第7-2話 逆襲

 カースとカリンの声をした2人が光に包まれる。

 次の瞬間、そこにはカースとカリン本人が立っていた。


「念入りに偽装したようですね……。IDに加えて容姿まで偽装したとは……」


 神が冷ややかな視線で新たにやってきた2人を見下す。

 その言葉に、カースはニヤリと笑ってみせた。


「ご明察です。あなたが何をもって僕たちのことを監視しているのか、分かりませんでしたからね。来音 真理亜さん」


 少女の目元が不快げに歪む。

 名前を呼ばれたことがよほど癪に障ったようだった。


「今の私はこの世界の――メイガス・ワールドの神です。不遜な態度は控えなさい」


 狂ってる――ソウは神を自称する少女の言葉を聞いてそう感じた。

 子どもがアリの巣に水を流し込んで全能感に浸っているかのような歪さがそこにはあった。

 人間がアリを見下すならそれは必然だが、彼女は人間なのに人間を見下しているのだ。

 そこに彼女の本質が見えているような気がした。


「来音さん――!!」


 カリンが声を上げる。

 神はそんなカリンの方を胡乱げに見下ろした。


「なんですか? 泥棒猫のカリンさん?」

「泥棒猫って……」


 少女のあんまりにもあんまりな言葉にカリンは絶句したが、やがて首を横に振り払ってから彼女と目を合わせる。


「なんでこんなことするの!? こんな、人をゲームに閉じ込めるなんて酷いこと……」


 カリンがそう問うと、神はその眉間を憎々しげに歪めながら答えた。


「総也くんと死ぬまで一緒に暮らすためですよ? あなたたちを捕らえたのはそのついで……総也くんを私の手から奪い取られてはかないませんからね。……あなたこそ、こんな分かり切ったことをなんで聞いたんです?」


 言外に、神は「お前こそ自分から総也を奪ったじゃないか、泥棒猫」と言っているかのようだった。

 カリンは少女のわけのわからない言い分に、再び絶句していた。


「ここにわざわざ顔を出したってことは、私から総也くんを奪いに来たってことですよね? させませんよ、そんなこと。悪い泥棒猫は吊るし上げなければなりません」


 神が右手をカリンに向けてかざす。

 魔法陣が展開する。

 ソウが咄嗟にカリンの方に駆け寄ろうとするが、距離がありすぎて間に合わない。

 光が迸る――!


