真夜中に出会う
重低なホルンの音が夜もとうに更けた住宅に響いた。一階からもう近所迷惑だと両親に注意された少女はパート練習に夢中になりすぎていた事に気づいてバツ悪くホルンを横に置きカーテンを閉じた。
闇に溶け込んだ瞳が閉まるカーテンを眺めている。暗闇にライターの火が灯り煙草がジリジリと焼ける。紫煙を呑み込み喉と肺を不毛に汚す。喫煙は影自身の精神を落ち着かせる儀式。
(君は悪くはない悪いのは我慢弱いこの、僕なのだから)
煙草を咥えながら大きく
――――こんなところで何をしているんです?
清んだ声と共に照らされる明かりが歪んだ笑みを溢したままの「秋田 葉太」を露にした。
「君はっ」
秋田の唇が動揺に震え、煙草を地面に落とした。対面したのはブレザー制服を纏ったままの「春川 桜子」だ。秋田の顔を不可思議な形の器具で照らし続けながらジッ、と鳶色の瞳で彼の黒い瞳をきつく見据えた。
「何をしているんです?」
清んだ声は再び問う。
「いや、これは、これ、はねぇ」
煙草を靴底でもみ消しながら秋田は首を傾げた。震える声は直らない。
「煙草なんて吸うんですね先生」
「ええ、ええ実は。身体に悪いと思ってもこれだけはやめられなくてですね」
秋田は頬を掻きながら口端を上げた。
「やめられないのは本当に煙草でしょうか?」
「何が言いたいのでしょう?」
続いた桜子の胸を射ぬくような言葉に秋田はまばたきを何度も繰り返す。桜子は深く深く息を吐き見つめる瞳を細めてある人物の名前を口にした。
「先生「
「イヌモリナオコ……知らない名前ですね?」
秋田は小首を傾げた。本当に記憶にも無い名前だからだ。桜子は細めた目を鋭くして秋田の顔に光を当て抑揚無く声を発した。
「知らないんですね。あなたが「恋人」だと思い込んでいる私の叔母の名前ですよ」
秋田の表情が明らかに変わった。奥歯を強く噛みしめ黒い瞳が愛しき人に似た少女を睨む。
「思い込んでいる? 何をバカなっ、彼女は「恋人」だっ、たったひとり愛した私の大切なっ」
思い込んでいる。そんなふざけた言葉を吐く春川 桜子を秋田は許せない。桜子は瞳に醜く映る秋田に冷たくいい放った。
「じゃあ先生そんなに大切な「恋人」の名前を言えますか」
「…………は?」
秋田は呆けた声を漏らした。何をいってるんだ言えるに決まっている。大切な大切な「恋人」の名前だ。愛しいあのひとの名前……なぜ言えない。なんだ、これは。
「言えるわけがないよ秋田 葉太。喰らった獲物の名前なんて貴様には必要の無いものだろうよ。魂貪る「
「っ!?」
秋田 葉太の瞳に動揺の色が広がり濁った事実が脳髄にまわる。
「食った喰った……私が彼女を? あぁ、喰ったぁ。彼女を美味しそう、喰ったんだったぁ、あ? はははは、あぁ」
秋田は呆け焦点の合わぬ黒い眼で愛しき「恋人」に似た目の前の女を見つめ舌を舐めた。あぁ、いるじゃないか私の「恋人」美味かったあの魂が。黒い瞳に淀みが広がり歪んだ空間が瞳の奥に現れた。
「見つけたぞ貴様の「歪んだ世界」をっ」
春川 桜子は地を蹴り黒く歪んだ瞳の
春川 桜子という存在は秋田 葉太の存在と共に現世から消失した。
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