第4話 コロッケ大好き

 タローが空き部屋のドアを開けると、部屋の隅で光電管の目が怪しく光った。


「グッド・イーティング(良い食事を)。また来たのか、少年。たった今出て行ったばかりだろう?」


「え? もう丸二日経ってるけど」


「もう、だと? ふん、人間はせっかちだな」


 カイザーが来てから一週間。正直を言ってしまえば、タローはとっくに嫌気がさしていた。

 とにかく態度が横柄なのだ。

 しかし、アビゲイルと違ってカイザーは中身を簡単に見せてくれる。

 機械いじりはタローの趣味の一つで、子供の頃から街に残された自動車などを分解して遊んでいたのだ。

 ガソリンが無いので動かす事はできなかったが。


「きみもけっこうガタがきてるぞ」


「ベテランだからな」


「ふーん、物は言いようだねー。これ、見つけてきたよ」


 タローはポケットを探ると、頼まれていた部品を取り出す。

 どこにでもありそうな、でもこの街では少しばかり探さなければ見当たらない、汎用集積回路と小型モーター。

 ボルトとナットをいくつか。


「ご苦労! よくやったな」


「いやいや、ご苦労! じゃないよ! 普通逆だよ! 何だよ、ドラム缶に手足が生えたような身体してるくせに!」


 カイザーはギシギシと音を立てて立ち上がると、タローの手から部品を受け取った。

 意外に器用だ。カイザーは頭のアンテナをクルクルと回した。なんのアンテナかは不明だ。


「手伝わせてやる。タロー、十二ミリのレンチを出すがよい」


「はいはい」


 態度だけは皇帝だ。

 メンテナンスハッチはボルト止めだが、他の部分はリベット止めである。

 デザインのセンスが二十世紀前半であった。


「右側の奥に、これと同じ部品が見えるはずだ。それを交換しろ」


「命令しないでよ、ぼくは人間様だぞ。三原則にも……あれ?」


「人間に命令するな、だと? そんな規定は無い。だから早く交換するのだ」


「嫌なヤツだ。まあいいけどさ。……よし、これだな」


 結局、好奇心が勝ってしまった。

 タローは集積回路のクリップを外し、ヒートシンクから古い熱伝導グリスを拭き取ると、新しい物と取り替えた。

 クリップをまた戻すと、しっかりと固定される。

 意外に簡単だ。


「やればできるじゃないか」


「うるさいな。部品交換したのに態度が直らないのはどういう事だよ。換えた部品で何が直ったの?」


 カイザーは両腕を上げ、ヤレヤレといったジェスチャーをした。

 腕は蛇腹なので、きれいにUの字になっている。


「ぜ~んぜん違う! 今の我輩は完全だ! 口を見ろ」


「口が……どうしたの?」


 カイザーの口は半円を伏せたような形をしていて、縦にスリットが入っている。

 そこからモクモクと煙が出てきた。

 それはもう、カイザーの顔が見えなくなるほどだ。


「わあっ! だ、大丈夫なの!? 煙出てるよ!」


 煙の奥で、光電管の目だけが光っている。


「カイザーの秘密その一。口から煙が出る! 今まで故障していたが、おぬしのおかげでようやく直ったぞ! カッカッカ!」


 何の役に立つのか、さっぱりわからない。

 せっかく苦労して見つけてきた部品が、こんな訳のわからない機能を回復させるだけとあっては、肩すかしもいいところだ。


「あっそう。ところでカイザー、君の外板は何でできてるの?」


 タローは前から気になっていた事を聞いてみた。

 元々ロボットには興味があったのだが、アビゲイルは高度すぎて何の参考にもならないのだ。


「錫メッキした鋼板だ。美しいだろう」


「ああ、ブリキね」


 意外とちゃちだ。

 ただ鋼板といっても色々あり、高張力鋼板では作り方によってはかなりの軽量化にもなる。

 材質としては決して時代遅れではない。


「ラッカー塗料で仕上げてあるのだ! ……ポリマーコーティングもしていたのだが、最近はハゲてきた」


 カイザーの表情は動かないが、少しだけ寂しそうに見えた。

 人間で言えば髪の毛が無くなるようなものだろうか?

