日曜日の朝。一ヶ月前よりこの錦野邸に居候し始めた場鳥ミナ子は、馴染みがない深い緑色のゴシックワンピース――アダムファミリーのウェンズデーよろしく白い襟と袖口に、全体的に暗いワンピースで、これで前髪を真ん中分けにして、お下げにしたら完全にウェンズデーだっ!――に白いエプロンと少しかかとのあるブーツにつまずきそうになりながらも錦野邸の主である錦野誠一郎の寝室に、朝の紅茶セットを持って長い絨毯の廊下を歩いていた。

……うぐっ! どうしてブーツ……? ハイカラさん? やはり、ここに居座るの止めておけば良かった。あの時飛び出さなければっ……。今のご時世って変わってるな……。

 ミナ子は大きなため息をもらした。

 ミナ子がつまずきそうになる度、トレイの上のティーカップや銀色のスプーン、お湯の入ったポットがガチャガチャと音を立てた。それがミナ子の耳をつんざく。

 ミナ子の五感は人以上のものだった。

 長い廊下を“今回は”転ばずに進みきり、誠一郎の寝室の部屋をノックした。

「先生、おはようございます」

 返事はない。いつものことだ。

 ミナ子は深いため息をつくと、ドアを開け放った。

「失礼するっ。小僧っ! そろそろ起きたらどうだっ?」

 誠一郎曰く、外見小学生のミナ子に小僧呼ばわりされてる誠一郎はというと……案の定、まだベッドの中だった。

 誠一郎の寝室は広々としているのに、窓際のソファーやテーブルには本や脱ぎっぱなしの背広やズボンが無造作に置かれている。

 ミナ子は顔をしかめつつ、ベッド脇の丸テーブルにトレイをガシャンと激しく置き、誠一郎を不機嫌な眼差しで見下ろした。

……お父さん、コイツ放っておいて良いですか?

 胸元のペンダントに手を置くと、深いため息をついた。

……ダメ。お父さんなら、優しく起こしてあげなさい、って言う。

 ミナ子は手を伸ばし誠一郎の肩を揺さぶった。

「先生、起きて下さい。もう七時です」

「……今日は休日だろぉ……」

 気だるげなオッサンの声がした。

……はあ? 休日だろ? わたしに休日なんてないっ! ふざけるなっ! この人間っ! お父さん、やはりわたしには無理でした!

 ミナ子はベッドのシーツを掴むと思いっきり引っ張りあげた。誠一郎はベッドから派手に落っこち、床に転がった。

「うわっ! 痛っ……酷いな……それでもうちの居候か?」

 誠一郎はむくりと起き上がり、ベッドに項垂れた。

「今すぐにでも、出て行きたいです」

 ミナ子が仁王立ちで言うと、誠一郎も負けじと言う。

「それなら警察署に行こうか」

 ミナ子の表情が曇った。

……おぉ! 困ってる、困ってるっ。

 誠一郎は心の中で笑った。

 ふと、誠一郎は丸テーブルの上のティーセットに目をやる。

「今日は転ばなかったみたいだね?」

「うっ……」

 ミナ子がたじろぐ。

「折角だ、一緒に飲まないか? 紅茶ならいけるだろう?」

 誠一郎が微笑むと、ミナ子は後退りをした。

「遠慮しますっ!」

「あぁ、場鳥!」

 誠一郎が引き止めるも、ミナ子は猛ダッシュで誠一郎の寝室を後にしてたのだが、廊下の方でバタンッ! と派手な音が鳴った。

 誠一郎が恐る恐る部屋を出ると、ミナ子が倒れていた。

「場鳥っ、大丈夫か?」

 誠一郎がすかさずミナ子を起き上がらせた。ミナ子は、恥ずかしさのせいか顔を手で覆ってグズっていた。

「あぁ……転んだからって、泣かなくても良いじゃないか……」

 誠一郎は微苦笑しつつ、ミナ子の背を擦った。

「うぅ……」

 ミナ子は深いため息をついた。

……飛び出しておいて、転んだことに不甲斐なさを感じてるんだよっ!

