続・プロローグ

第6-2話 拒絶

※ 「第5話 説得」の最後の選択肢から分岐です。


――――――――――


→立ち上がることができない。


 見下ろしながらも愛を乞う少女に対し、しかしソウは立ち上がることができない。

 少女はしばらくの間じっとソウが立ち上がるのを待っていたが、やがてその時がやってこないことを悟ると、頬に枯れたはずの涙を一筋流した。


「なんで……?」


 神を自称する少女が、ポツリと漏らす。

 彼女は俯いて、目元が影で覆われていた。


「なんでですか……? なんで……? 何が足りなかったんですか……?」


 少女が詰め寄り、跪いてソウの肩を掴む。

 そして、ソウのことを強く揺さぶった。


「なんでっ!? なんでっ!? あなたが望むことなら何でもやります!! 何でもやれます!! だから、お願い、わたくしを抱き締めて……!」


 ソウは揺さぶられるがままだ。

 少女に揺さぶられるまま、ガクガクと頭を揺らす。


「ごめん……本当にごめん……」


 ただ、そう力なく呟くだけだった。

 少女は、ソウの肩を掴んだまま顔を伏せた。

 涙が、ポタリ、ポタリと2滴地に落ちた。


「私が……私が処女じゃないのがイケナイんですか……? お、男の人って処女、好きですもんね? そのせい――」

「違う!!」


 今まで力なく項垂れていたソウが、少女の台詞を遮る。

 このまま妄想を爆走されては敵わない。

 直感的にそう感じ、遮ったのだった。


「それだけは違う。断言する。それだけは、違う!」

「――じゃあ、なんでですか?」


 声を荒げるソウを、神は冷たい視線で睨みつけた。

 そう。

 彼女はソウのことを睨みつけたのだった。


「なんでですか? 納得のいく説明をしてください。なんでなんですか?」


(説明したってお前は絶対納得しないだろう――!)


 と叫び出したいのをギリギリで抑えて、ソウはポツポツと言葉を紡いだ。


「その……お前の気持ちは嬉しい。そこまで真剣に俺のこと考えてくれてるって気持ちは嬉しいんだ。……でも、お前は急ぎ過ぎだ。結果を即物的に得ようとしすぎている。まずはその……お友達から始めようぜ? 俺たちは再会したばかりだろう? 今までの時間を取り戻す意味も兼ねて、まずは友達から――」

「――ない」


 年若いなりに必死に彼女をなだめようとして、ソウが紡いだ必死の言葉を、少女は遮る。

 そこには彼女の冷たい、凍り付いた表情だけがあった。


「私は、総也くんのこと、ただのお友達だなんて思ったこと、一度もないっ!!」


 光が爆裂する。

 ソウは思わず目を瞑った。

 だが、強烈な光は瞼の上からでさえ視界を白に染め上げる。

 その光の光源は、少女自身の身体だった。


「真理亜……!」


 その光はソウは攻撃しない。

 だが、周りの、ソウが避難所としていたほら穴の壁を容易に突き崩していった。

 ガラガラと土と岩で出来たほら穴が崩れていく。

 不思議と、ソウと少女の周りには岩は落ちてこなかったが……。


「言うことは聞いていただきます。あなたには、絶対に私と結婚していただきます。ええ。そのためなら何でも致しますとも」

「くっ……真理亜、よせ……!」


 少女の身体がふわっと低空に浮き上がる。

 ふよふよとソウを見下ろすくらいの高さに浮遊しながら、神はその両腕を広げた。


「まずはあなたの『お友達』とやらを痛めつけ、る、ところ……か、ら……?」


 言いかけて、真理亜の言葉が止まり、やがて光の氾濫も止まる。

 ソウが眼を開けると、一帯は一面の荒野と化していた。


「あいつら……どこに……!?」


 神が憎々し気に呟く。

 ソウは、その言葉に仲間たちが何かをしてくれたことを感じた。


********************


「よし、上手くいきました」


 時刻は若干さかのぼって、カースたち側。

 カースはゲームにログインしたままで、メイガス・ワールドの管理モードへのハッキングを成功させていた。

 即座に自分たちのID、キャラクターネーム、および容姿や装備品を改竄し、首尾よくゲームに戻ってきたのだった。

 そこには、既に今までの自分たちではない偽物の姿をした自分たちがいた。


「おー、すごい!」

「流石ね……」


 カリンとレイアが感嘆の声を上げる。

 他の2人もカースの手際の良さに感心しているようだった。


「さて、IDを変えたことでログアウトができるようになったようですね。案外あっけなかったです。皆さんはログアウトをしてください」

「えっ? カースくんはどうするの?」


 他の皆にログアウトを促すカース。

 それの意味するところは当然、自分はログアウトしないということであり、そのことに気づいたカリンが疑問の声を上げる。


「僕はこのまま犯人のところに行きます。……ああ、皆さんはついてこないでください。これは親切心からではなく、単にあなた方が来ても足手まといにしかならないから言っていることです」

