第28話 死にたくないなら
「やられたっ!」
ヨーゼフがハンドルを殴りつける。
無反動砲が炸裂し、イソポーダ号の右側の脚が全て破壊されてしまったのだ。
外部モニターは全滅。
あちこちのパネルから火花が散り、暗闇の中で時折三人の顔が浮かび上がる。
「あの女……ちょっとばかり若いからって調子に乗ってんじゃないよ! レオンシオ、直せるかい!?」
「部品があれば一ヶ月、ってところですね」
「一言で言えば?」
「擱座です」
「かくざ?」
レオンシオが電子辞書の該当ページを表示した。
擱座。
船が浅瀬に乗り上げること。座礁。また、戦車・車両が破壊されて動けなくなること。
……とある。
電子辞書を取り上げ、床に叩きつけるとレオンシオは情けない声を出した。
「あーそうかい! なら白兵戦の準備だよっ! ヨーゼフ!」
「ほいさぁ!」
ヨーゼフが巨大な対戦車ライフルを抱え、外に出る。
レオンシオもスナイパーライフルに弾を込めはじめた。
周りは狭い通路。
それも、なぜか木や草が大量に茂っている。
曲がり角の向こうに、赤毛が翻るのが見えた。
二人の武器は遠距離での撃ち合いに向いたもので、十メートルも離れていない、それでいて遮蔽物の多い、こんな狭い通路では取り回しが悪い。
その上連射もきかない。
それでも二人はありったけの弾を撃ち込む。
命中は問題ではない。相手に撃たせない事が大切なのだ。
相手は撃ち合いに慣れているようで、短機関銃の弾が正確にイソポーダ号の装甲板で弾ける。
少しずつ後退し、突破口を探すが――
「打ち止めだぜ」
「俺もだ」
セリーヌは拳銃を握りしめた。
クロームモデルのリボルバーが最後の頼りだ。
移動中、タローは腰のホルスターを見ていたのか、あるいは単に下半身を見ていたのかはわからない。
いずれにせよ生意気な依頼主をここまで送り届け、あとは追手の足止めだ。
ここまで来れば依頼は達成したも同然。
そう思っていた矢先の事だ。
「……なんだい、ありゃあ!」
女――タローはタチアナと呼んでいた――が曲がり角から姿を現す。
すぐには状況を理解できず、目を疑った。
タチアナは両手に手榴弾を持っており、すでに導火線に着火されている。
それどころか首からも数個、紐で繋いだ手榴弾をぶら下げていた。
「まずい! お前たちも逃げな! あいつ自爆する気だよっ!!」
たった一人で戦いを挑んでくるだけでも大したものだが、自爆してでも止めようとする理由は何なのか。
タチアナと目が合うと、泣きそうな顔をしていた。
目の周りを真っ赤に腫らし、震えながら一歩、また一歩と近付いてくる。
たとえ撃ち殺したとしても、手榴弾の爆発を止める事はできない。
行き止まりの壁に背中が当たる。これ以上は下がる事ができない。
「死にたくないなら死ななきゃいいのに、あのバカ!」
もう、爆発半径から逃げる事はできない。
間違いなく破片が超音速で飛んでくるだろう。
タチアナとの距離はさらに縮まる。
これまでか、と唇を噛むが、その時目の前に二つの影が立った。
「こりゃあイカんな! お嬢だけでも生き延びてくれ!」
「先に行ってますよ。これでお嬢様はもう、自由なんですから」
ヨーゼフとレオンシオだった。
セリーヌを庇うように、二人が抱きしめてくる。
「バカっ! お前たち何をバカやってんだい! 自由になったって、お前たちが居なけりゃなんの意味も――」
なんの意味も無い。
そう言い切る時間も無く、爆発の轟音と閃光が辺りを包んだ。
耳がキーンと鳴り、沈黙が周囲を包む。
「……?」
セリーヌは生きている。
ヨーゼフとレオンシオも、何が起こったのかわからないといった顔をしていたが、生きている。
そして、タチアナも呆然としてへたり込んでいたが、怪我は無いようだ。
目の前には蓋の開いたマンホールがあり、煙が立ち上っていた。
直径六十センチのマンホールの蓋は、およそ四十キロもある。
そう簡単に持ち上げられるものではない。
なのに。
なのにこの少女が。
ピラミーダを第五層から駆け上り、タチアナに追いつき、手榴弾を奪い、マンホールの蓋を開け、中に手榴弾を放り込んだとでも言うのだろうか。
この短時間に。
タローがどこからか拾ってきた、そしていつの間にか姿を消していた、この子汚い少女が。
「ソフィア……あんた、いったい何者なんだい? ……あっ」
不意に思い出す。
タローと再会する直前、不思議な予言を残した浮浪児は、ソフィアだったのだ。
ソフィアはタチアナの前でしゃがみ込むと、タチアナの頭を抱きしめた。
「もう。いったでしょ? もうすぐお姉ちゃんをたすけてくれる人がくる、って。もう、こんな事しないでね?」
セリーヌが言われた事も、ほぼ同じだった。
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