第22話 いっしょに……

 鉄のような味。

 口の中が切れたようだ。

 頬を押さえる。

 少し遅れてから痛みが襲ってきた。


「……言い訳はあるか?」


「は、はい。戦闘ロボットを対人攻撃に使うのはやはり不向きでは――」


 憤怒にまみれた拳が机に振り下ろされる。


「言い訳をするな! そこを何とかするのが仕事だろうが! タイタン級はあれが最後の一機だ! 不具合が出たらどうするつもりだ? せっかくの虎の子を、お前を信用して任せたというのに! お前、そんなんでやっていけると思っているのか!? 世の中舐めてないか!? 責任ってものを軽く考えてるだろ! 何だその目は! 新入りふぜいが! だからお前はダメなんだよ! あ――」


「……」


「――――!!」


「…………」


「――――――!!」


「……………………」


「――――――――!! ――――――――!!」


 憤怒。癇癪。激高。怒り。

 ひたすらに吠えている。

 わめいている。

 理由などどうでもいい。

 怒鳴りたいから怒鳴る。

 殴りたいから殴る。

 ただ、それだけだ。

 動物と同じ。

 怒鳴れる相手に怒鳴っているだけだ。

 相手を下だと見なしているから。

 怒鳴ってもいい相手だと認識しているから。

 昔の事を記した本で読んだ事がある。

 マウンティングという現象だ。

 サルと同じ。

 わかっている。それはわかっているのだ。

 しかし、怒りに満ちた怒声は思考力を奪っていく。

 毎日これだ。

 毎日。毎日。毎日。毎日。

 そのたびに心がすり減っていく。

 弱っていくのがわかる。

 だが、他に頼る物はない。

 ここを辞めれば、第五層へ行くしかないのだ。


「いいか! そもそもお前の仕事はタロー・シミズの抹殺だ! 殺してこいって俺は言ったんだよ! 説得しろなんて一言も言ってないからな! コ・ロ・セ!」


 一時間に及ぶ叱責の末、ようやくタチアナは解放された。

 なお、殺人は法律で明確に禁じられている。

 もう、何も考えられない。

 疲れた。ひたすら疲れた。

 肩を落とし、足を引きずり、うつろな目でガレージの扉を開く。


「グッド・イーティング(よい食事を)!」


 ドラム缶に手足が生えたような外見のタイタン級戦闘ロボット、カイザーが寝転がりながら酒を飲んでいた。

 カイザーに補給できる燃料は液体燃料だけだ。

 糖類を燃料とする一種の燃料電池で、エタノールまたはメタノールの使用が推奨されている。

 周りに転がっているのは激安の缶チューハイの空き缶だが、酔うために飲むのではないので問題は無かった。

 当然だが、ロボットは酔わない。


「ん~、景気の悪い顔だな、ターニャ。おぬしも飲むか?」


 今となってはタチアナをターニャと呼んでくれるのはカイザーだけだった。

 それを知ったマイヤーからもターニャと呼ばれる事があるが、苦痛でしかない。やはり違うのだ。


「カイザー……」


「悪いがストロング系しか無い。だが量はあるぞ。倒産した店の在庫品が流れてきたのだ」


 缶を突き出すカイザーの姿が歪んだかと思うと、やがてこぼれはじめた。

 こんな時に。こんな所で。こんな相手に。


「あああああああああああっっっっ!!」


 膝から崩れ落ちる。自分でも聞いた事の無い泣き声。

 こんな声が出るなど、思いも寄らなかった。


「おやおや。いったいどうしたのだ?」


 蛇腹の腕が動き、ペンチの手がタチアナの背にそっと触れる。


「あ、あだじね、あだじ――」


 鋼鉄のボディにすがりつき、思いの丈をぶちまける。

 脈絡無く浮かんできた言葉を次々と。

 涙と鼻水と、嗚咽を撒き散らしながら。

 子供のように泣きわめくタチアナを、カイザーは文句一つ言う事なく聞いてくれた。


「左様か。辛かったな」


「うぐっ、えぐっ…………」


「やめても……よいのだぞ?」


「……!」


「セントラルタウンへの旅で、我輩は色々なものを見た。おぬしにも見せたいものがたくさんある。本物の太陽の日差しの下、ちゃちな合成食品などではなく、美味い飯を食いながら、緑に囲まれてのんびり暮らすのも悪くあるまい。我輩も、ともに行こう」


「カイザー……?」


「いつまでも、という訳にはいかないがな。どうせ我輩はもうすぐ――」


「言わないで!」


 聞きたくない。

 そんな言葉は聞きたくない。

 わかっている。

 言われなくとも。


「……すまぬ。だが、我輩の残り少ない稼働時間を、おぬしのために使いたいというのは……我輩のワガママだろうか」


 カイザーの気持ちはありがたかった。

 タイタン級は大破壊以前に造られた骨董品で、今では必要最低限の消耗部品すら手に入らない。

 負荷が掛かる戦闘モードにならなければ当面は持つものの、全力で戦えるのはあと一度か二度だ。

 最後の最後まで戦い抜くのが戦闘ロボットの誉れ。

 カイザーはかつて、そう言っていたのだ。

 にもかかわらず、言ってくれた。

 欲しい言葉を。

 欲しい時に。

 手の甲で涙を拭う。カイザーの晩節を汚すわけにはいかない。

 カイザーはタチアナをわかってくれた。

 今度は、自分の番だ。


「ダメよ、カイザー。さ、タロー・シミズを倒しに行きましょう。それがあたしたちの任務なんだから」


 タチアナはカイザーのAドライブに五インチフロッピー・ディスクを挿入した。中身は三原則をバイパスする戦闘プログラムだ。


「礼を言うぞ、ターニャ」


 この戦闘プログラムを処理するための専用コ・プロセッサーは故障していたのだが、何者かによって修理されていた。

 余計なことを、とタチアナは思う。

 震える手でリセットボタンを押す。

 メモリーチェックの後、プログラムがロードされた。

 これでもう、カイザーは喋ることもタチアナを励ますこともない。

 ロボットの範疇から逸脱した、単純な戦闘機械になってしまった。

 タチアナはどうしても殺人だけは嫌だったし、たった一人の理解者であるカイザーにもさせたくはなかった。

 仕事と割り切ることもできず、かといって逆らう勇気も無い。

 他人を殺すことは、きっと自分自身を殺すのと同じ事だった。


「カイザー。あたしも、一緒に……」

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