第25話 これで行こう
十分ほど歩くと、セリーヌたちのアジトが見えてくる。
かなりの炎に見えたが、外側は案外形が残っていた。
しかし、中に入るとあちこちに煤が付き、酷い荒れようだった。
カン、カンと何かを叩く音が響いてくる。
レオンシオが汗だくになって、イソポーダ号を直していた。
内部のフレームがよく見える。
何かとてつもないハイテク素材かと思ったが、鉄らしい。
「ひどいもんさね。お気に入りの服を干しておいたの、みんなダメさ。一息入れたら作戦会議だよ」
セリーヌは長い髪を払いながら奥の方へ消えていく。
「ほらよ、救急箱だ!」
ヨーゼフが持ってきてくれた箱には、包帯や薬が入っていた。
まずはソフィアの顔を拭ってやるが、ヨーゼフはタローの手つきが気に入らないようだ。
貸せと言われて代わると、ヨーゼフの手当は見事なものだった。
「お屋敷に居た頃のお嬢は、ちょうどこのくらいでね。お嬢にしてみりゃ昔の自分を見てるみたいで、くすぐったいんだろうさ。それにこのガキ、近所で何回か見た事があってな。気にはしていたぜ」
「そうなんだ」
手当はすぐに終わった。
「すまんヨーゼフ、少し手伝ってくれ」
「おう!」
レオンシオに呼ばれてヨーゼフはイソポーダに向かっていった。
ソフィアに毛布を掛けてやると、タローもイソポーダ号を見に行く。
八本あったはずの脚は六本しか残っていない。
残った脚からも黒い油がポタポタと漏れていた。
そして何よりも、前面の装甲だ。
完全に溶けてくっついてしまっているのを、レオンシオたちがガスバーナーで切っていた。
切り落とされた装甲板を拾ってみる。
「カイザーの武器、とんでもない威力だね」
「こっちの穴はレールガン。鉄板を溶かしたのはプラズマキャノンだな。周囲の空気が電離して稲妻のような光が出る。本人はレーザービームと言っているが、別物さ。秘匿名称ってやつだ」
全然関係ない名前を付けて、本当の姿をごまかすテクニックらしい。
「でも、それに耐えたんならイソポーダの装甲もすごくない?」
「もちろん貫通しない程度に抑えてある。全力なら車体全部が消えて無くなるくらいの威力はあるだろう。俺たちが生きているのも、ヤツにその気が無かったからだ」
レオンシオは唇を噛んでいて、拳もきつく握りしめられていた。
「俺の……いや、人類の技術ではこれが限界だ。プラズマは空気に触れると急激にエネルギーが拡散してプラズマ状態を維持できない。何らかの方法でプラズマを閉じ込めなきゃいけないんだが、結局人類には造れなかった武器だ」
「でも、カイザーを造ったのは――」
「旧世代の遺物さ。今の人類の技術じゃ、あんなものは絶対に作れない。あのふざけた外見も、人間に警戒心を抱かせないための擬態かもしれん」
セリーヌはヘソ出しのタンクトップとホットパンツ姿で戻ってきた。
これからドンパチやろうという格好ではない気がする。
「でもいいさ、ぼくはおへそ見るのが好きだもの」
「何バカ言ってんだい。さぁて、作戦会議だよ。レオンシオ! アイデアをお出し」
セリーヌは偉そうだが、物事を考えたり機械をいじるのはレオンシオにおまかせだ。
運転や力仕事、傷の手当てはヨーゼフが。
レオンシオは内気で大人しいし、ヨーゼフは色々とおかしい。
案外とバランスの取れたチームだ。
タローには何ができるだろうか。
「はい、お嬢様。策は……ありません」
「何だってぇ!?」
「人類最高の頭脳をもってしても、ロボットを出し抜く作戦は立てられません。従って、力押しのゴリ押しこそが、最も合理的かつ成功率の高い作戦です。理詰めで勝てない勝負を打開するためには、これしかありません。統計上そうなっています」
とんでもない事を言っていると思ったが、こう言われては他に無い気もする。
レオンシオは続けた。
「イソポーダに装甲板を増設し、主砲は徹甲弾を多めに。弾体はタングステンなので、費用はそれなりにかかっております」
「ふん、仕方がないね」
「あとはヨーゼフ、お前の領分だ」
「おう、任せな! オレはそういうシンプルなやつが好きなんだ」
ヨーゼフは二メートル近い巨大なライフル銃を構えた。
戦記漫画で見た事がある、対戦車ライフルだ。
口許は笑っているが、眉間には皺が寄っている。
どちらかというと、苦笑いのような表情だ。