「痛いところはないか?」

「……ないです」

「良かった。……君はお転婆さんだね」

 誠一郎がクスッと微笑んだ。ミナ子は顔を背けた。

……悪かったな。

「……キッチンに戻ります……」

「分かった」

 ミナ子はとぼとぼとした足取りで立ち去っていった。


 午後三時。ミナ子はティーセットとプリンを持って誠一郎の部屋に向かっていた。その足取りは覚束ない様子で、時折カクンと膝が曲がり、つまずきそうになる。

……いかん、いかん。またスッ転んで食器を割ったら柏木さんに怒られる。

 先輩お手伝いさんの柏木雪子はとても怖い。肝が座った初老の女性で、何より圧を感じる。だけどお母さんみたいな優しいところもある。

 また怒られると思うと、ミナ子は深いため息をついた。

……ヤバい。眠い……。最近朝の活動が増えたしな……。

 ミナ子は大あくびをした。

 誠一郎の書斎前に着くと、ドアをノックした。中からどうぞ、と聞こえ、ミナ子はドアを開けた。

「失礼します」

 室内を見るや否や、ミナ子は顔をしかめた。

……寝室同様、相変わらず汚い部屋だ。

 誠一郎は室内手前にテーブルを挟んで二つ並んである、右側のソファーのに座って新聞を読んでいた。因みに反対側のソファーには本や書類、かけ物が積み重なっていた。

「あぁ、君か。三時のおやつ……?」

「はい」

 誠一郎は新聞をソファーに置くと慌てた様子で立ち上がり、床に散乱したメモ書きや本を拾い上げては部屋の隅やソファーの後ろに移動させた。根本的に部屋は綺麗になっていない。

 ミナ子は床に散乱しているメモ書きや本をよけつつ、そろそろと誠一郎の元に歩み寄った。誠一郎は目の前のテーブルの脇に新聞をそそくさと畳んで置いた。

 新聞の見出しには『またもや変死体!』と書かれていた。その横に小さく『横浜市周辺の若者の行方不明者過去最多』の文字もあった。

「今日はセイロンティーとカスタードプリンです」

 ミナ子はそう言いながらカップとプリンの乗った皿を静かにテーブルに置き、カップに紅茶を注いだ。

「ありがとう」

 誠一郎は静かにソファーに腰かけると紅茶をすすった。

「失礼します」

 ミナ子はすっときびすを返し、書斎を出ようとすると誠一郎に呼び止められた。

「場鳥、待ちなさい」

 ミナ子はその場に立ち止まった。

「……何ですか?」

 ミナ子は恐る恐る振り返った。

「君はプリンは食べられるのか?」

「は?」

 誠一郎の問いにミナ子の口から間の抜けたような声がもれた。

「いや……君はアレルギーでほとんどの物が食べれないと言っていたが、卵もダメな――」

「無理ですね」

 誠一郎がまだ言い終えていないのにミナ子は即答した。

「そ、そうか……。それは残念だ」

 誠一郎は目の前に置かれたプリンを物悲しそうに見つめた。

「君の食べれるものがあれば言いなさい。ちゃんと用意するからね?」

「ご心配、どうも……」

 ミナ子は再度きびすを返し、今度こそ部屋を出ようとした。

「あぁ、場鳥」

 また誠一郎に呼び止められた。ミナ子は深いため息をつく。

「今度は何ですか……?」

 勢いよく振り向くと、目の前に誠一郎が立っていた。ミナ子はびっくりし、目を丸くした。

「場鳥、まさか……体調良くないのか?」

 誠一郎が手を伸ばし、ミナ子の額に当てた。ミナ子は恥ずかしそうにもじもじとうつむく。

「熱はなさそうだが……。顔が青白いぞ? イヤ……頬がどんどん赤く……」

 ミナ子は両手で自身の頬を隠した。

……誰のせいだと思ってるっ!

「ちゃんと寝てるか?」

 誠一郎の問いにミナ子は首を横に降った。

……わたしにとって、昼間が睡眠時間なんだよっ!

