歪んだ世界
春川 桜子は降り立った。満開の桜が
「ここがやつのすがる堕ちた精神世界」
耳にざわめく黒い風音。混ざり聞こえる少女だった者達の声。地から浮かぶ無数の顔、顔、苦悶に泣く少女達の悲痛なる顔。
「喰らわれた魂……」
おぞましい。秋田 葉太が優しげな仮面の笑みで歪み隠し30年という長い時の中で存在を貪られた少女達の魂は幾つあろうか。吐き気を
古来より人の心の歪みより産まれる
「すまない、いましばらく待って欲しい」
苦悶に泣く少女だった魂達に桜子は頭を垂れ黒い風に吹雪く桜花弁を見上げる。
「舌を舐めているな秋田 葉太。私が欲しいか、叔母とよく似ているだろうこの顔、身体、魂を貪りたいかっ!」
桜子の強き声に無数の桜花弁が晒す素肌にまとわり付こうとする。桜子の身体は矢の如く駆け出し寸前で花弁共は空を切る。逃すまいと追い縋る花弁群を引き連れて桜子は一点を見据え駆け続ける。
「見えているぞ」
桜子が見据えるは満開と咲いた黒い風に花弁を乗せる桜の巨木。桜子は駆け跳び左掌を巨木へと突き出した。
「正体見たり、妖堕秋田!」
巨木が苦しげに小刻みに震え追い縋った花弁群が黒い空へと上がり激しく乱れ吹雪く。桜子の掌が飲まれるように木の幹へとめり込んでゆく。桜子の左腕が肩まで沈む。桜子は鳶色の瞳を皿と見開き巨木に両脚を蹴りつけた。
「返してもらうぞ我が叔母の魂をっ」
力の限り蹴り跳び宙を舞う。桜子の左腕には「桜色の鞘に納まる一刃の刀」が掴まれていた。これこそが無念のうちに喰われた叔母 戌守 菜桜子の魂の残滓。やつを討つために託された想いの力なり。桜子は静かに目を閉じ額に刀の柄を当てた。
「しかと受けとりました」
生きて出会う事もなかった叔母との魂の邂逅。閉じた鳶色の瞳が決意に開く。見据える先には苦悶の叫びをあげながら変異するおぞましい顔が浮き出た桜巨木の怪異の魔人。
『かえせっ! 僕のっ! 僕だけのっ!』
「叔母の魂は物ではないっ! 喰われた全ての罪なき魂が貴様のものであるものかっ!」
怒号をあげる桜子の声に花弁群が頭上に渦巻く。身勝手なやつの怒りの表れか。桜子は懐から取り出した新緑色のリボンで艶やかな黒髪を結わえ桜色の刀を腰に据えた。
「
葉桜の叫びと共に竜巻の如く桜花弁が襲いくる。葉桜は瞬時に駆ける。見据える先は本体、妖堕秋田のみ。だが、秋田も二度の失態を犯すつもり無し。前方、左右を取り囲み新たなる花弁共が迫る。
その柔く晒す肌を裂き滴る血をすすり美しき顔を頭から貪り高潔な魂を汚そう。
妖堕秋田の顔が嬉々と歪むのを迫る花弁の群れの中で桜子は見た。
駆ける脚は止まらずしなやかな指が添えた刀の柄を掴む。
――――
前方の花弁共が瞬時に切り裂かれた。いつ引き抜かれたかも解らぬ刃が真空となりて悪しき花弁を裂き道を切り開く。春川 桜子は駆ける速度をあげ妖堕秋田をただ強く見据える。
『あぁ、おおっ、アアアッ』
妖堕秋田は迫りくる脅威を美しいと感じた。恐ろしいではなく美しいと。今まで喰ろうたどの魂よりも美しい。彼女によく似た我が「恋人」よりも美しい。彼女の名を覚えておこう。覚えなければ新たなる我が「恋人」を味わうために。迫る、迫る、迫ってくれるならばそのまま頭から喰ろうてあげよう。
『愛しきハザクラアアァッ!』
妖堕秋田の顎が裂け無数の牙が生えた醜き口が葉桜を呑み込む。閉じた口が何度も咀嚼の音を立てて秋田は葉桜を味わおうとする。
『ッ!? 無い、いない。ハザクラッ!』
だが、口の中で咀嚼するのは自身の花弁のみだ。葉桜はいない。
狼狽する妖堕秋田の頭上で宙を舞う葉桜は一気に下降した。
――――
矢の如く下降した葉桜の電光石火の一撃が胴体を両断した。妖堕秋田の顔は唖然と葉桜の背を見下ろした。
――――
瞬間、秋田の顔は真一文字に切り裂かれた。背を向けたままの葉桜の刀は
妖堕秋田 葉太の歪んだ精神世界が悪しき花弁の桜吹雪と共に崩壊した。
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