第23話 面倒がきらい

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」


「ん……」


 ゆさゆさと揺すられて、タローは目を覚ます。

 目に入ったのは、心配そうな顔でのぞき込むソフィアだった。

 だんだんと意識がはっきりしてくる。

 ピラミーダに着いたこと。

 セリーヌたちを見つけて、でもカイザーたちが現れて襲われたこと。

 タチアナに捕まって、逃げたこと。

 その後ソフィアに出会ったことを思い出す。


「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」


「えっ、ぼくは別に……」


「でも、こんなに腫れてる! とっても痛そう……」


「大丈夫だよ、これはただのアサダチだから、何ともないんだ」


「そうなの?」


「ぼくはいつか読んだ物語の鬼畜主人公じゃないから、ソフィアにイタズラしたりはしないぞ。……しないぞ! ほんとだぞ! 相手の無知を利用して卑猥……いや卑怯な真似はしない!」


「病院、行く?」


 女の子と判明した今、ソフィアは十二歳ほどに見える。

 さすがに十歳の少年扱いは失礼だろう。

 将来タローが三十歳になったら二十七歳だ。何の問題も無い。

 ……だが、今はダメだろう。

 常識で考えて。

 そう、ものには順序がある。

 いや、そういう問題ではない。

 タローは深呼吸をしてから立ち上がった。


「そのうちまた会う事もあるだろう。じゃあな。タロー・シミズはクールに去るぜ」


 タローはソフィアに見送られて階段を登り始めた。階段の端には埃が溜まっていて、あまり使われていないようだ。


「はぁ、はぁ……」


 登る。ひたすら登る。

 一四〇メートルの高さまで上がるためには、いったい何段登ればよいのだろう。

 カン、カン、カン、と足音だけが響く。

 登っても登っても、いつまでも終わらない。

 窓もないので、今どのくらいの高さかもわからない。

 もう嫌だ、と諦めたくなった頃、ようやっとドアが見えた。


「第四層……やっと着いた」


 タローはすでに汗だくになっていた。

 周りをリベットで補強された鉄扉を、渾身の力を使って押し開ける。


「さて、第四層はどんな世界が広がっているのかな……?」


 高い天井のLED人工太陽は、もう朝の明るさになっていた。

 最初に気付いたのは、道路にゴミがほとんど無い事だった。

 第五層ではあっちこっちに空き缶だの、食べ物の包みなんかが放置されていたのとは対照的だ。

 ただ、気になるのがあちこちに藁の山が積まれている事だ。


「変だな。確かに雑草取りくらいはするだろうけど……ここ、アーコロジーの中だろ? まあいいか……」


 第五層ではみんな好き勝手な服装をしていたが、第四層はみんな地味……というか普通の格好だ。

 具体的には、背広や作業服。

 色は黒とかグレーが多い。地味だ。

 裸みたいな格好の女の人も居ない。


「さて、エクスプレスはどこかな。お、いいところに案内板があるぞ」


 案内板はホテルの隣に立っていた。ホテルの客も上品な服装をしている。

 立て看板が出ており、『宿泊の方、昼食無料』とあった。しかし、ほぼ文無しに近いタローには縁の無い話だ。


「ええと……こっちか」


 案内板に従って進む事しばし。

 目的の建物はすぐに見つかった。

 建物の材質も第五層とは明らかに違って、清潔感が溢れている。

 荒くれ者がクダを巻いてるイメージだったのだ。

 いささかイメージが偏っているようだが、タローは本でしか人間の街を知らない。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用ですか?」


 受付の女の人は、皺一つ無い制服をぴっちりと着こなしていた。

 髪はアップにまとめて、知的な印象の眼鏡もいい感じだった。

 そして何よりも、おっぱいが大きい。

 カウンターに隠れているが、下半身もきっとすごいのだろう。


「あの、依頼を」


「かしこまりました。ポイントカードはお持ちですか?」


「は? ポイントカード?」


 お姉さんは色々説明してくれる。

 漫画や小説に出てくるのと違って、普通にフリーランスに仕事を斡旋するだけの組織のようだ。

 手数料は二〇パーセント。

 支払い一〇クレジットごとにポイントが付いて、ポイントが溜まると依頼料に上乗せできるらしい。

 年間の利用金額に応じてブロンズからシルバー、ゴールド、プラチナとランクが上がって行き、ポイントも多く付くようになるそうだ。


「そういうの、いいです。よくわからないし」


「失礼しました」


 よく考えれば、ポイント制度を維持するためのコストで、もっと手数料を安くできる気がする。

 そうすれば同じ支払いでも、フリーランスに渡る手取りは増えるはずなのだ。

 来る途中にあったホテルの『昼食無料』を思い出した。

 あれだって、無料の昼食の原資は宿泊料だ。


「ええと、指名でお願いしたいんですけど」


「指名料は別途五パーセントちょうだいしますが、よろしいですか?」


「めんどくさ!」


 約款だの利用規約だの書類が何枚も何枚も出てきて、その全てにサインしなければいけないらしい。

 記入項目も多い。住所、名前、職業、年齢、市民番号……。


「うわ! めんどくさっ!!」


 そもそも、タローにに市民番号など無い。

 後ろをチラリと見ると、入り口までずらっと依頼待ちの人たちが並んでいた。

 こういうのは苦手だった。

 背後からのプレッシャーに押されて、頭の中が真っ白になってしまう。


「ちょっと」


 タローの肩に手が乗った。

 思わず目をきつく閉じる。

 このままでは、早くしろと怒られてしまう。

 しかし、そこにいたのは見知った顔だった。


「ああ、セリーヌ! ちょうどいいところに!」


 いかなる激闘を経たのだろうか、服はボロボロ、額には小さな擦り傷がある。


「ちょうどいいじゃないでしょ。もっと他に言う事は無いわけ? だ~からガキだって言われるのよ、ほんとにもう」


「ごめん。ヨーゼフとレオンシオは無事?」


 セリーヌの表情で、二人が無事だということはわかった。


「ま、いいさ。イッセンマ~ンが掛かってるもんね。さ、教えてやるからさっさとおし!」

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