第1章

第9-2話 Re;start

 真理亜が休みから復帰してから約1週間強。

 その日、総也は学園を欠席して国会議事堂へとやってきていた。

 今日は、桐崎 七也内閣が正式に発足してから3日目の日。

 国会における七也の所信表明演説の日だった。


 総也と玲奈は念のためということで、警備の仕事を依頼されていたのだった。

 2人でペアを作り、持ち場につく。

 やがて、七也の演説が始まった――。


********************


 平凡な演説だった。

 加えて、至極保守的な内容だ。

 とはいえ、いつどこからテロリストが襲撃してくるとも分からない。

 総也は気を引き締めた。


 ――異変が起こったのは、その直後のことだった。


『ここからが本題だ』


 直前まで丁寧語で演説をしていた七也の雰囲気が変わる。

 その声には明らかな強固な意志が感じられた。


「なんだ……?」


 いきなりの父親の豹変に、総也は戸惑いを隠しきれない。

 背中を預けた玲奈も、困惑を示しているようだった。


『日本に在住する国民の諸君。諸君らは「魔法」の存在を信じているだろうか? 信じていない者が大半だろう。しかし、事実としてこの世界に「魔法」は存在するのだ』


「「は……?」」


 2人して、気の抜けた声を出す。

 それほどまでに、彼らの父親が発した言葉は突拍子もない台詞だった。

 魔法?

 自分たちの父親は何を言っているんだ?

 気でも狂ったのだろうか?


 思わず、2人は顔を見合わせた。


 ――それが、彼らの最初のミスだった。


 周囲の警戒から、彼らは一瞬気を逸らした。


『私が何を言っているのか、今は分からないだろう。――繰り返しになるが、この世界には「魔法」が存在する。証明してみせよう。今から私は私の身体から放電を行う』


 議場の方から、女性議員の悲鳴が響いた。

 インカムからは「バチバチ」という、まるで静電気が走るような音が聞こえてくる。

 意味が分からなかった。


『ご存じの通り、この演説は全国に生放送されている。議場の外にいる自衛軍の諸君。すぐに「魔法使い」たちの襲撃が来る。戦闘準備を行いたまえ。それこそが、この世界に「魔法」が存在することの証明となる』


「「魔法、使い……?」」


 ここでも、彼らはミスを犯した。

 父親の――現時点での彼らの最高司令官である総理大臣の言葉に対する反応が一瞬……本当に一瞬だけ遅れた。

 それが、彼らにとって致命的な隙となった。


 彼らの傍らに、闇が空く。

 それに対する反応が遅れる。

 よく知った――そして、二度と見ることがないと思っていた顔をした少女が姿を現す。

 ここで、ようやく彼らは少女の存在に気づいた。


 そして、これが最後のミスだった。


「なっ……!」

「えっ……?」


 彼らは、その有り得ない光景に思考が一瞬だけ真っ白になった。

 その隙に、少女は拳銃を己のこめかみに当てる。


 先に思考の漂白から復帰したのは総也だった。

 素早く拳銃を抜き、少女の拳銃に狙いを定める。

 だが、引き金を引けない。


 これではまるであの時の再現だ。

 目の前に、あの時と全く同じ少女が立っている。

 同じように、拳銃自殺を試みている。

 そして、同じように、自分は彼女の拳銃を撃ち落とそうとしている。


 その光景がフラッシュバックした。


 撃てない。

 もし、撃って、あの愛しい顔にまた風穴が空いたらと思うと――。


 総也は引き金を引くことができなかった。


 続いて、玲奈が現実に戻ってくる。

 だが、遅きに失した。

 玲奈が拳銃を敵に向ける頃には、既に少女は引き金を引いていた。


 乾いた銃声が響く。

 瞬間、少女の背中から闇が膨れ上がった――。


 総也と玲奈は眼を見開いた。

 なんだ、これは。

 これでは、まるで、本当に――。


 影の触手の大群が彼らに迫る。

 総也と玲奈は慌てて触手の先端に拳銃の照準を合わせる。

 発砲。

 それで、影の触手は消失した。


 ――たったの2本だけ。


 残りの触手が容赦なく2人に殺到する。


「ぐっ!?」

「きゃあっ!!」


 四肢を触手に絡めとられる。

 そのまま彼らの身体は宙へと持ち上げられた。

 触手が彼らの拳銃を払い落とす。

 2人はそれを取り落とす。


「どうしてお前が生きている……明日香ッ!?」


 黒の触手に縛り上げられながら、総也が問う。

 傍らでは、同じように拘束されながら玲奈が眼を見開いていた。


「ボクは明日香じゃないよ。そうだな……未来って呼んで欲しいかな、総也」


 未来と名乗った少女は、無邪気な笑みを浮かべながらそう言った。

 2人を宙に縛り上げたまま、少女は再び拳銃を己のこめかみに当てる。

 銃声。

 すると、少女の背後に巨大な闇の穴が空いた。


「うん、まぁ、とりあえずはこの2人でいいかな。本命は他のみんなに任せよう」

「何を……!?」


 触手の縛鎖から逃れようともがくが、それはビクともしない。

 未来と名乗った少女は、2人を拘束したままで闇色のゲートをくぐっていく。

 必然、引き連れた総也と玲奈も闇をくぐることとなり……。


 闇を通り抜けた瞬間、彼らは見知らぬ場所へと連れ去られていた。


「なんだ、これ……!?」

「えっ……!?」


 あまりにも有り得なさすぎる光景に、総也と玲奈は困惑の声を出す。

 自分たちは夢でも見ているのではないだろうか?

 そう思わずにはいられなかった。


「とりま、彼らを拘束してくれ。大事な大事な人質だ。丁重に扱うように」


 2人の傍に、漆黒のローブを身に纏った幾数名の影が近寄る。

 そして、彼らは素早く2人に手枷と足枷を嵌めた。

 2人が拘束されたのを満足そうに見届けた後、未来は触手による拘束をやめる。

 彼らの身体が、ドサリと床に落ちる。

 冷たく硬い床の触覚が、これは現実なのだと彼らに認識させた。


「くっ……!」

「ちっ……!」


 総也が悔し気に声を漏らし、玲奈が舌打ちをする。

 そのまま彼らはズルズルと引きずられていった。


「明日香ッ!? お前、明日香なんだろッ!? 俺のこと、総也って呼んでたよなッ!?」


 引きずられながら、総也は未来と名乗った少女に叫びかける。

 少女はフッと悲し気な笑みを総也に向けて、しかし否定した。


「ボクの名前は未来だって言ってるじゃないか。総也のことは、お姉ちゃんから聞いてただけだよ」


 そして、2人は地下へと引きずられていく。

 互いに向き合うような箇所に設置された牢獄に鎖で繋がれ、ローブを身の纏った影たちはその場を去っていった。


「クソッ!!」

「兄さん……」


 総也が拳を冷たい石畳に叩きつける。

 手枷が石畳とぶつかり、しかしそれはビクともしなかった。

 玲奈が、兄のそんな様子を心配そうに見つめていた――。

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