第24話 日光浴クラブ活動記録

 外ではなぜかヨーゼフがズボンを脱ごうとしていた。


「何やってるの? ヨーゼフ」


「おう、早かったな。ちょっとばかり日光浴としゃれ込もうと思っていたところだ」


「日光浴? LEDで?」


「太陽はいつも心にあるのさ! オレが服を脱げば、いつだって日光浴だぜ!」


「なるほど……? ようは全裸になる理由付けが欲しいんだね」


「褒めるなよ、照れるぜ」


 セリーヌがヨーゼフの頭を乱暴に叩くと、まるでスイカのような音がする。

 何が入っているのか気になったが、ヨーゼフはロボットではない。

 とはいえ脳でないことは確かだ。


「アホな事やってないで、さっさと戻るよ!」


 タローも二人に続いた。


「依頼料全額前払いは罠、ってのがこの業界のセオリーっすよ、お嬢」


「お前は文句が多いんだよっ! イッセンマ~ンだよイッセンマン! 我慢おし!」


 カイザーとの追いかけっこでイソポーダ号は無残にも破壊され、今はレオンシオが修理しているらしい。

 ……第五層でだ!

 つまり、せっかく登ってきた階段をまた降りなければならない。

 そもそもセリーヌのようなフリーランスは第四層に住む事が多く、第五層に住む事は稀だという。

 第五層は家賃が異様なまでに安いそうだ。

 上層に行くにつれて面積が狭くなるピラミーダは、上に行くほど家賃が高いらしい。

 何をするにもお金が掛かる。

 それがピラミーダのルールだ。

 タローは不思議に思った。

 お金というものは物々交換をやりやすくするための発明らしい。

 たとえばタローがセリーヌに千クレジット預ける。

 セリーヌはそれを持って、レオンシオに借りた千クレジットを返す。

 レオンシオはそれでヨーゼフに借りていた千クレジットを返す。

 ヨーゼフはセリーヌに同じように千クレジットを返して、セリーヌがタローに千クレジット返すと……不思議なことに、セリーヌたちは三人全員の借金が返せてしまう。

 誰も損をしていないのにも関わらず、だ。

 つまり、お金は実態の無い概念、幻想でしかない。

 そんな曖昧なもののために、場合によっては命を掛けたりもするのだ。


「ふう、やっと着いた」


 踊り場にソフィアの姿は無かった。

 昼間だし、どこかに出かけているのだろう。

 お金が無いということは、ここでは食べ物も手に入らない。つまり。


「あ、お兄ちゃん」


 ドアを開けると、顔に青あざをを作り、鼻血を流したソフィアがボロ雑巾のように転がっていた。


「大丈夫?」


「あはは、ちょっと失敗しちゃった。おちてる小銭さがしてたら、シマを荒らすなってボッコボコ」


 何でもない事のようにソフィアは言う。

 そう、実際彼女にとって何でもない事なのだろう。

 いつも通り、といった顔だ。

 上手くいったら食べ物にありつけるが、失敗すればこうなる。

 女の子なのに男の子の格好をしているのも、そのためだろう。

 だが、そんな事に納得できるタローではない。


「いやだめだよ! そんな危ないことしちゃあ! 誰にやられたのさ、ぼくがはっきり言ってやる! 小さい子を殴るなんて、最低だ!」


 タローは悔しくて、悲しくて、思わず地団駄を踏んだ。

 なぜソフィアを放っておいたのか。

 こんな事になるとは思ってもみなかった。

 ここではそんな事がまかり通っているのだとしたら、間違っているのは社会だ。


「コソ泥のガキなんざ放っておきな。ここいらじゃ、よくある事なんだよ」


「でもセリーヌ!」


「気持ちはわかるけどねぇ。でも、あれもこれもってのは欲張りさ」


 セリーヌもそう言う。

 しかし納得できるものではない。

 その時、塀の裏から聞き慣れない男の声が響いた。


「おいガキ。まだウロウロしてやがったのか? とっとと出て行けや。またボコられてえのか? ……あん?」


 その男はいかにもチンピラ然とした青年だったが、どうやらセリーヌとヨーゼフの姿は影になって見えなかったらしい。

 二人に気付くと、青年は顔を青ざめた。


「て……てめえ……『日光浴クラブ』の……」


「おう! オレ様こと会長ヨーゼフ・フリートハイムを知っているとは、感心じゃねぇか」


 ヨーゼフはシャツとズボンを脱ぎ捨て、パンツにも手を掛けた。

 今ここででっかいモノを出し、ビッグ・ヨーゼフになる気だ。


「ま、待ってくれ。お、俺は違うんだ。そいつとはたまたま、か、角でぶつかっただけで……」


 ポロン。


 青年はますます青くなった。その顔は恐怖に引きつり、涙まで流している。


「やめ……やめろ……!」


 ムクリ。


「わ、悪かった! 返す、返すから許してくれ! 俺はノンケなんだーっ!」


 小銭をぶちまけると、青年は尻を隠しながら逃げていく。

 よくわからないが、大雑把に見てチンピラがヨーゼフに恐れをなし、ソフィアから巻き上げた小銭を置いて逃げ出した、という事だろう。

 ただ、気になる事が一つ。


「ねえヨーゼフ。ノンケって何?」


「オレみたいな人間の事さ!」


「そうなんだ。……セリーヌ? どうしたの?」


 セリーヌはなぜか俯いて震えていた。

 泣いているのかと思ったが、どうやら笑いをこらえているらしい。

 なにか面白い事でもあったのだろうか。


「いやなにも……今日は良い天気だねぇ」


「アーコロジー内で良い天気も何も無いよ。大丈夫?」


 逃げる青年を見守っていたソフィアが、そっとタローの手を握ってきた。 


「ありがとう、お兄ちゃん」


「ぼくは何も……」


「でも、あたしのために怒ってくれたでしょ」


 ソフィアがにっこりと笑う。

 初めて見た笑顔だ。

 ヨーゼフは名残惜しそうに、パンツに脚を入れながらウィンクしてくる。

 少しだけだが、なぜか背筋が寒くなった。


「ま、サービスの一環だぜ。依頼主サマのご機嫌を損ねちゃマズイんでな」


 ヨーゼフのやたらゴツイ手がタローの背中を叩く。セリーヌはまだ笑いをこらえていた。


「ヨーゼフのあれは嘘じゃないさ。でも、説得力が皆無だねぇ」

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