第21話 まるで人間だな

「これで買えるものだぁ~? おい坊主、お前カネの使い方も知らねーのかよ。人生ナメてるだろ」


 そんな事を言う店員も大したものだ。

 髪型はアフロ、サングラス着用、唇にはピアス。

 店の制服らしいスモックは前が開いていて、ジャラジャラと安物の極太ネックレスが見える。

 しかし悪態をつきつつも、棚からいくつか食べ物の包みを取り出すと、タローの手から小銭を取ってレジに入れ、それどころかお釣りまで出してきた。


「人は見かけによらないなあ」


「ああん? 何だって?」


「ううん。何でもない」


 店を出る時に振り向くと、店員はカウンターの中でヘッドホンを付けて踊っていた。


「っ、YO! っ、YO!」


 ベンチに座って包みを差し出すと、女の子はタローの手からひったくるようにしてかじりはじめた。

 どうやらクッキーかビスケットのようだが、色がすごい。緑だ。

 おそらくクロレラやユーグレナといった類いの物だろう。

 ようは藻で、栄養はそれなりにあるようだ。

 タローも一口食べてみた。


「……うん、紙みたいな味だ」


 ピラミーダでは家畜や農作物を育てている雰囲気は無いので、おそらくこういう物が主食なのだろう。

 工場でLED光源を使って育てていると思われた。

 まったく関係ないが、女の子の瞳も綺麗な緑色だ。


「おいしい?」


「……もぐもぐ……」


 タローの声が聞こえていないのか、女の子はひたすらビスケット的なものにかじりついている。

 あまり美味しそうには見えないが、よほど腹が減っているのだろうか。


「ぼく、タロー。きみは?」


「…………もぐもぐ……ソフィア」


「いい名前だね」


 どこかで聞いたような名前だが、タローには思い出せなかった。


「もぐもぐ……ごほっ! ごほっ!」


「落ち着いて食べなきゃ。ほら」


 やたらめったら緑色の液体を渡すと、ソフィアはまたむせそうな勢いで藻のジュースを一気飲みした。


「ははっ。まるで人間だな」


「…………」


「あれ。ぼく、何でこんな事言ったんだろう。ごめんね」


 疲れていたのだろうか。

 あるいは、アビゲイルと暮らしていた時の癖がでてしまったのだろうか。

 人間だらけのこの街で、思わずソフィアをアンドロイド扱いしてしまった。

 タローは照れ隠しに頭を掻く。

 アンドロイドは小型化に限度があり、子供の大きさにはできないはずだ。

 抱えた時の重さからしても、人間である事は間違いない。


「家、どこ? お父さんやお母さんは?」


 ソフィアは俯いてしまった。何かまずい事を聞いただろうか。


「いないの。おうちにも、帰れないの」


「……そっか」


 ずっと一人で生きてきたのだろう。

 タローも両親は居ないが、ずっとアビゲイルが居てくれたからまだいい方だ。

 ソフィアはろくに食べてないようだし、着ている服はボロボロだし、泥棒までせざるを得なかった。

 生きるためには仕方が無いのだろう。


「お兄ちゃんは、なんであんなところで寝てたの?」


「エレベーターを待ってたんだ」


「エレベーターに乗るの? お兄ちゃん、お金持ちなんだね!」


 金持ちであることは否定できない。

 ただ、全部明日使ってしまう。

 実際に使えるのはあと二セントだけだ。

 ちなみに百セントで一クレジットで、さっきのクロレラは六十セントだった。


「……おい、ちょっと待てよ。エレベーターって……高いの? というか、お金取られるの?」


「うん。片道の切符代だけで、あたしなら半年は食べていけるよ」


「マジで?」


「まじで」


 あと二セントでどうしろというのだろう。

 エクスプレスは第四層にある。

 切符代を払ったら、セリーヌが依頼を受けてくれないかもしれない。


「どうしよう……」


「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」


「だ、大丈夫さ。少し疲れただけだよ」


 大丈夫じゃねーよ! という言葉をタローは飲み込んだ。

 このままではアビゲイルを助けられない。

 だが、まだ何か手はあるはずだ。

 諦めない限り。

 タローは頭脳を最大の速度で回転させた。

 セリーヌは黒のレース、タチアナはグリーンの縞柄、アビゲイルは素朴な無地の木綿。


「いやいや考えるのはそれじゃない!」


「お兄ちゃん、頭だいじょうぶ?」


 ソフィアにかわいそうな人を見るような目で頭を撫でられてしまう。


「あたし、かえる。お兄ちゃん、ごちそうさま」


「帰る? 寝る場所はあるの?」


「非常階段の踊り場。ちかいんだ」


 非常階段。

 そんなものがあるとは知らなかった。

 そこを登れば無料で第四層へ行けそうだ。


「それだ! よし、ぼくも行こう」


 なぜかソフィアはしゃがみ込み、自分の両肩を抱きしめて震え始めた。

 すごく怯えている感じだ。


「どうしたの? ソフィア」


「お、お兄ちゃん……あたしをテゴメにするの……? やっぱりロリコンなの……? おとなの女の人がコワイから子供がいいの? もうビスケット食べただろ、って嫌がるあたしをムリヤリするの?」


「違うよぉ……」


 タローはいい加減に泣きたい気持ちになってきた。


「まぁたこれだ。ぼくは、そんなにいやらしい人じゃない。はずなんだ」


 とにかくタローは、ソフィアに説明した。

 最初から全部説明した。何もかも説明した。

 質問があれば答え、何もかも納得してもらった。

 ソフィアは賢い。

 きっとヨーゼフより頭がいいだろう。

 それでようやくソフィアの目から警戒の色が消えた。

 今までの人生でこれほどまでに喋ったことはないだろう。


「ああ、喉が渇いたなぁ……」


「そういうことならあんないするよ。ビスケットもらっちゃったし」


「やっとわかってくれたか……ありがとう」


 非常階段の出入り口は、そこからほど近い路地の奥にあった。

 頑丈そうな鉄扉で、上には『非常階段』の表示がある。

 扉を開けると長い階段があって、その裏でソフィアは寝起きしているようだ。

 さすがに疲れたので、ちょっとだけ休ませてもらうことにする。


「ねえ、お兄ちゃん」


「なんだい」


「お兄ちゃんはおそとでどうやっていきてきたの? まさか、畑をたがやしてたの?」


「うん、そうだよ。さっきみたいな物を食べたの、ぼくは初めて」


「みんなはあればかりだよ」


 藻やイースト菌で造られた合成食品がピラミーダ住人の主食だという。

 安いし、栄養もあるし、それなりにお金を出せばちょっといい味付けのものもあるらしい。

 しかし、タローのこれまでの食生活は自然食品一〇〇パーセントだ。


「いいなぁ。あたしもいってみたいなぁ……」


 ソフィアは遠くを見るような目をしていた。

 誰も守ってくれず、一人で生きていくしかないピラミーダは、決して楽な場所ではないだろう。

 もちろん、タローの街も危険はたくさんあって、決して楽園ではないが。


「いつでもおいで。ごちそうするよ」

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