「させませんよ」


 その時、カースがカリンの前に立ちふさがって、神と同じように右手をかざす。

 すると、彼の手から虹色に輝く光のカーテンが広がり、神の放ったレーザーを全て散乱させてみせた。


「なっ……!?」


 神が、ありえないものでも見たかのように眼を見開く。

 ソウ自身もその光景には驚愕した。

 カースが展開した、ビームシールドとでも呼ぶべきものは、神の放つ規格外の威力を持つレーザーを完全に防ぎきってみせたのだから……。


「あなた……何をしたんですか……?」

「ん? ああ、簡単なことですよ。IDや容姿をいじくるついでに、僕自身のステータスもいじっておいただけです。ハッキングを仕掛けてすみませんでしたね、会長令嬢さん」

「……!」


 神が再度眼を見開き、一歩後ずさる。

 彼女は、カースのことを恐怖したようだった。


「ああ、ついでだから他の方のステータスもいじってしまいましょうか」


 瞬間、ソウは自分の身体が軽くなったのを感じる。

 パッと見ただけで、HPとMPがレイドボス並の数値になっていることを確認できた。

 筋力を含め、他の能力値も法外な値になっているはずだった。


「そりゃ俺の雷撃を回避しないわけだ……」


 HP1,000の敵モンスターを一撃で屠れる雷撃を放ったところで、HP1,000,000のレイドボスの体力は1%すら削れない。

 彼女自身、ソウの雷撃を蚊に刺された程度にしか感じなかったことだろう。

 ……ただし、ここからはそうもいかない。


「はい。ソウさんに続いてカリンさんも終わりましたよ。3人で力を合わせれば、この局面と言えど突破できるでしょう」

「そんなに簡単にレインへのハッキングを成功させないでくれ……俺が色々と自信を喪失する……」

「ふふふ、今回に関してはソウさんを助けるためなんで大目に見ていただきたく」


 ソウが軽く愚痴を言うと、カースは悪気なさそうに笑う。

 その様子を、神は歯軋りしながら睨みつけていた。


「勝手なことばかりしやがって……」

「最初にチートしたのはそっちだろうが」


 少女が口汚くカースの行いを罵る。

 それに対して、ソウは即座に言い返した。

 チートに対してチートで返して何が悪い。

 それがこちら側の理屈である。


「わ、私の方は正当な権利です! 私はRaineレイン Concernコンサーンの――お父様の娘である私には……」

「こんな時だけ親の七光りに頼るのか。そもそもお前、レインの後継者でも何でもないよな?」


 レイン・コンツェルンは同族経営ではない。

 会長こそ来音 真理亜の父親の藍殿だが、傘下の各社の社長はそれぞれ有能な人材を登用している。

 だからこそ、グループがここまで拡大したとも言えるわけだ。


「お前がやっていることは子どもが親に泣きついてわがままを聞いてもらってるだけだ。親の代わりにお前のことをおしおきしてやるから覚悟しろ」


 神の青い瞳が絶望に揺れる。

 その瞳は、悲しそうにソウのことを見つめていた。


「なんで……なんでそんな酷いこと言うの……?」


 少女は、ふらふらと地に落ちてきて、膝をつく。

 さっきまでソウのことを見下ろしていた神は、いつの間にかソウのことを見上げる小さな少女の姿をしていた。


「総也くんが……なんで、総也くんが……私の総也くんがこんな、こんな酷いこと言うわけないっ!!」


 再び立ち上がった神を自称する少女が、全身に立ち昇るオーラを纏う。

 自身の魔力を励起させているようだった。


「ええ、いいでしょう。受けて立ちます。単純なステータスならまだまだ私の方が上……あなたたちのことを完膚なきまでに叩きのめして、私は総也くんのことを……ええ、あなたが誰のものかその身にはっきりと刻み込んであげます――!」