「少し寝るか?」

 誠一郎の言葉にミナ子は呆然となった。

……寝て良いの?

「ほら、おいで」

 誠一郎は自分の座っていたソファーの、反対側のソファーに足を進めると、積み重なっている本や書類を床に置いて、クッションを発掘した。

 ミナ子は眉をひそめた。

……まさか、そこで……?

 誠一郎はクッションを整えるとソファーの隅に置いた。

「心配だからね、私の目の届くところで寝てほしい。何、やましいことなんてしないさ」

 そう言いながらタオルケットを広げた。

「さあ、どうぞ」

 誠一郎が手招きするのだが、ミナ子はしどろもどろし、突っ立っている。そんなミナ子の様子に、誠一郎は小さくため息をつくと、ミナ子に歩み寄り、ひょいと横抱きにした。

 ミナ子は驚愕の表情を浮かべた。

「ななななっ、何ですかっ?」

「君が、突っ立っているからだよ?……君は軽いね」

 ミナ子は手足をばたつかせた。

「お、下ろせ!」

「ああ、こら! 静かにしなさい。君は見た目以上に腕力がるんだからっ……」

 誠一郎は苦笑気味に微笑んだ。ミナ子はじっと動かなくなり、ただただ顔を手で覆った。

 誠一郎はミナ子をソファーへ運んだ。

「さあ、着いたぞ。横になりなさい」

 ベッドに下ろされたミナ子はぎこちなく横になった。その表情はどこかひきつっている。

「良い子だ」

 誠一郎はタオルケットをミナ子の体にかけると顔元にしゃがみ込んだ。

「どうだ? 寒くないか?」

 誠一郎が和んだ表情でミナ子を見下ろした。

「っ……!」

 ミナ子は顔を真っ赤にさせ、タオルケットで顔を隠した。

「隠さなくても良いじゃないか。寝顔、見られたくないか? でも君が初めて来た時、既に見てるんだがね?」

 誠一郎がクスッと笑うと、ミナ子がそろそろと顔を出した。

「……わたしをからかうのは止めていただきたい……」

「場鳥はからかい甲斐があってな……」

……この小僧め……。

 ミナ子は鋭い目付きで誠一郎を睨んだ。

「あぁ、すまない。さあ、寝なさい。……それとも寝辛いか?」

「別に……」

 ミナ子はクッションやタオルケットをクンクンとにおいを嗅いだ。すると誠一郎が少し慌てた様子で言う。

「ああっ……臭うか……?」

「そうですね。埃っぽい臭いと先生の臭いがします……」

「あぁ……おじさん臭いよな。新しいかけ布団を……」

 誠一郎が立ち上がろうとした時、ガシッと腕を掴まれた。ミナ子が誠一郎の腕を掴んでいた。結構力強い。

「良いです。これで我慢します……。先生の匂いはお腹いっぱいになる匂いです……」

 ミナ子はゆっくりと目をつむった。

「お腹いっぱい? 食欲がなくなるってことか?……気を使わせたな……。ここで寝ろと言っておいて、すまない」

 誠一郎は申し訳なさそうな表情で枕元に膝を突くと、そっとミナ子の髪を撫でた。ふと、ミナ子の目が開く。

「あ、起こしてしまったか……。私は退散するとし――」

「先生……。わたし、すぐ寝ますので、その……寝るまでの間……撫でてくれませんか……?」

 ミナ子の言葉に誠一郎はきょとんとしたあと、ふふっと微笑んだ。

「場鳥も時に甘えてくるんだね。良いだろう……。これで場鳥が気持ち良く寝られるのなら、ね」

 誠一郎はソファーに寄り掛かると、ミナ子の頭を優しく撫でた。


「旦那さま。いってらっしゃいませ」

 翌日、朝。玄関にて、お手伝いさんの柏木が誠一郎の通勤カバンを手渡した。

「ありがとう。……場鳥は……?」

「あの子はまだ起きてません。一ヶ月で寝坊だなんて……。旦那さま、どうしてあの天然なのかドジなのか、よくスッ転んでカップを割る子を受け入れたんですか? わたくしとしては、気が気じゃありません」

