第18話 講演

 12時50分。

 定刻になったところ、高田先生が現れて、教室の前に整列していた総也たちを講堂に誘導する。

 そして、13時。

 講堂に学園長が登壇し、これより桐崎 七也 日本国総理大臣による講演があることを説明した。

 講堂の脇から、SPを連れて七也が入ってくる。

 講堂全体がざわついた。


「静粛に!」


 学園長が一喝する。

 ざわめきを鎮めると、学校長は七也に恭しく礼をして、壇上を辞した。

 七也が壇上に立つ。


「月野学園の皆さん、こんにちは。そしてはじめまして。桐崎 七也です」


 微笑を浮かべて、七也が挨拶をする。


「皆さん、朝のホームルームで説明を受けたと聞き及んでおりますが、本学園には次世代を担う若者を育成するための、新たなカリキュラムが導入されることとなりました。皆さんには、そのカリキュラムに沿って魔法を使えるようになっていただきたい。そして、ゆくゆくはその新たな力を用いて、我が国の発展に寄与していただきたいのです」


 よく言う。

 と、総也は思った。

 お前は魔法の力によって列強に対抗できるカードを握り、富国強兵を成し遂げたいだけだろう、と。


昨日さくじつわたくしの演説を聞かれた方もいらっしゃるでしょうが、この世界に魔法は実在します。この後、私が実演いたしましょう。マジックショーのような催しになってしまうことはご了承ください」


 七也は聴衆を睥睨する。

 彼の琥珀色の瞳に宿された感情は読めない。

 総也なりの見解はあったが、実際のところ彼が何を思ってこんなことを始めたのかはハッキリとは分からなかった。


「現在、この月野学園に通う全学生には、魔法使いとしての才能があります。これは受験時の血液検査にて皆さんの遺伝情報を解析したことによるものです。魔法使いとしての才能の良し悪しは、魔法使いの遺伝子をどの程度受け継いでいるかに依存すると言われています。皆さんには、程度の大小こそあれど、みな等しく魔法使いとしての素養があるのです」


 そういえば、そんなこともあったと総也は思い出す。

 単なる健康診断の一環だと思い込んでいたが、受験時、確かに彼らは血を取られていた。

 思い返してみれば、入学時ではなく、受験時に健康診断をするというのも妙な話だ。

 いま思えば、アレは血を取るためのカモフラージュだったのだろう。


「今回月野学園に導入されるカリキュラムは、非常に手厚いものとなっており、個々人の成長度合いに合わせてその教育水準が調整されるものとなっております。魔法の才能に優れた方々には、さらにその才能を伸ばすような教育を、魔法の才能にいまいち優れなかった方々には、手厚い保証をお約束するものです。この才能の良し悪しについては、受験時と在学中の血液検査である程度把握できているものでして、また、今後のカリキュラムの中において適宜把握し、調整されていくものでもあります」


 それはまさに科学と魔法の融合だった。

 魔法も世界に干渉するための物理現象の一つだと考えるならば、科学の解析の研究対象となりうることは自明だ。

 あるいは、どこの魔法使いよりも魔法に対する理解が深いのが、この学園のカリキュラムとなるのかも知れなかった。


「皆さんの教育を監督する者は、みな等しく魔法に対する理解が行き届いた、我々が認めた魔法使いでございます。彼らはみな、新しく自衛軍に創設された軍団である魔道軍に所属する士官であり、皆さんに先立って、あるいは皆さんと共に魔法の研鑽をしていく者であります。なにぶん新しいカリキュラムとなるが故に、教育者の側の経験値も足りないという事情があるのは皆さんにはご了承いただきたい部分でございます」


 これは当たり前の話だった。

 教育のためには、少なくない人数の教育者が必要だ。

 しかし、事前に教育者を育成すればするほど、その育成された教育者を通じて外部――即ち魔法協会に今回の計画が漏洩するリスクは高くなる。

 恐らくは、教育者の内、実際に魔法使いなのは極少数であろうというのは予測可能なものだった。


「今しがた魔道軍の話をいたしましたが、この度、我々は自衛軍に新たな軍団を創設いたしました。それが、魔道軍であります。魔法による作戦行動を主たる任務とする新たな軍団でございまして、士官のほとんどが魔法使いで構成されるものとなります。このカリキュラムを満了してくださった皆さま方には、是非、防衛大学に入学していただき、次世代を担う魔道将校となっていただきたいと考えております」