「あ、そうそう」


 少女が錯乱する中、カースが茶々を入れる。


「逃げようったって無駄ですよ? 先ほどソウさんたちのステータスを弄るついでにあなたの方もログアウトできなくさせておきました」

「構うものですか! 要は私が勝てばいいだけ……うふふ、あはははははっ!!」


 神が哄笑し、めちゃくちゃに魔法陣を展開する。

 それが戦闘開始の合図だった。


「ちょちょちょ、ちょっと待って! なんで戦う必要があるのっ!?」


 カリンが今更になって仲介に入ろうとするが、他の3人は既に殺し合いに興じる気が満々だ。


「来音さんっ! ソウちゃんも落ち着い――ひゃっ!?」


 魔法陣から放たれたレーザーをカリンが間一髪で回避する。

 既に錯乱状態に陥っている神は、3人を痛めつけるために本気の殺意を振りまいていた。


「総也くんを私から奪おうとする泥棒猫ッ! まずはお前からぶっ殺してやるッ!!」

「ああ、もうっ!」


 神はカリンに狙いを定める。

 瞬間移動で距離をとりつつ、極大の魔法陣を展開した。


「Maelstrom Rainbow Colors!!」


 七色の七本の光が渦を巻きながらカリンに襲い掛かる。

 攻撃範囲が広い。

 避け切れない。


「戦えばいいんでしょ! 戦えば!!」


 カリンがその手に日本刀を握る。

 彼女の武器だ。

 そして、中央の白いレーザーが彼女に当たる寸前、それに対してまっすぐ刀を突き刺した。

 光は刀に斬り裂かれるようにして散乱する。

 それはカリンの装備品をかすめていくが、急所からはきちんと逸れていた。


「つっ――!」


 カリンが痛みに片目を瞑る。

 だが、返す刃で跳躍し、神に斬りかかった。


「白兵戦なんて――!」


 刃が届く寸前、神の姿がかき消える。

 その姿は、カリンの刀が空を切った瞬間、その上空にあった。

 その指が天を指す。


「落ちろおおおおおおっ!!」


 天から光の柱が舞い降りる。

 それは、神もろとも真下にいるカリンを光で包んだ。


「カリンッッ!!」


 ソウが叫ぶ。

 だが、光が晴れた時――。


「あ、熱い……」


 そこには、装備品にわずかに煤を付けながらもほぼ無傷のカリンがいた。

 底なしのHPにバックアップされ、到底致命傷たりえない。

 だが、それは神も同じで――


「やはり……大したことはありませんね」


 少女は全くの無傷だった。

 こうなってくると話は変わってくる。


「ふふふ、あなた方に私を倒すことはできません。ええ、できないのです!!」


 向こうが自殺紛いの攻撃をしてきたとしても、神のHPは碌に削れない。

 それはつまり、チートを行ったとはいえまだまだ単純な力量では神に劣るソウたち3人では、彼女に致命傷を与えることが不可能なことを意味していた。


「さっきは咄嗟の判断で回避してしまいましたが、あなたの攻撃とて避けるまでもありませんでしたね」

「ならば、こうです」


 カースが視線を逸らす。

 それは、どこか別のところを見つめているかのようだった。

 恐らくは再度ハッキングを仕掛けているのだろう。


「ソウさん。しばらくの間、バックアップをお願いします」

「おう!」


 普段はいけ好かない奴だが、カース――星 一輝はこういう時に心強いことを、ソウはよく知っている。

 神がカースに攻撃の狙いを定めたなら、それを逸らすためにソウは神に雷撃を放った。

 少女は構わずレーザーを放つが、ソウの雷撃を受けたことにより手元が狂い、それは見当違いの方向へと迸っていった。


「まだまだゲームに慣れていないようだな! お前は数字頼りだ!」

「っ! だからなんだと言うのですか!?」

「このゲームはリアルな戦場だということだよっ!」


 ソウが、雷電をまとめて光の剣とする。

 そして、地を蹴って、上空の神へと斬りかかった。


「白兵戦は無駄と言ったはずです!」


 彼女はそれを瞬間移動で回避した。

 攻撃を空振りしたソウの身体は空中で1回転する。


「――えっ?」


 瞬間移動した神は、自分の目の前に雷電の剣が迫っていることに驚愕した。

 ソウは手にした剣を投擲していたのだ。


「ぐ、ぁっ!」


 雷電の剣が深々と神の腹部に突き刺さる。

 投擲したソウは、ストンと着地をした。


「あああああっ!!」


 神は叫び声をあげる。

 空中に浮遊していた彼女の肉体はふらふらと降下し、地に倒れ伏した。

 雷電の剣が地に突き刺さる。

 神は、剣によって地に縫い付けられる形となった。


「ああっ、あああっ、あつ、い、あ、あああっ!!」