「カース……」


 レイアがどこか悲しそうな顔をする。

 他の3人も納得していないようだった。


「僕はハッキングのついでに自分のステータスを弄ってきました。恐らく、今の僕なら犯人とも真っ向勝負ができるはずです。……逆に言えば、皆さんのステータスは全く弄ってないので、犯人には絶対に太刀打ちできません。なので、足手まといなのです」

「……事情は分かったわ。兄さんはどうすればいい?」

「アボートはしばらくしないでもらえますか? 向こうとしてもこの機会に話したいことはあるでしょうから」

「分かったわ」


 レイアとカースが話をつける。

 他の3人は説明を求めるような視線をレイアに向けた。


「単に、今の私たちじゃ犯人――たぶん来音さんね――に傷一つ付けられないってだけの話。大人しくログアウトして兄さんたちが帰ってくるのを待ちましょう」

「ソウちゃんは?」

「大丈夫よ。カースなら何とかしてくれるわ」


 レイアはカースに全幅の信頼を置いているようだった。

 ソウを心配するカリンも、渋々と言った様子でレイアの言に従う。


「向こうがいつ僕たちに気づくとも知れません。皆さんは早くログアウトしてください」

「……分かったよ」


 カリンはまだ何か言いたげだったが、カースに頷く。

 それを見届けて、レイアはログアウトプロトコルを起動した。

 普段とは似ても似つかない姿をしたレイアの身体が、光の粒子となって消える。

 続いて、シド、オームもログアウトを行った。

 後には、カースとカリンだけが残される。


「さて、どうしますか? カリンさん?」

「えっ? だって、私もログアウト……」

「してもいいですけど、しなくてもいいんですよ? 正直、足手まといなのは事実ですけど、ついてきて後ろで見てる分には守ってあげます」

「……」

「4人守れと言われても厳しいですが、1人くらいなら背中で護れます。さぁ、どうされますか?」


 カリンはしばしの間逡巡した後、キッとカースのことを見つめた。


「……行くよ」

「よい返事です」


 カースはニッコリと微笑む。

 そして、2人はノルドー草原を目指して転移魔法を起動した。


***********************


「なんでっ!? どうしてっ!? あいつら……あいつらがいない……!! どこに消えたの!? ログアウトはできないハズなのに……!!」


 ソウは立ち上がり、宙に浮きながら憎々し気に歯軋りする少女を見る。

 それは、神と自称されるような清廉潔白な姿ではなく、ただただ醜い表情だった。


「いつの間に……IDが偽装されたの? Fuck……見失った!」


 なるほど、とソウは唸った。

 少女はIDで仲間たちを監視していたのだ。

 恐らく、ハッキングか何かでIDを偽装されたのだろう。

 カースの仕業だろうとソウは考えた。


「逃がした……!」


 そう呟いた瞬間、少女の眼が見開かれる。

 その震える瞳は、恐怖とか悲哀とか絶望とか……そんな色々な負の感情をないまぜにした青色をしていた。

 その暗い青色の瞳がソウを見つめる。


 少女は、他でもないレイア――玲奈を見失ったことに恐怖をした。

 ソウ――総也と同居する義理の妹。

 彼女がもしログアウトしたなら――彼女はすぐにでもソウをアボートさせるだろう。

 この閉じた鳥籠の中からソウを逃がしてしまう――それが、少女にとっては堪らなく恐ろしいことだった。


 だが、同時に彼女は差出人不明のメールがソウ宛に送られていたことを知る。

 その内容を見て、少女は奇妙な安堵を覚えた。


『兄さんへ。訳あってアボートはさせられない。ごめんね。でも、一輝くんに頼まれたことだから、もう少しがんばって』


 恐らくは、IDを偽装したレイアが義兄宛に送ったメッセージなのだろう。

 少女は、ソウをこの世界に閉じ込めて以降、彼へと送られてくる全てのメール・メッセージをブロックしていた。

 彼から外部に送られるメッセージはブロックしない。

 その代わり、外部から彼に送られるメッセージをブロックすることにしたのだ。


 そして、そうやってブロックしたメールを少女は読んでいた。

 それは、何故それが許されたのかは分からないが、もうしばらく自分はソウと一緒にいられるということを意味していた。