 柏木がはぁ、と頭を抱えた。誠一郎は申し訳なさそうに頭を下げた。

「すまない。ただ……ほっとけなくて……身寄りのない子だし……」

 誠一郎の言葉に柏木は諦めのため息をついた。

「……旦那さまは昔っからお人好しですね。そろそろ自分のことも労ったらどうですか?」

 柏木の言葉に誠一郎はぐうの音も出せなかった。

 柏木は、誠一郎が子供の頃からお手伝いさんとして働いてくれている女性で、誠一郎が実家を出て独立する時も付いてきてくれた。誠一郎から見れば第二の母のような存在だった。

「んん……。まぁ、今度は俺が子供の面倒を見るようなものだから、柏木さんの気分を味わえるのかも……? あー……そろそろ行ってきます……」

 誠一郎はきまりが悪くなったのか、言葉を濁し家を後にした。

「いってらっしゃいませ」

 柏木はそんな誠一郎の背を見送った。

 柏木は振り返ると、どすどすと激しく床を踏み鳴らしながら、玄関前の階段を上がっていった。

 二階に上がると、またもや床を踏み鳴らし、ミナ子の寝る部屋へと向かった。

 ミナ子の部屋の前に着くと、ドアを激しく叩いた。

「ミナ子ちゃん! 起きなさい! 旦那さまはとっくに出勤してるのよっ? あなたが遅くてどうするのっ!」

 結構大きく叫んだのに、中からの反応はなかった。柏木は痺れを切らして、ドアを開け放った。

「ミナ子ちゃん! もう起きなさい!」

 柏木はベッドに歩み寄り、かけ布団を引っ剥がそうとのぞき込むと、突然悲鳴を上げた。

「ひっ!……ミ、ミナ子……ちゃん?」

 柏木はミナ子の眠るベッドから後退る。

 ベッドには青白く、血の気がないミナ子が、まるで永遠の眠りについたかのように横たわっていた。

 柏木は深呼吸し、冷静になると、恐る恐るミナ子に近づき、ミナ子の口元に手を持っていった。

……息、してるわよね? じゃないと困るっ!

 数分間手をかざしたが、空気の流れを感じなかった。

 柏木はますます焦り始めた。

……どうしようっ、どうしようっ! うちで死人が出てしまった! 洒落にならないわっ! 栄養失調っ? でもミナ子ちゃん、アレルギーがいっぱいあって食べれるものがトマトジュースとか牛乳とかチョコレートぐらいしか……。

「だ、旦那さまに知らせないとっ……」

 柏木が部屋を出ようとした時だった……。

「ふあぁ〜……」

……ふあぁ?

 柏木が勢いよく振り返ると、ベッドの上で伸びをするミナ子がいた。

……えっ? さっきまで死んで……。

「……柏木さん……おはようございます……」

 うつらうつらしてるミナ子はまぶたをゆっくりぱちくりしつつ、また目を閉じ、横たわってしまった。

「ミナ子ちゃん? 起きなさいって!」

 柏木はミナ子の肩を揺さぶった。


「さあ! ミナ子ちゃん! 今日は絨毯に掃除機をかけるわよっ!」

 柏木は見た目年齢をはねのけるような威勢で掃除機を抱えては腰に手を当て仁王立ちしていた。

 ミナ子は後ろめたそうに目を逸らした。

……掃除機の音……嫌い……。

「ミナ子ちゃんは二階からかけて。わたくしはキッチンと風呂場の掃除をします」

「はい……」

 柏木はミナ子に掃除機を手渡した。ミナ子は渋々受け取り、とぼとぼと階段を上がっていった。

 ブィィイインッ! という掃除機の吸引音がミナ子の耳に響き渡った。

「……ああ……。耳栓欲しいかも……」

 そう呟きながら、ミナ子は絨毯に掃除機をかけていった。

 二階からというも、錦野邸は一般住宅の大きさじゃない。二倍の面積はあるであろう敷地と、邸の大きさにミナ子は、これ、午前中に終わるんだろうか? と心の中で不安になった。


