第41話 電撃戦
空中に飛び出した七也が、2人に対して指を向ける。
残った壁の影に2人は咄嗟に身を隠した。
すると、さっきまで2人がいた場所に雷撃が飛来する。
「あっぶねぇ!」
総也が思わず声を上げる。
当たっていたら、ひとたまりもなかっただろう。
「ふむ……やはり、出力の調整が難しいな」
外からは、微かに七也の声が聞こえてきた。
その言葉に、総也はわずかに口角を上げる。
その点にこそ、総也たちの勝機はあった。
七也の側には、総也たちを殺せないという枷があるのだ。
先ほど七也が2人の方をわざわざ指差してくれたのも、攻撃の意思表示をして2人に回避させるためだったのだろう。
「あなたっ!」
「おうっ!」
総也は真理亜を抱きかかえ、壁の外に跳躍する。
そのまま空中に飛び出し、地上へと飛び降りた。
もちろん、そんな隙を逃す七也ではない。
すぐさま七也は総也に向けて雷撃を繰り出したが……。
バチィンッ!
空中で、2つの雷撃が衝突する。
「直線的な攻撃なら軌道を読みやすいからな」
総也は、雷には雷をぶつけて相殺したのだった。
威力の調整をされていなければ、総也の魔力で出せる雷撃では打ち消しきれなかっただろう。
だが、実際には七也はかなり手心を加えた雷撃を放ってきた。
ゆえ、総也の雷撃でも相殺ができたのだ。
総也は、着地の直前、自分の足元に電子を集中させ、地に向けて放つ。
一時的に一箇所に大量に集積した自由電子は、互いに反発しあうことによって総也の落下速度を減速させた。
そのまま総也は、音もなく地上に着地する。
上空からは、七也が彼らを見下ろしていた。
「まだまだだな。その程度が限界か」
「悪かったな、クソ親父」
総也が吐き捨てるように言い放つ。
七也の空中浮遊は、恐らくは総也の一歩先を行く魔法なのだろう。
これは総也の与り知らぬことだが、七也は空中に自由電子を固定し、それを見えざる床として運用して空中浮遊を成し遂げていた。
いわば、総也がやった自由電子の反発によるソフトランディングの上位互換を七也はやってみせているわけだ。
総也が真理亜を抱きかかえたまま地をかける。
そのわずか後ろに、上空から雷が落着する。
「どうした? 逃げ方が単調だぞ?」
七也が、総也が逃げる先に偏差射撃――否、偏差雷撃をしてきた。
だが――。
「無駄ですっ!」
真理亜が、氷の壁を総也の頭上に作り、総也を雷撃から護った。
自由電子のビームは凍結した水分子の壁を超えることができずに、空中に四散した。
「ほう……」
「あなたこそ、攻撃が単調でしたね」
総也に抱きかかえられたまま、真理亜が七也を挑発する。
確かに、真理亜は七也が攻撃してくる方向を読むことで、氷の壁を張ることができた。
今は、真上から自然の雷のように雷撃を落としてくるだけだった。
だから、真上に氷の壁を張ればいいだけだったのだ。
「君はそうして単純な氷を作っているのが一番強いんじゃないかな?」
「黙りなさいっ!」
氷の壁が砕け散り、無数の氷の刃となる。
そして、それはそれぞれが七也に襲い掛かった。
「無駄無駄」
七也が嘯く。
その言葉通り、氷の刃は全て不可視の壁に阻まれた。
火花が散り、全てが叩き落される。
(まただ。アレはなんだ……?)