 もしもそうなら、あまりそこに触れるべきではないのだろう。


「じゃあぼくは出かけるから、何かあればアビゲイルに相談してよ」


「うむ。タローよ、おぬしが帰ったら我輩にワックスをかける権利をやろう」


 カイザーは上機嫌で口から煙を吐き出した。葉巻をくわえたおじさんにしか見えない。

 やはりコーティングは髪なのだろうか。


「……暇だったらね」


 *


「グキョーッ! グキョーッ!」


「ギャオオオオウウッ! キエエエェェェェッ!」


「ホッ、ホアッ、ホアアアーッ!」


 このやかましいのは、タローが飼っているニワトリたちだ。

 肉ももらうが、タマゴが毎日の楽しみだった。

 アビゲイルの『ひよこ鑑定能力』により、比較的余裕を持って育てることができた。

 かつては高度な専門職だった鑑定も、アンドロイドにとっては造作も無い。

 玄関の横に小屋を設置しており、アビゲイルが箒とチリトリで掃除をしている。


「お出かけですか、タローさま」


「うん、ちょっと畑を見てくる」


 ビルの裏には空き地があり、タローたちはそこで色々な作物を育てている。

 麦や馬鈴薯、今の時期だと茄子やトマト、キュウリなどなど。キャベツも少し。

 何より楽しみなのは稲だ。

 手間は掛かるが、タローは白いご飯がいちばん好きだった。

 産みたてタマゴをかけて食べるのが最高の贅沢だ。


「お手伝いしますよ。ニワトリさんの世話も終わったところです」


「アビゲイルが手伝ってくれるなら、馬鈴薯を掘ろうかな」


「おまかせくださいな。こう見えても芋掘りは得意なんですよ」


 二人で馬鈴薯の畑へ向かう。

 かつては公園か何かだったらしい広場がタローの畑だ。

 芋以外にも様々な品種をローテーションで育て、連作障害を防いでいる。


「タローさま、見てくださ~い! こんなに鈴なりですよ~」


「負けるもんか、ぼくだってもっとでっかいの採ってやるぞ!」


 泥まみれになりながらも、二人で次々と芋を掘り起こしていく。

 必要な食料はそう多くない。

 アビゲイルは嫌な顔一つせずに農作業を手伝い、料理もしてくれる。

 ABG二〇〇〇型アンドロイドは転換炉に有機物を入れるだけで必要なエネルギーを賄えるので、栄養バランスを考慮した食事が必要なのはタローだけだ。

 鶏も、野菜も、芋も穀物も、ほぼ全てタローのためだけの物。

 タローのように有機物を消化し、そこからエネルギーを採るのは決して効率的ではない。

 アビゲイルなら、馬鈴薯一個で一週間は動ける。

 事実上一人分、プラス不作に備えた備蓄分だけを作ればよいので、それほど広い畑は必要なかった。 


「タローさま、今日は肉じゃがにしましょうか? それともコロッケ? 何でもおっしゃってくださいな」


 肉じゃがもコロッケも、タローの大好物だった。

 かなり迷ったが、今日の気分は……。


「ええとね……じゃあ、コロッケ!」


「はーい、楽しみにしていてくださいね~」


 コロッケはタローの母の得意料理だったらしい。

 とはいえ他の料理はてんで作れず、料理はほとんどアビゲイルに任せっきりだったそうだ。

 両親はよく喧嘩をしていたそうだが、母のほうから歩み寄ろうとする時にコロッケを作り、父と食べたという。


「――結果、タローさまが生まれたのです」


「う~ん、その辺がよくわからないんだよな。ぼくとコロッケに、どんな因果関係があるのさ?」


 アビゲイルは頬に手を当て、含みを持たせた笑みを浮かべる。


「うふふ。タローさまが十八歳になったら、お話しますよ~。今はまだダメです」


 アビゲイルは性的な話を一切受け付けない。

 タローが十八歳未満だからだ。

 だから、両親の話もあまりしない。

 どうしても未成年者に相応しくない表現を避けられないから、らしい。

 ナイフで葉を切り落とし、どんどんリヤカーに積んでいく。

 小一時間ほどで山盛りになり、その頃には日も傾きつつあった。


「そりゃあ……楽しみだなあ。さ、どんどん積んでいこうよ」


 その時が来れば、何もかも話してくれるだろう。

 ……その時が、来れば。

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