セリーヌが組んでいた脚を組み替えた。
「それで? 場所の当たりは付いてるんだろうねェ?」
「それなんですがね」
レオンシオは珍しく怪訝な表情を浮かべた。
この男は表情が無いのではなく、表情の変化が非常に小さいのだ。
慣れるとじつは表情豊かな男である事がわかる。
「第一層の、中央制御室です」
ヨーゼフは逞しい腕でレオンシオの首に腕を回す。
レオンシオはというと、少し嫌そうな表情だった。
「よくわかったな、さすがレオだぜ! でもよ、なんでわかったんだ? お前はずっとここで修理してたろ?」
「それがな、電話だ」
「電話?」
電話とは、音声を電気信号に変えて離れた場所に送るシステムだ。
「お前たちが出て、しばらくしてからだな。ボイスチェンジャーみたいな声でこう言ったんだ。アビゲイルは第一層、中央制御室に居る、とな」
「罠ね」
「罠だな!」
セリーヌとヨーゼフが同時に言った。もちろん、タローも罠だと思った。
「で、警備状況は?」
「不明です。第一層に入れるのは元老院議員と関係者だけで、構造は門外不出ですからね。ただ、二四時間体制で最大限考え得る警備体制が敷かれている事は間違いないでしょう」
最大限の警備。
それに、下から上に攻めるほうが難しい。
かなり難しいミッションだ。
タローは頭を抱えたくなった。
とはいえ、他に何か手はないかと言われても、何も思いつかない。
「ん? どうしたの?」
端のほうで休んでいたソフィアがいつの間にか近くに来ていて、タローの袖を引っ張っていた。
「お兄ちゃん、これ」
「何これ?」
ソフィアが渡してきたのは、A四のコピー用紙の束だった。
何だろうと思って見てみると、ピラミーダの詳細図面だ。
図面には赤や青のインクで線が引かれており、その線を辿ると第一層の中央制御室に通じている。
「ソフィア、これどうしたの!?」
「そこのファックスから出てきたよ」
「へ? ファックス? 旧時代の遺物、まだ使ってるの!?」
ファックス。ファクシミリとも言う。
中世の遺物で、電話回線を通じて画像を送受信するシステムだという。
もちろん歴史の本で読んだ事があるだけだ。
しかし、レオンシオもヨーゼフも、セリーヌすらもぽかんとしていた。
「でもよ、タロー。これだってカラー対応の高級機だぜ。お嬢のワガママで入れたんだが、まだ月賦が残ってる」
ヨーゼフとは話が通じない。
もしかすると、いやもしかしなくてもピラミーダでは現役のシステムなのだろう。
室内に目をやるが、コンピューターの類いは見当たらなかった。
どうやらピラミーダの文明は退化しているらしい。
とりあえず気を取り直し、レオンシオに書類を見せる。
「なるほど。これなら行けるだろう。だがまあ、あからさまに罠だろうな。しかし……」
レオンシオは腕組みをして考え込んでしまった。
セリーヌは書類をひょいと取り上げ、パラパラとめくる。
小指でリップの塗られた唇をつつ、と撫でるのが、考え事をする時の癖のようだ。
やがて、音を立てて勢いよく書類を置いた。
「これで行くわ」
「オイオイお嬢! どう考えたって罠っすよ!」
ヨーゼフもやはり罠だと思っている。
セリーヌは何を考えているのだろうか?
「だったらもっといい手があるってのかい!? 罠があるってわかってるなら、それを踏み抜いて破るのが女の生き様ってやつなんだよっ!」
「オレぁ男っす!」
こんな時だが、言い合いを続ける三人は仲がとても良さそうで、タローは少し羨ましかった。
タローはずっとアビゲイルと二人っきりで、口論などしたこともない。
タローが口論を望まなかったからだ。
アンドロイドの精神構造は人間とまるっきり別物で、オーナーにとって心地よい反応を観察、学習し実践する。
寂しがり屋で甘えん坊のタローがオーナーなので、アビゲイルはそれに対応した性格なのだ。
アンドロイドは人間の願望を写す鏡である。
もう一度書類に目を通す。
赤ペンでルートと、注意書きなどが書き込まれている。
青インクでは別のルートが。
プランBという事らしい。
いずれにせよ、その筆跡は見慣れたものだった。
手書きであるにもかかわらず、印字のように整った字体。
間違いない。
「みんな! ……これで行こう!」
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