 やっぱりだ。

 やはり、軍事力を求めているんじゃないか。

 総也は怪訝そうな目で父親を見た。


「魔法使いが魔法を行使するためには、2つのエッセンスが必要だと考えられております」


 そして、七也は、魔法使いが魔法を行使するためには「どのような形で世界に干渉するかのイメージ」と「自分は魔法使いであるという強烈な自己イメージ」が必要であること。

 慣れてくれば、イメージした通りに世界の物理法則に干渉できるようになるということ。

 「自分は魔法使いであるという自己認識」は必ずしも必須ではないが、その場合は魔法の制御に難渋することなどを説明した。


「皆さんは『メイガス・ワールド』というVRMMORPGをご存じでしょうか? この中には、実際にメイガス・ワールドをプレイしていらっしゃる方々もいらっしゃるものと存じます。自分のイメージした通りに魔法が行使できるというのは、現実の魔法とメイガス・ワールドでの魔法で非常に似通ったものであります」


 話がメイワルのそれに移った。

 ここからは、真理亜も指摘していた現実の魔法とメイワルのそれの類似性の説明が始まった。

 それは、概ね総也たちの認識と変わりのないものであった。


「メイガス・ワールドはレイン・コンツェルンが開発したものですが、その開発に当たっては私も協力をいたしました。メイガス・ワールドは、最初から『魔法の素養を持つ者に、魔法のイメージを持つことを練習させるため』に開発されたという経緯がございます」


 その事実を、七也はあっけなく認める。

 そして、メイワルをプレイしている学生には、今後もメイワルのプレイを続けてほしいという旨を説明した。


「イメージと才能の相乗効果によって、魔法の強さは決定します。しかしながら、魔法がどのような効果を発揮するのかを決定するのは、才能よりもイメージの良し悪しによる部分が強いのです。ですから、皆さんには強く『私にはできる』とイメージしていただきたい。具体的なイメージと強い自己肯定感があれば、魔法使いとしての才能が優れていない方々でも、いずれはどんな魔法でも扱えるようになります。自分の限界を、勝手に自分で決めてしまわないことです」


 それは、希望を与えているようで、残酷な宣告でもあった。

 何故なら、上手くいかないのはお前たちのイメージ力が足りないからだ、と言っているのに等しい。

 同時に――。


(才能がなくてもどんな魔法でも使えるようになるなら、じゃあ魔法において才能が寄与する部分とはなんなんだ……?)


 総也は当然のようにそう考え、嫌な予感に身震いした。


「それでは、実演してみせましょう」


 それから、七也は様々な魔法を使ってみせた。

 まずは講堂の蛍光灯が落ち、花火のような火花によるアートが始まった。

 次に、何もない空間にフルオーケストラによる演奏が響き、最後には空中浮遊をしてみせたのだ。


「……完全にマジックショーになってしまいましたね。私も想像力に乏しくて申し訳ございません」


 演壇の上に戻った七也が、苦笑しながら言う。

 しかし、講堂にいた全員が、魔法の万能さに言葉を失っていた。


 これが全て出来るようになるというのか。

 そんなものは、もはや魔法ではなく全能ではないか?

 血の繋がった総也は、だからこそ驚愕した。

 もしかしたら、自分にはこれが全て出来るようになるのではなかろうか?