 神が仰向けになったまま手足をばたつかせ、のたうち回る。

 痛みさえなければ、彼女は冷静に雷電の剣を抜き去ることができただろう。

 だが、激痛が彼女から冷静な思考を奪っていた。


「どうやら間に合ったようだな」

「ええ、もう既に何度も仕掛けた場所でしたから」


 ソウが、背後にいたカースに話しかける。

 その視線は、苦痛にのたうち回る神の姿を睥睨していた。

 背中から、カースの返答があった。


「なん、で、あああ、があああっ! い、た、いあああああっ!!」

「えっ? ええっ? なに、なにが起こってるの?」


 神のあまりの苦しみ様に、カリンが疑問の声を上げる。

 無理もない。

 カリンとて、こんなに叫び出すほどの熱さや痛み、苦しみをゲーム内で感じたことなどなかったのだから――。


「そろそろ抜いてあげてはいかがですか?」

「……そうだな。これで懲りないならもう知らん」


 ソウたちは、カリンの言うことを黙殺して地に落ちた神の方に近寄る。

 そして、ソウは剣の柄を手に取り、それを一気に引き抜いた。


「あああ、あ、は、ぁ……」


 神の苦しみ様が幾分か落ち着く。

 このゲームにおける痛みとは、現実のそれとは少し違い、HPへのダメージを脳に実感させるものでしかない。

 ゆえ、剣を身体から抜いただけでも痛みが落ち着いたのだろう。


 傷口は焼け爛れている分、出血もない。

 神は肩で呼吸しながら、必死に酸素を取り込んでいた。


「痛覚のリミッターを解除した結果がこれだ。一歩間違えれば、俺もこうなっていた」


 そして、ソウは地に倒れ伏した神のそばに膝をついて、その様子を心配そうに見つめた。


「痛くして悪かったな。でも、これで分かったんじゃないか? お前がしたことがどれだけ罪深いことだったか……」

「ぁ、は、ふ……」


 浅く呼吸をしながら、少女は天を眺めていた。

 反応は薄く、ソウの声が聞こえているのかさえも定かではなかった。


「カリン。このゲームは、本来なら痛みや熱さといった人間にとって苦痛となる感覚を弱くするよう感覚の制限をしている。だが、真理亜はそれを解除して俺を攻撃してきた。だから、カースが同じことを真理亜にやり返したんだ」

「そん、な……」


 カリンが衝撃を受けたかのように顔を手で覆う。


「じゃあ、いま来音さんはすごく痛がってるってことだよね!? なんでそんな酷いことができるのっ、ソウちゃん!?」

「そうでもしないと、この世間知らずのお嬢様には分かってもらえないからだよ。自分がどれだけ酷いことを他人にしたのか――」

「はぁ、はぁ、ははっ、総也くんも、他人ひとのこと、言えません、よ……?」


 肩で息をしていた少女が、カリンと話していたソウに語り掛けてくる。

 息も絶え絶えだったが、不思議とその言葉ははっきりと聞こえた。


「私が、総也くんを、痛めつけるようなこと、するわけないじゃない、ですか……。分からず屋は……あなたの方ですわ……」


 ソウが眼を見開いて、再度神を見つめる。

 倒れ伏したまま、力のない微笑みを浮かべて、少女はソウを見つめていた。


「バカな……。だってさっき――」

「わ、私は、総也くんの痛覚リミッターを、外したなんて、一言も言ってはおりません……。あれは、総也くんを脅すためだけの、方便でした……」

「馬鹿野郎……! じゃあなんであんなこと――!」


 ソウが地に伏した少女を抱き締める。

 すると、少女の眼からは溢れんばかりに涙が漏れ出てきた。


「やっと……抱き締めてくれた……」

「バカ……バカ……! なんでこんなこと――!」

「だって……私はただ、昔みたいに、総也くんと、遊びたかっただけ……」


 その言葉は、ソウの心を深く抉っていた。

 少女は、5年前と全く変わってなどいなかったのだ。

 ソウのことが大好きで、ただ、総也と一緒にいたかっただけ――。


「もっと、他に方法があっただろう……? それこそ、もう一度お友達から始めるんでもよかったんだ……」

「あ、あはは、私、こう見えてバカですから……」


 そして、神はおもむろにカースの方を振り向く。

 何かに感づいたように彼は作業を始めた。


「ログアウト、させてください……。正直、辛くて死にそうです……」

「既にやっています。……はい、OKですよ」

「ありがとう、ございます……」


 すると、少女の身体が光の粒子となって消滅する。

 後に残ったのは、空気を抱きこむような不格好な姿のソウだけだった……。

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