔も似てる気がすんだよねえ。遠い親戚筋か?」

「さあて、どうだろう?」

 どこか意地悪く笑って見せる桜子はこの奇跡を喜ぶ事にした。叔母と過ごせるこの貴重な時間の贈り物を。



「あたしは戌守いぬもり 菜桜子なおこ桜花七代目葉桜おうかななだいめはざくらあんたは?」

「ん、私は春川はるかわ 桜子さくらこ桜花八代目葉桜おうかはちだいめはざくらだよ」

「え? どういう意味なんそれ?」

「ふふ、とても信じられないとは思うだろうけどーーーー」



 本当に仲睦なかむつまじい姉妹のような二人の少女は瑞々しい葉桜の並木公園を楽しげに話ながら歩き始めた。


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葉桜の君に~ふたりの葉桜~ もりくぼの小隊 @rasu-toru

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