 そう思えてしまったから……。


「皆さんには、魔法の訓練と並行して、今まで通りの学業も続けてもらいます。それは、より魔法を上手く使えるようになることを助けるものでもあるのです」


 そして、七也は様々な具体例を挙げてみせた。

 一番重要なのは物理学だ。

 魔法が世界の物理現象に干渉する類の能力である以上、干渉する大本であるその物理現象について理解しておくことは、魔法の補助となることは明らかだった。

 また、どのように物理現象に介入するかの計算をするためには、物理学を修めている必要がある。

 最も重要な学問であると言えた。


 同様にして数学の能力も重要であると言えよう。

 物理学を根本から支えるのは数学だ。

 数学ができなければ、あらゆる物理法則について計算をすることができない。

 根本的に、理系的能力は魔法の補助において大いに役立つものとなることを、七也は説明した。


 文系学問も侮れない。

 イメージ力の強化に、詠唱を行う魔法使いは多い。

 言語を華麗に操ることで、己のイメージを固定化させることができる。

 また、敵の詠唱から敵が用いようとしている魔法の方向性を類推できれば、防御にも応用させることができる。


 歴史学や地理学、政治経済学も重要だった。

 魔法が、今までの歴史や世界中の人類の生活においてどのような関わり方をしているのか。

 それを知れば、彼我の価値観の違いを慮ることに通じる。

 これから魔法を介して世界と関わっていく人材を育成する上で、欠かせない学問であった。


「以上のように、あらゆる学問は魔法に応用が利きます。ですから、今まで通り、きちんとした学業を修めることは、将来魔法使いとなる皆さんにとっても有益なものとなると私は考えているわけです。最後に――」


 そこで、七也はコホンと咳払いをした。


「最後に、今まで私は魔法がまるで万能であるかのように述べてきましたが、魔法は決して万能ではありません。先ほどは魔法に限界はない。イメージに限界はないと申し上げましたが、実際には厳然たる限界というものは存在します。それこそが、今まで魔法使いが世界の支配者として君臨してこなかった理由でもあるのです」


 七也の論は納得のいくものだった。

 もし、仮に魔法が真に万能であったなら、魔法を秘匿する必要などない。

 魔法使いはその全能性を遺憾なく発揮させて、世界の支配者として魔法を使えない人類の上に君臨すればよいだけなのだ。

 しかし、現に今まで魔法は厳重に隠匿されてきた。

 それは、魔法が必ずしも万能ではないことを証明するものだと言えるだろう。


「現実的には、大多数の魔法使いは拳銃の1本もあれば制圧ができます。銃弾の速度に彼らは対応ができません。魔法は攻撃に使う分には強力ですが、防御に使う分には扱いが難しいのが実情です。だからこそ、魔法使い同士の戦闘においては、多くの場合において先手必勝の性質が成り立ちます」


 それは、魔法使いが世界の支配者として君臨してこなかったことのもう一つの理由でもあった。

 君臨者になるために必要なものは、その時点における支配勢力を打破するための「攻撃力」であるが、ひとたび君臨者となった暁には、彼らは他の勢力による攻撃によってその地位を脅かされる不安定な存在と化す。

 君臨者に求められるのは、強固な「防御力」だ。

 魔法が防御に向かないというのは、魔法使いが今まで支配階級に用いられてこなかったことの証左であった。


(じゃあ、あんたが今ものうのうとそこでくっちゃべっていられるのは何故なんだ?)


 すると、当然その疑問が湧く。

 壇上の男は、現に魔法を用いて世界に君臨している支配者だった。

 その理論から行けば、魔法に頼って支配者となった七也はすぐに打倒されてしかるべきである。

 にもかかわらず、彼は24時間以上に渡って、世界の中心として世界の情勢を動かしているのだ。


「――この中には、では『何故私はこうして平穏無事に講演を行えているのか?』と疑問に思っていらっしゃる方々もいることでしょう」


 その疑問に、七也自身が答える。


「それは、私が、魔法が苦手とする分野である『防御』を今まで研鑽してきたからに他なりません。私は、この24時間の間に、幾度となくこの命を脅かされてきました。幾度となく魔法使いたちの襲撃を受けてきました。ここにやってくる途中でも、です。移動用の車両ごと私を殺そうと、連中は仕掛けてきました。――今こうしてここに立っていることが、私が彼らの襲撃を退けたことの何よりの証左です」


 つまり、七也はまだ隠しているものがあるということだ。

 総也たちは、まだ彼の「攻撃」の魔法しか目にしたことがない。

 「防御」の魔法に関しては、誰もその仕組みを知らないのだ。


 総也は、自分の銃弾を闇で吸収してみせた少女のことを思いだした。

 彼女こそは、防御に秀でた類まれなる魔法使いの1人なのだろう。

 防御に秀でた魔法使いが少ないというのは、これからの戦いの中で有益な情報の1つであると言えた。

 同時に、防御に秀でた魔法使いは、危険な敵となるだろうということも――。


「ひとつ、最後に申し上げておきます。防御が苦手なうちは、人ごみの中に隠れるようにしてください。魔法使いは、大勢の観衆の前で魔法を使うことを嫌います。今こうして無防備を晒している私のことを、彼らが襲いに来ないのが何よりの証左です」