総也は思考する。
だが、おおよその当たりはついていた。
アレは恐らくは自由電子の壁だ。
地球上のほぼ全ての物質は原子から成り立っており、原子は陽子と中性子により構成された原子核と、その周囲を回る電子から成り立っている。
そして、人間が他の物体を手で押せるのは、原子の外側を電子が周回している関係で、人間の手と他の物体の原子の外側を周回する電子同士が反発することによって斥力が生じるからだ。
もし、この時に斥力が生じず、手の原子と他の物体の原子が融合してしまったら、そのまま手と物体はいっしょくたに融合してしまうことになる。
だが、実際にはそうはならないわけだ。
七也のあの不可視の壁は、そうした性質を持つ電子を集積させて生成した壁なのだ……と、総也は推測した。
だから、およそ地球上の物質であの壁を突破しようと思っても、その悉くが弾かれる。
あの壁を突破するための手段は、恐らくは2つ。
1つは、七也が電子の壁で防げる以上の膨大なエネルギーを持った攻撃を仕掛けて、強引に壁を突破すること。
そしてもう1つは――。
戦場は、真夏の駐車場へと変わっていた。
うだるような熱気にアスファルトからは陽炎が立ち上っている。
その周囲からは既に人影が消えており、無人の車が立ち並ぶだけの広大な土地が、現在の戦場となっていた。
総也は七也の攻撃を避けながら、ここまで逃げてきた……というより、七也が恐らくはここに彼らを誘導してきたのだろう。
総也の息は既に上がっている。
真理亜をお姫様抱っこしながら、ジグザグに七也の攻撃を回避しながらここまで逃げてきたのだ。
疲れないわけがなかった。
「いい加減、降伏したらどうだ? 私が出力を誤って君たちを殺してしまうとも限らないのだぞ?」
「ふざけんな……お前だけは許さない。お前だけは、生きていちゃいけない人間だ……!」
人間のことを人間とも思っていない。
彼は、周囲の人間のことを道具だとしか思っていない。
彼が総也のことをここまで育ててきたのも、総也を件の扉を開くための鍵――すなわち道具として見ていたからだろう。
岩山は確かに大罪人だ。
だが、そんな岩山すらも、七也は計画のための道具として使い潰したのだった。
そんな人間、この世に野放しにしていていいはずがない。
七也の雷撃を回避しながら、総也は続ける。
「史紋くんを助けたのは何故だっ!?」
「簡単な話だ。彼が死んでいたら、お前と真理亜くんの断絶は決定的となっていただろう。君たちには復縁してもらう必要があった」
「俺たちがその鍵とやらなら、どうしてそれを話さないでいたっ!? こんな真実を知る前だったら、お前の協力をすることもあっただろう……!」
「足りないからだ」
七也の手加減した雷撃を、真理亜が氷の壁でしのぐ。
別の雷撃を、総也が同じく雷撃で相殺する。
「君たちではまだまだ足りない。今の君たちで鍵を開けようと思ったら、全身から血を1リットルは抜かないとならないだろう。お前は構わんだろうが、真理亜くんは果たしてどうなるだろうかね?」
「くっ……!」
真理亜は妊娠している。
そんな真理亜から1リットルも血を抜くだと?
そんなことを許せるはずがなかった。
「だろう? 君たちにはまだまだ、もっともっと強い魔法使いとなってもらわねばならないのだよ」
「ちくしょう……!」
「君たちが力を付ければ、わずか100ccでも……あるいは一滴でも扉を開けられるようになる。特に、真理亜くんが足りない。お前がカバーするにしても、今のレベルでは流産は免れ得ないだろうな。それに、だ……」
総也が回避しようと思った先を七也が指差す。
回避が間に合わない――!!
「おおおおおおっ!!」
父親にできて、自分にできないはずがない――!
