第19話 仮説と実証

 講演後、ひとまず教室に戻った総也たちだったわけだが――。


「あー……」

「ぷしゅぅ~……」


 左隣には、席にちょこんと座ったまま知恵熱を発して機能停止した花梨がいた。

 総也はどうしたもんかと頭を抱える。


「なぁ、総也? これどうすんの?」


 意外にも冷静だった義人が、花梨を指さしながら言う。


「どうしようかねぇ……?」


 どうしようもなかった。

 こうなった花梨はどうしようもない。

 総也たちは経験則でそれを知っていた。

 すると、うーんと悩んでいた総也たちを差し置いて、真理亜がつかつかと花梨の下にやってくる。

 そして、容赦なく首筋をその手で掴んでみせた。


「やめ――」

「うひゃあっ!?」


 途端、花梨が素っ頓狂な声を上げる。

 総也は、真理亜を止める間もなかった。


「ろ……お前、今度は何をした?」

「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃにすりゅにょぉっ!?」


 花梨が首元を押さえながら飛び上がる。

 真理亜は手を引っ込めながら、嘆息した。


「ちょっとした気付けですわ。首筋は血流が多い部位です。そこをほんの少しばかり冷やして差し上げました」

「お前それ絶対ほんの少しじゃねーだろ……」


 総也がジト目で真理亜を睨む。

 花梨は何か怖いものを見るかのような表情で真理亜を見つめた。


「春日野さん、これが現実です。現実は、あなたが望むように常識的には出来ていないのです。分かったら、いい加減現実を受け入れなさい」

「そ、そうは言うけどぉ……」


 首筋をさすりながら、花梨がどもる。

 何か言いたげだが、花梨は言葉が見つけられないようだった。


「ふむ……」

「えっ……?」


 今度は、真理亜が花梨の頭の上に手を置く。

 殺気が感じられなかったので今度は止めなかったが、総也は真理亜の方を訝し気な視線で見つめた。


「なるほど……春日野さんはこう言いたいみたいですね。『どうしてみんな、こんな突拍子もないことを当たり前のように受け入れられるの?』と――」

「っ!?」


 真理亜がしてみせたことに、総也たちは一斉に目を見開く。


「お前……心が読めるのかっ!?」

「表層意識だけ、です。それも、こうして対象の脳に近づかないと読み取れません。まぁ……」


 真理亜がくすりと笑ってみせる。


「『ブレイン・アクセサー』を介して脳と脳が直接繋がっているなら、話は別ですが……」


 総也の背中に冷汗が流れる。

 今更ながら、総也は真理亜の、そして魔法使いの恐ろしさを実感した。


「だが……だが、話ではブレイン・アクセサーを使っている間は魔法を使えないはずでは……?」


 総也の疑問に、真理亜はニコニコとした笑顔を浮かべたまま答える。


「私もそう思っていました。ですが、どうやら少々勝手が異なるようなのです」


 修も交えて、5人が集う。


「そもそも、ブレイン・アクセサーを使っている間、魔法が現実に影響を与えないのは、現実に対する正しいイメージを形成できないからなのだと思われます。ブレイン・アクセサーによってフルダイブをしている間、私たちは現実の状況を五感で認識できません。当然、現実の状況を把握できなければ、その現実に対してどのように干渉しようかイメージすることもできないでしょう。これが、恐らくはブレイン・アクセサー使用中に魔法が発動しない理由です」


 真理亜の仮説は、筋が通ったものだった。

 だが、仮説は仮説に過ぎない。

 それは、他の誰かによって保証された理論ではなかった。


「――っ!? 真理亜、お前まさかっ!?」

「はい♪ 試しました♪ 具体的には、昨日メイガス・ワールドで総也くんたちがログアウトをした後ですねっ」

「何をしたっ!?」

「えーっとぉ……真実を知ってしまい、メイガス・ワールドで暴れていた何人かのプレイヤーから、真実に関する記憶を消してあげました♪ 結果、彼らは自分がなんで暴れていたのかを忘れたかのように、おとなしくなりました。社会貢献ですよ? 褒めてください、総也くん♪」


