第15話 ゴミ野郎とよばれて
「さァてレオンシオ。お前なら何か打開策が思い浮かぶだろう? 早くおし」
セリーヌはコンパクトミラーを取り出すと、内蔵されている小さなスポンジでファウンデーションをパタパタ塗り始めた。
「そうっすね……ああ、そうだ」
レオンシオは、タローの顔を見ると、力なくかぶりを振った。
「――いや、だめだな」
「なんだかモヤモヤするなぁ」
レオンシオはいつも意味ありげなこと言う。
セリーヌは額に青筋が浮き、食いしばった歯からギリリ、という音まで聞こえてきそうだ。
前席に手を伸ばすと、レオンシオの右耳を掴み上げる。
「い、痛いっす」
「お言いよ。あるんでしょ? ア・イ・デ・ア」
セリーヌはまるで氷のような視線を向けていたが、レオンシオは少し嬉しそうに見えた。
「女の人にいじめられるのが好きなのかな? そういう男の人って居るんだよね、ぼくは知ってるんだ」
昔本屋だった建物に、そういう本が残っていたのだ。
その手の本は表紙と背表紙の下の方に、黄色い楕円が例外なく付いていた。
しかし、アビゲイルが見つけると隠してしまうのだった。
気がつけばレオンシオは軽く俯いて、耳まで赤くなっている。
「えっとあの……あそこのシャッターを破って中へ入り、主砲で反対側の壁をぶち抜く。その際タローを降ろして隠し、我々は逃げる。ブリキロボは知らずに我々を追ってくるはずなんで、ほとぼりが冷めるのを見計らってエクスプレスで合流、タローと契約する」
「それで行くわ」
セリーヌは即答した。無茶苦茶だ。
「しかしお嬢様、タローを一人にするのは危険では? 連中の狙いはタローなんすよ」
レオンシオがタローの気持ちを代弁してくれたようだ。
タローも調子に乗ってそれに乗っかる。どう考えても無茶苦茶だ。
「そ、そうだよ! ぼく一人で脱出だって? カイザーから? だめだ、カイザーには敵わない。あんなナリして無茶苦茶強いし、ぼくなんか比較にならないくらい賢いんだ。セリーヌだって出し抜かれちゃったじゃないか。こんな作戦、すぐ見破られ――痛たたたっ!」
セリーヌがタローの耳たぶを思い切り引っ張ってきた。
「うるさいわね、ちょっと黙りなさい。タローだって男の子だもの、そのくらい自分で何とかするわよ、ねえ?」
セリーヌはタローのチクビに人差し指を当てると、何やらグルグル回し始めた。
なんだか変な気分になりそうだったが、そんな場合ではない。
「しかし、タローが連中に確保されては元も子も――」
「お黙りレオンシオ。アタシはタローと話してるの」
レオンシオを黙らせると、セリーヌはタローの両肩に手を置いた。
いつもと雰囲気が違っており、ものすごく真剣な目をしている。
タローは思わず息を呑んだ。
「いい、タロー。よく考えて。あんたは何のためにここに来たの? アビゲイルを取り返しに来たんでしょう?」
「うん」
「アタシたちもアンタの持ってるお金が欲しい。生きていく為にね。こういうのを『マックマック』って言うんじゃなくて?」
「それを言うなら『ウィンウィン』だよ」
こういう間違いをするから、格好良い事を言っているのにいまいち決まらないのだ。
セリーヌは脚を組み替えると、背もたれに身体を預けた。
「捕まっても殺されてもアンタの願いは叶わない。それに、その気になればアタシたちは無理矢理アンタからお金を巻き上げる事もできるの。でもそれじゃ、お互いのためにならないじゃない?」
「さすがお嬢! 年下には強い!」
ヨーゼフが余計な茶々を入れるけど、ちょっと黙って欲しかった。
今、大事な話をしている。
「アタシたちはアンタと取引がしたいのよ。今後のためにもね。でも、そのためにはアンタはある程度リスクを取らなきゃいけない。わかる? アンタをガキじゃなくて、一人の人間として見ているから言ってるのよ。ただし――」
そこでセリーヌは言葉を切った。唇を真一文字に結び、タローの目をまっすぐ見つめてくる。
「アンタがアビゲイルより一千万クレジットの現ナマを取る、ってんならこの話は無しだわ」
セリーヌはオトナだ。
ずるいオトナかもしれない。