 最後に、もう一度七也は講堂の学生全員を睥睨する。


「ご清聴、ありがとうございました。願わくは、皆さんが立派な魔法使いとなって卒業する姿をこの目で見届けることができればと期待しております。……何か質問等ございましたら、挙手して申し出てください」


 ……もちろん、誰も手を挙げない。

 質問したいことはあるだろう。

 しかし、恐れ多くも日本国総理大臣の時間を質疑応答に消費させようという図々しい魂胆を持っているものはいなかった。

 そこで、総也はただ一人挙手をする。


「……では、そこの方」


 七也は他人行儀に総也を指名する。

 総也は席に備え付けられているマイクを使って、質問を始めた。


「2年の桐崎 総也と申します。1つ、質問を失礼いたします。先ほど総理は、イメージ力に限界はないと仰いましたが、その後に魔法には限界があると仰いました。イメージ力に限界がないというのはその通りなのでしょう。人間の想像力は無限大です。ならば、イメージによって効力が定義される魔法に限界があるということは、一体どのようなことなのでしょうか?」


 我が意を得たりという質問に、七也は息子に微笑みかけてみせた。

 期待通りの動きをしてくれたな、と褒めているかのようだった。


「お答えいたしましょう。自分の才能の範疇を超えた魔法を行使しようとすると、フィードバックとして自己の肉体にダメージが返ってきます。最悪の場合、訪れるのは『死』です。その場合、魔法は発動することなく、行使者に死が訪れます。魔法に限界があるというのは、才能如何によって行使できる魔法に限界があることを意味しております。魔法の才能とは、そういう意味において非常に重要なのです」


 講堂全体がざわついた。

 これまで、魔法の栄光の側面ばかりが強調されてきたため、彼らは魔法に希望を抱いていたわけだが、ここに来て魔法が自分の身を蝕むことが明らかになったのだ。

 動揺しない方がおかしかった。


(やはり、そういうことだったか……)


 総也は内心歯噛みした。

 七也の回答は、総也がいくつか想定した中でも最も可能性が高いものだった。

 恐らく、日常的な魔法の行使も、あまりにも連続性や回数の度が過ぎると、肉体的なダメージとしてフィードバックがあるものと考えられる。

 安易な魔法の行使は厳禁だということがよく分かった。


「……回答ありがとうございました。質問は以上です」

「桐崎くん。質問ありがとうございました。他に、質疑がある方はいらっしゃいますか? ……いらっしゃらないようなので、質疑応答はこれで締めさせていただきます」


 そう言って、七也は壇上を辞す。

 彼が講堂から外に出ようとした瞬間――。


 七也が向かっている方と反対側の扉が開き、何か鋭利な槍のようなものが飛来した。

 速すぎて、SPは対応できない。

 七也も、完全に背後を取られていた。

 講堂中が息を呑んだ――。


 ガキィィィン!!


 瞬間、空間に火花が散る。

 見れば、七也の背中を槍が抉り取ろうという瞬間、その手前で槍は何か不可視の壁に阻まれたかのようにその飛翔を止めていた。

 槍と、その不可視の壁の接触部分から、火花が散る。

 やがて、火花はその勢いを失い、槍のような物体――否、金属でできた、持ち手のない槍そのものは、カタリと音を立てて講堂の床に落ちたのだった。


(なんだ……? 今のは……)


 講堂がざわつく。

 首相に襲い掛かった不届き者は、既に逃げ出している。

 SPの一部が、彼を追って講堂の反対側の扉の方へ駆け出したところだった。


(これが、親父の言う「防御」……?)


 七也がおもむろに反対側へと振り向く。


「愚かな……」


 そうポツリと漏らして、彼は今度こそ講堂を辞した。

 後には、ざわざわという喧噪だけが残り、いつの間にか金属製の槍はその姿かたちを消していたのだった――。


「静粛に! これで本日の講演は終了です。本日のカリキュラムはこれで終了となります。お気をつけてお帰り下さい」


 壇上では、学園長が声を張り上げていた――。

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