 総也が大きく溜息をつきながら、手で顔を覆う。

 真理亜は相変わらずの問題児だった。


「お前、後でおしおき」

「えっ!? そんなっ、ありがとうございますぅ♡」


 真理亜の瞳にはハートマークが浮かんでいるかのようだった。

 その様子に、残りの3人がドン引きする。

 実際、総也になら何をされても真理亜は悦ぶだろう。

 性質タチが悪かった。


「なぁ、総也……。お前の婚約者……」

「本物のヘンタイだな……」


 義人と修が後退りしながら声を漏らす。

 真理亜がその2人のことをキッと睨んだ。


「私のことをヘンタイと罵っていいのは総也くんだけですっ! 訂正してください!!」

「総也にならいいのかよ……」


 義人が、あきれた様子で真理亜を見る。

 どこか遠くの世界の住人を見ているかのようだった。


「えと……あの……全然状況がわからないんだけど……?」


 立ったまま、花梨がまたも知恵熱を発症しそうになっていた。

 総也は、溜息をつきながら一から十まで説明をしてやる。


「ええっ!? じゃあ来音さんまた悪いことしたのぉ!?」


 花梨が目を見開く。

 対する真理亜は不機嫌そうに花梨のことを睨んだ。


「悪いこととは心外ですね。仮説の実証のためには必要だった犠牲です」

「それ悪いことした人が言う台詞セリフ!!」


 花梨がわーわー真理亜に文句を言う。

 めんどくさそうに髪をかき上げながら、真理亜が言い返した。


「それを、今朝私に日本刀を向けたあなたが言うんですか?」

「うっ……」


 花梨の目が泳ぎ、沈黙する。

 勝敗は一瞬で決した。

 真理亜は実に気分がよさそうだった。


「はぁ、もういい。帰るぞ」


 あきれたように真理亜を見ながら、総也が荷物をまとめ始める。


「真理亜、先に帰ってろ。俺は必要な物品を集めてからそちらに向かう」

「えっ、それって……」


 総也がニヤリと笑う。

 真理亜は総也のそんな悪い顔を見て、にへらっとだらしなく破顔した。


「見ちゃいけませんっ!!」


 修が花梨の目をふさぐ。

 義人は横で今日何度目かの溜息をついた。


********************


 総也は、帰り際に最寄りの自衛軍の基地に寄る。

 そして、必要な物品を集めて回った。

 さすがは軍事基地。

 拷問のための物品もあるところにはあるのだなと総也は感心したのだった。


 そして、先に帰らせておいた真理亜の下に向かう。


 真理亜は、今日も玄関先で待っていた。

 そして、今日も駆け寄って総也の腕を取る。

 総也は嘆息しながらも真理亜がしたいようにさせていた。

 じきにそんな余裕もなくなるというのを知っていたからだ。


「まずはこれだ」


 真理亜の寝室に入り次第、総也は持ってきたボストンバッグの中からブレイン・アクセサーを取り出す。

 真理亜のパソコンに接続しながら、総也は続けた。


「仮説を実証する。これから俺とお前でメイワルにログインするから、真理亜は俺に魔法を使え。具体的には、俺の思考を読んでみろ」


 真理亜は無言で頷き、自分のアクセサーを携える。

 そして、2人でベッドに横になってアクセサーを装着、メイワルにログインするのだった。


 そして――。


「えっ、そんなっ……! ええっ、やだっ、ダーリン、そんなことまで……♡ え、うそぉ、ダーリンそれはちょっと……でへへへぇ♡」

「こんのっ、ド変態めっ!!」

「えへへぇ……♡ ダーリン、もっとわたくしのこと、罵ってぇ……♡」


 ソウがメアリーのだらしない声を聞くのは、ログインしてすぐのことだった。

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