こんなこと言われては、とてもノーとは言えない。
それに、下手に敵対するよりも手を組んだ方が都合がいい。
それは間違いないのだ。
タローの暮らしに現金は必要ない。
「わかった。やるよ」
「決まりね。ヨーゼフ!」
「ほいさぁ!」
ヨーゼフと目が合うと、彼はやたらめったら白くて綺麗な歯を光らせて右手近くのスイッチを押した。
「舌噛むなよ、男の一本槍ィ!」
後ろの方でなにかキインという音がしたかと思うと、イソポーダは恐ろしい加速でシャッターに突っ込んだ。
「何これ、ロケット!?」
雷でも落ちたのかと思うような轟音と衝撃に気が遠くなる。
だが、どうやらシャッターは破れたようだ。
モニターのいくつかが砂嵐のような画面になったので、カメラが壊れたらしい。
屋根というかキャノピーというか、とにかく天井が開く。
「いきな」
セリーヌがタローの背中を押してくれた。
タローは枠に手足を掛け、外に飛び出す。
レオンシオが部屋の端にある、頑丈そうな木箱を指さした。
「あの箱に入れ。主砲を撃つまで絶対に顔を出すな。撃った後もなるべく動くなよ、折を見て脱出しろ。じゃあ、後でな!」
「うん。後で!」
タローは三人に手を振ると、一目散に蓋を開け箱に飛び込んだ。
これはどうやらゴミ箱だ。
臭い。非常に臭い。
しかし、他に爆風から身を守れそうな場所はない。
――いやでも臭い! そして暑い!
などとて考えていると、反対側の壁で大爆発が起こった。
イソポーダ号が主砲を発砲したのだ。
破片がいくつか箱に刺さるのを感じる。
外に居たら、怪我では済まなかっただろう。
タイヤが軋む音が響き、エンジン音が遠ざかっていく。
そして重々しい金属の足音。カイザーだ。
「……!」
タローは急に不安になった。
もしもカイザーが赤外線センサーを使っていたら。
息を止め、歯を食いしばって音を立てないようにする。
心臓の音や血管に血が流れる音までは聞こえたら。
焦燥と裏腹に鼓動は高まり、汗が止まらない。
やがてカイザーの足音は、穴のある方へ向かい、遠ざかっていく。
静かになった。
今までに無い静けさだ。
森でもビル街でも、タローはこんな静寂を知らない。
風の音や虫の声、いつも必ず何らかの音はしていたのだ。
耳がおかしくなったかと思ったが、試しに少し身体を動かすと、ゴソゴソという音はちゃんと聞こえる。
「……」
暑い。とにかく暑い。
おそらく、生ゴミが発酵する時に出る熱だ。
だが、そのおかげで体温をごまかせたのかもしれない。
怪我の功名という考え方もある。
だとしても結局臭い。
そして暑い。
「……」
どれだけ待っただろう。
五分か、十分か。
今頃カイザーたちは、イソポーダ号を追いかけているはずだ。
タローが乗っていると思って。
三人組はちゃんと逃げ切れただろうか?
わからない。しかし、信じるしかない。
「……」
タローはもう、出たくて出たくて仕方が無かった。
それでも頑張った方だろう。
とにかく臭いのだ。
人間どんな臭いでも慣れると言うが、そんな事を言った人にこの臭いを嗅いで欲しい、と思った。
――もうダメだ。もう無理だ。
早く新鮮な空気を吸いたかった。
ギリギリまで頑張った。
ギリギリまで踏ん張った。
もう出てもいいだろう。
「……!」
――いやいや、あと一分頑張ろう。 それが無理なら十秒でもいい! ううん、どうしても無理だと思ったら五秒だっていいさ!
タローはゴミ箱の蓋を押し上げ、綺麗な空気を思い切り吸い込んだ。
「ああ、なんていい匂いなんだろう! それに涼しい~♪」
「動かないで」
最初に視界に入ったのは、真っ黒な穴。
中にらせん状の溝が刻まれている。
間違いなく銃口だ。
巨大な自動拳銃。四十五口径くらいだろうか。
彼女の指先一つでタローの頭は、割れたスイカのようになってしまうのだ。
畑では今年、スイカが豊作だった事を思い出した。
とにかくカイザーに気を取られて、このお姉さんの事はすっかり忘れていた。
いい匂いがしたのは、彼女だったのだ。
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