総也は、電子の壁を自分の周囲に張った。
閃光が迸る。
轟音が響く。
「はぁ……はぁ……」
その閃光は、辺り一帯を包んだ。
さっきから、真夏の改正の日に雷が何本も落ちる異常事態が起きているのだ。
周囲から他の人間は既に避難している。
だが、避難した人間のその全てが、自分のすぐそばに雷が落ちてきたと錯覚するような閃光だった。
閃光が晴れる。
総也は平衡感覚が狂うのを感じたが、なんとか踏みとどまった。
まるで、間近でスタングレネードを炸裂させられたかのようだった。
だが、なんとか踏みとどまった。
「感じないかね? 自分が戦いの中で洗練されていくのを。己の中の魔力が高まっていくのを」
「ちっ……!」
舌打ちをする。
だが、確かに総也はそれを感じていた。
この戦いの中で、自分は着実に強くなっている。
それはきっと、真理亜も同じだろう。
「君たちが真実に辿り着くまで待っていた理由の1つがそれだ。君たちは、真実を知ってショックを受けただろう? それが、君たちの糧となる。君たちは、真実を知って怒りを覚えただろう? 憎しみを覚えただろう? それが君たちの糧となる。そして、今こうして私と戦っている。それもまた、君たちの糧となるのだ」
「ふざけやがって……!」
とことん、他の人間を道具としか見ていない人間だった。
それが、総也の神経を逆撫でする。
しかし、それによって自分の中の魔力が励起されていくのを、総也は確かに感じていた。
ふと真理亜に視線を落とす。
そこにあった表情は、今まで総也が見たこともないようなものだった。
美しい美貌は、今や醜悪に歪められている。
その視線の先にいるのは、当然桐崎 七也だ。
「真理亜、落ち着け。深呼吸だ」
「だけどっ……! くっ……!」
一瞬、真理亜は反論しようとしたが、真理亜は言葉を抑えて深呼吸をした。
戦闘中に我を忘れるなどあってはならない。
どれだけ怒りを感じていても、どれだけ憎しみを感じていても、それを抑えなければ。
せめて、表情には出さないようにしなければ。
そうでないと、冷静な判断ができなくなる。
真理亜は、総也の腕の中で深呼吸をした。
その間も、総也は逃げ回る。
時に回避し、時に相殺し、時に駐車された車を盾にしながら、総也は七也の攻撃を回避し続けていた。
不思議と総也は走り続けることができた。
既に息は上がっている。
倒れてしまってもおかしくない状況だ。
だが、総也は走り続けることができた。
これが戦いの中で強くなる、ということなのだろうか?
「あなたっ! もう降ろして!!」
「バカ言うな! 君に無理をさせられるか!?」
「よそ見をしている場合かね?」
七也が総也たちをまっすぐ指さす。
総也たちは慌てて近くにあった乗用車の影に隠れた。
すぐ近くに雷撃が着弾する。
七也が攻撃する先を指で差して予告しているのだって、手加減の一種だ。
所信表明演説の際、七也は襲いかかってくる敵相手に指差しで攻撃の予告などしていなかった。
それどころか、視線を向けてすらいなかった。
敵を見ずに、しかし、敵に向かって的確に雷撃を放つ力があるのだ。
それを、七也はしていなかった。
それはまるで、戦闘というより過激なだけの指導のようだった。
だが、総也もここで反撃に転じる。
電子の壁に阻まれるなら、それを押し切れるだけの膨大なエネルギーを持った攻撃を仕掛ければいい。
総也は盾にした乗用車を電磁力で浮遊させると――。
「いっけええええええっ!!」
あらん限りの斥力で乗用車に速度を与えて、重量1tの弾丸を七也に向けて放つ。
これだけの重量と速度があれば、それの持つ運動エネルギーは果てしないものとなる。
銃弾などとは比べ物にならない破壊力となるだろう。
が――。
「その程度か……」
火花が散る。
閃光が辺りを包む。
だが、それだけだ。
放たれた乗用車は七也の身体を押し潰すことはなく、空中でその運動エネルギーを発散させると、重力に引かれて地に落ちた。
ゴウンッ!!
轟音が鳴り響く。
だが、それで終わりだ。
届かなかった。
総也の渾身の攻撃は、七也に傷一つ付けられなかったのだ。
「そんな……」
総也は絶望した。
いったい、アレはなんだと言うのか。
どれだけの魔力があれば、あの鉄壁の護りを形作ることができるというのか。
勝てない。
絶対に勝てない。
総也は絶望に包まれた。
「終わりだな」
七也が総也たちに指を向ける。
総也は、もはや回避する気力が湧かなかった。
甘んじて雷撃を受け、意識が吹き飛ぶに任せる気でいた。
「総也っ!!」
だが、腕の中で総也に喝を入れる声がする。
途端、氷の壁が七也の雷撃を阻んだ。
「諦めちゃだめっ! 気を強く持って! 殺すの! あいつを殺すのよっ!!」
言葉は物騒だが、愛する人のその言葉は、総也の心を再び奮い立たせるには十分だった。
そうだ。
なんのためにいま自分はここにいる?
あの、空中で余裕ぶってふんぞり返っているクソ親父を地面に這いつくばらせて命を刈り取るためではなかったのか。
「そうでなくてはな……」
総也が睨みつけると、七也は不敵な笑みを浮かべた。
戦いは後半戦へと入ろうとしていた――。
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