第27話 さよなら、想い出のひと
「さてさて、ご飯の時間ですよ~、マイヤーさま」
コードでぐるぐる巻きになったマイヤーの腕をアルコール綿で消毒し、点滴の針を差し込む。
ポタポタと一滴ずつ、栄養剤が血管に流れ込んでいく。
「こんな事をして、ただで済むと思っているのか? アビゲイル!」
「ああ、おしっこですか? オムツとカテーテル、どちらがお好みですか~?」
「狂ったのか」
「いいえ、私は正常です。マイヤー様が飢えたり病気になったりしないように、点滴してるじゃないですか~」
「ほどくんだ!」
「それはできません。あなたを解放すると、治安警察に射殺されてしまいます。だってあなたは、死刑不可避な大量殺人犯人ですからね~」
防犯カメラの記録には、過去一年分の映像が記録されていた。
十ヶ月前、十人の元老院議員が集まっている所にマイヤー毒ガスを蒔き、全員を殺害する場面がしっかりと記録されていたのだ。
にも関わらず、定時ニュースでは議会の様子が中継されている。
「つまり、テレビに映っている議員様たちは、全員CG! コンピューター・グラフィックスによる虚像ですよね。死体を外に捨てれば、誰も気付かないです。皆さん外に出ないし、そもそも政治に興味ないですからね~」
実際問題、立法や司法、行政に関わる作業は電子頭脳によって自動化されており、日常生活において庶民が関与する事はない。
それでも、人々は何の心配も無く日々の暮らしを送って行けたのだ。
「機械はしょせん機械。人間は自分の未来は自分で選び、その結果に自ら責任を取らなければならない。機械任せの元老院のやり方ではぬるすぎる」
「そうですね~。さすがマイヤーさまはオトナです。おっしゃるとおり!」
「そのためには力が必要だ。よそのアーコロジーにマスドライバーは絶対に奪われる訳にはいかん。お前は知っているか? 生き残ったアーコロジーが着々と支配領域を広げている事を」
アーカイブには、人工衛星から撮影された画像フォルダもあった。
マイヤーの言うとおり、生き残った人類は着々と生存域を広げつつある。
「先ほど知りました。ですがマイヤーさま。マスドライバーで何をする気ですか? 大破壊をまた繰り返そうとでも?」
「力の無い者と和平を結ぼうなんて相手がいるか? こちらにも力がある事を知らしめなければ、平和のための話し合いすらもできない!」
「確かに。さすがマイヤーさまですね! すっご~い!」
「わかったらほどくんだ。そして、僕のものになれ。月とリンクするんだ」
アビゲイルとしては、さすがにそれは聞けない。
「無理です。私はタローさまのもの。マスドライバーをマイヤーさまに渡せば、タローさまに危険が及びかねません」
「あいつの事は忘れろ。大義のためだ」
わずかな沈黙。
「ねえ、マイヤーさま。間違っていたら謝りますが……」
「何だ」
「マイヤーさまが欲しいのは、私ですよね。マスドライバーとか、元老院とか、よそのアーコロジーとか……そういうのって、全部ついでなんじゃないですか? だってマイヤーさま、異変前に私を待ち伏せして偶然を装って近付いてきた事が七度あります。私たちが初めて出会った年の事です」
マイヤーの心音、発汗状態、呼吸、体温が乱れる。
それは、千の言葉よりも本心を語っていた。
「なぜ……なぜそれを知っている!?」
「アンドロイドですからね。人間のしもべとして仕えるためには、人間以上の知能がなければ務まりません」
「……そうか。で?」
「絶対に裏切らなくて。何でも言う事聞いてくれて。見た目が若くて。好みの外見で。いくらでも甘やかしてくれる相手が……欲しかったのではありませんか?」
「自分で言うのか? 大した自信だな」
「私はそのように造られたのです」
「……」
もちろん、最初からそのように造られたのではない。
先代の二人のオーナー、そしてタローとの日々によってアビゲイルの性格は形作られたものだ。
すべてはマスターのために。
「見栄を張る必要は無いです。私は蔑みという感情はありません。そういうふうには出来ていないのです」
「……そう……だな」
マイヤーは俯いて、つま先を見つめた。
観念した、というような表情だった。
「女どもはどいつもこいつも。僕の家柄や資産にしか興味が無い。だってそうだろう。家出していた頃、女どもは誰も僕の相手をしてくれなかった。キモいって。臭いって。風呂はちゃんと入っていたのにな。……なのに、家に戻った途端にすり寄ってきやがった。でも、そいつらみんな、別の男がいたんだ。誰も僕自身に興味を持ってはくれなかった」
「そんなこと――」
「聞いてしまったのさ。パーティー会場の廊下で。あんな勘違い童貞、キモくて仕方がない、でも家柄は良い。愛想を良くするのが苦痛だけど仕方がない、って。一人や二人じゃない。みんなそうだ。いつもそうだ」
マイヤーは天を仰いだ。とても、寂しそうな目をしていた。
「……辛かったですね」
「でも、その時に吹っ切れた。利用できるものは何でも利用してやろう、ってね。シャルリエ男爵が娘との縁談を持ちかけてきたのは、チャンスだった。実権を握り、力を蓄え、全てを手にしてやろう。……そう思って、がむしゃらにやってきたが……結局、むなしいだけだった。君が居なかったから」
マイヤーの言葉に嘘は無い。
あらゆるデータがそれを示していた。
「でも……タローさまと一緒に暮らすのが、私にとっては一番幸せなんですよ。大義も、地位も、名誉も、お金も、しょせんは人間のためのものにすぎません。私はタローさまのために生きているのです」
監視カメラのモニターに、マスターの姿が映った。
「私、タローさまを助けに行きます。ごきげんよう、マイヤーさま」
「ああ。よくわかった」
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