 柏木はキッチンや風呂場の掃除を終え、二階に上がってきた。

「ミナ子ちゃん? 掃除機かけは終わっ――どっ、どうしたのっ?」

 柏木はミナ子の様子に絶句した。

 当のミナ子は泣きじゃくりながら床に座り込んでいた。というのも、ミナ子の長く、後ろに一本にまとめられた長い髪が、なんと掃除機のノズルに半分ほど吸い込まれていたのだ。

「か、柏木さん……。た、助けて……」

 ミナ子は柏木に気付き、震える声で助けを求めた。柏木も柏木で頬を押さえ、目をかっ開いていた。

……今までで掃除機に髪を吸われた人なんて、見たこともないわっ!

「ミ、ミナ子ちゃん! 髪は抜けそう? 掃除機からよっ?」

 ミナ子は掃除機に吸われた髪の毛を鷲掴みにし、引っ張るがびくともしなかった。柏木は更に焦った。

……どうしましょうっ! もうこの子ったらドジなのっ?

「今ハサミ持ってくるわっ!」

 柏木はメイド服のスカートを捲し上げ、駆け足で階段を下りていった。

 少しして。

「ミナ子ちゃん、動かないでね」

「うぅ……」

 柏木はミナ子の髪の束にハサミを構えた。そして――。

 ジョキリ、ジョキリ。

 ミナ子の長い髪は半分の、肩甲骨までになってしまったのであった。


 夜。ダイニングルームにて。

 錦野邸には広いリビングの奥に隔たりなしのダイニングルームがあり、そのまた奥にキッチンがある。

 誠一郎はテーブルにつき、目を丸くしていた。

「場鳥……その……髪、その長さだったか?」

 誠一郎は晩御飯の焼き魚を食べながら、味噌汁を持ってきたミナ子を眺めていた。当のミナ子は誠一郎の言葉を無視しつつ、味噌汁をテーブルに置き、静かにダイニングルームを退室していった。

 ミナ子と入れ替わりに柏木がサラダを持ってやって来た。

「あ、柏木さん。場鳥の髪って……?」

 柏木は大きなため息をついた。

「旦那さま……聞かないであげてください……」

「え?」

 柏木はそそくさとダイニングルームを後にした。

 誠一郎が食事を終え、キッチンで柏木は余った食材でまかない料理を作っていた。と、言っても食べるのは自分だけなのだが……。

 肉を焼いてる最中にミキサーに皮を剥いたトマトを入れ細かくすると、裏ごしをし、コップに注いでいく。

「さ、ミナ子ちゃん、今日も一日お疲れ様。わたくし特製トマトジュースよ」

「いただきます」

 ミナ子は柏木からトマトジュースを受け取り、アイランドカウンターの椅子に座るとグイッと飲み干した。

「ぷはっ」

 そんなミナ子に柏木は関心した。

「ミナ子ちゃんはトマト好きなのね」

「ま、まあ……」

 当のミナ子は後ろめたそうにうつむいた。

「実はね……」

 そう言いつつ、柏木は出来上がったまかない料理をアイランドカウンターに持っていってミナ子の向かいに座った。

「旦那さまはトマト苦手なのよ?」

 柏木は苦笑いを浮かべた。

「……そーですか」

 ミナ子は無関心なのか、棒読みで返したのであった。


 誠一郎や柏木が寝静まった深夜、ミナ子は自室の二階の窓からふわりと飛び降りた。

 錦野邸の裏庭に着地すると、木々の影を伝っていくかのように素早い動きで錦野邸を後にした。

 着いた先は、ミナ子が誠一郎と出会ったところの公園だ。

 住宅街のど真ん中にあり、日中は親子連れが多く来るのだが、夜になると人気は勿論なく、野良猫の溜まり場へと化す。

 野良猫たちがケンカする中、ミナ子は悠然と通り過ぎ、奥の茂みに向かった。

 茂みをかき分け現れたのは、古くて所々に黒いシミやカビが生えた白鞘の短刀だった。


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