「くふふ……」


 少女の口元が醜悪に歪む。

 理由がなんであれ、ソウともう少しの間一緒にいられる。

 そう思うだけで、少女の心には幸福感が訪れた。


「どうした……?」


 そんなことは知らないソウは、目まぐるしく表情を変化させる神の様子を訝し気に見上げる。

 断片的な情報から、ソウはレイアたちがIDを偽装して神の眼を欺いていることを把握した。

 だが、それが少女に笑顔を抱かせている理由とはなりえない。

 何かは分からないが、少女にとって都合のいい何かが発生したのだ。

 それがソウには推測できなかった。


「い、いいえ。なんでもありませんよ?」


 明らかに挙動不審という雰囲気で少女が取り繕う。

 何かがあったのは明白だった。


「こほん。……予定変更です。一緒に遊びましょ? 総也くん♪」

「結局そうなるのかよ!!」


 言葉と同時に魔法陣が展開し、神が極太のレーザーを放つ。

 ソウはそれを間一髪で回避した。

 荒野にクレーターが穿たれ、ソウはその威力に改めて恐怖する。


「ねぇ、総也くん? 知ってますか? 痛覚リミッターって、企業側が安全のために念のため付けているだけのものなんですよ?」

「それがどうした……って、お前まさかっ!?」

「うふふ……痛くされたくなければ、私のものになってくださいね? 総也くん!」

「ふざけやがって……!」


 神はソウが避けられるよう、おもむろに魔法陣を展開してからレーザーの乱舞を放つ。

 ソウが回避したそのすぐ後ろをレーザーがかすっていく。

 遊ぶというより遊ばれている――ソウはそう感じた。


(まるで弾幕シューティングゲームだな!!)


 口には出さずにソウは叫ぶ。


「食らっとけ!!」

「あははははっ! 痛くも痒くもありませんよっ!!」


 お返しとばかりにこちらも紫電を放つが、神は回避すらしない。

 そこらの敵モンスターなら一撃で黒焦げになる雷撃を受けて、少女はピンピンしていた。


(やっぱり自分は高みの見物ってオチか!)


 ソウは悔し気に歯噛みしつつ、回避に専念をし始める。

 いつまでこんなことを続けなければならないのか?

 当然だ。

 神が満足するまでである。


「俺をそんなに痛めつけたいのかっ!? 安い愛だなっ!!」

「何とでも言ってください! 今、私は総也くんと遊べて最高に楽しいですっ!」

「前々からおかしな奴だとは思ってたが、拍車がかかったな……!」


 悪態をつきながらも回避をしているが、徐々に装備品の端にレーザーがかすり始める。

 神が出力を上げているのか、それともソウが疲労から回避が遅れてきているのか――。


「くそっ……!」

「あはっ、あははははっ! もっとうまく避けないと当たっちゃいますよ? 痛いですよ? いいんですかぁ?」


 少女が実に楽しそうに嗤う。

 足がクラスで一番速い子どもが、わざと鬼になって中途半端に走りながら他の子どもを追い詰めて遊んでいる。

 ただし、その手には包丁が握られている。

 そんな恐怖感だった。


 総也は、それが少女を楽しませるだけだと分かっていながらも、回避に集中する他ない。

 諦めてレーザーに当たったら、どうなるか分からないからだ。

 どんな痛みが与えられるのか?

 どんなダメージが自分の脳に与えられるのか?

 その結果、自分はどうなってしまうのか?

 それが分からない以上は、避けるしかない。

 当たるわけにはいかないのだ。


 だが、その瞬間、楽しそうだった少女の表情が驚愕に歪む。


「なっ――!!」


 今まで、空中にふわふわと浮遊したままふんぞり返っていた神が、咄嗟に瞬間移動をする。

 空中を2メートルほどワープすると、さっきまで神が浮遊していた位置を、神が放っていたのとよく似た極太のレーザーが突き抜けていった。


「ソウちゃん……!」

「お待たせしました。反撃開始ですよ――」


 振り返ると、そこには見知らぬ姿をした――しかし、ソウがよく知る声をする者が立っていた。

 それは、カースとカリンであった。

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