第12話 世界の真実

 寄越されたリムジンに4人で乗って首相官邸に向かう。

 幸いなことに、道中魔法使いたちに襲われることはなかった。


「もうどうしようもないと諦めたのでしょうか?」


 車に揺られながら、真理亜が呟く。


「だったらいいんですけどね」


 一輝がスマホをいじりながらぞんざいに答える。

 ちなみに、リムジンのソファには真理亜、総也、玲奈、一輝の順番で座っていたので、2人は2人を挟んで会話することになる。


「首相が仰ったことがどこまで真実かにも寄りますね。嘘はついてなさそうですが、どこまで本当のことを話していたのかな、と」


 その言葉に、他の3人は揃って首を傾げた。

 言葉の意味するところを掴みかねていたのだ。

 「やはり繋がりませんね」と溜息をつきながら、一輝はスマホをポケットにしまった。


「たとえば、首相は『ある程度魔法の素養のあるものなら、意識を強く保てば記憶消去の魔法を受けない』と仰っていましたが、それは果たしてどの程度素養を持った人間のことを指すのでしょうか? 既に魔法使いとなった対象に対しての記憶消去は有効なのでしょうか? たとえば、睡眠中の対象に対しての記憶消去はどうなるのでしょうか? など、疑問は尽きません」


 言われて、3人は一輝の言わんとすることを理解した。

 コンパクトにまとめた演説だっただけに、七也の説明は不十分な部分が多かった。

 それが意図的なものなのか、仕方なく説明を削ったのかの違いにも気を付けなければならない。


「睡眠中に記憶消去ができるなら、真実を知ってしまったものを片っ端から眠らせて、その間に記憶消去を行うという荒業が使えます。恐らくは催眠魔法などもあるでしょうから。そして、もしそれが可能なら、彼らはそれをやってくるでしょう。今日の猛攻を見る限りでは、向こうは本気で、しかも手段を選ばない性質たちの人間のようですから」


 そして、まっすぐに真理亜の瞳を見る。


「それよりも、今はあなたのことです。来音 真理亜さん」

「私……ですか?」

「ええ。聞けば、あなたは魔法を用いて高遠 明日香によく似た魔法使いの襲撃を退けたとか。どこでそんな魔法を身に着けたんです?」


 その瞬間、真理亜の顔に逡巡の色が差す。

 それを見て、総也が一輝の話を遮った。


「それは話せない。真理亜のプライベートに関わる問題だ」

「はぁ……。違いますよ。僕が聞いてるのは、どうやって魔法使いになったかではなくて、どうやってそこまで強くなったか、です。恐らくは、来音さんは魔法使いとして魔法の訓練を受けています」

「なに……?」


 真理亜の方を振り返る。

 そういえば、その話は聞いてない。

 真理亜の話なら、魔法使いとして覚醒した直後に使えた魔法は冷却の魔法くらいだったはずだ。


「そうですね……。こちらは隠すことでもないのでお話ししましょうか。――ええ。星さまの仰る通り、私は魔法の修練を積んできました。具体的には、アメリカの魔法学校に通っていたのです」


 真理亜の話すところによると、彼女はアメリカに留学するにあたって、魔法科のハイスクールに通うことを条件とされたらしい。

 もちろん、真理亜にとっても悪い話ではなかったので、彼女はその話を受け入れた。


「大変でしたよ。周りの子たちの殆どはジュニアスクールの頃から魔法と共に生きてきた子たちばかりでしたから。追いつくことはついぞ叶いませんでした。その中で私がやっと完成させたのが、先ほど使ったDiamond Dustです」


 なんでも、真理亜の通ったハイスクールの魔法科は美術学校のような性質があったらしい。生徒の自主性に任せ、彼ら彼女らが自分なりの魔法を描いていくのを尊重する主義だったとのことだ。


「父は留学にあたっていくつかのハイスクールを紹介してくれたのですが、私が通ったのはその中でも父が薦めてくれたところでした。結果的には、自分のペースで修練ができたので、父の薦めを素直に聞いたのは正解でしたね」


 どこか懐かしそうな表情で、真理亜は留学のことを話す。

 総也は安堵した。

 アメリカで寂しくしていただろう真理亜が、果たして5年間幸せだったのだろうかというのは心配していたことの1つだったからだ。


「む……。着いたみたいだぞ」


 昔話をしている間に、車は目的地に到着したようだった。

 4人は車を降りると、助手席に座っていた係員に案内されて首相官邸に入っていくのだった。


********************


「いきなりだが、諸君らには辞令を発する」


 首相室に案内され、入室して早々に彼ら4人は辞令を下される。

 まさに出会い頭の出来事だった。


「桐崎 総也2等陸尉、星 一輝2等陸尉、桐崎 玲奈3等陸尉、ならびに来音 真理亜3等陸尉。明日○九○○マルキュウマルマルを以て諸君らは自衛軍魔道軍に転属とするものとする。階級に変更はない。以上だ」

「「「「了解しました!!」」」」


 4人が非常事態宣言下での自衛軍の最高司令官である総理大臣に同時に敬礼をする。

 椅子の上で膝を組んだまま七也は軽く敬礼を返し、ふっと鼻で笑った。


「堅苦しいのはここまでだ。ここからはフランクに話そうじゃないか」

「そっちの方が助かる。しかし、魔道軍か……。いよいよという感じがしてきたな」


 総也が噛み締めるように言葉を発する。

 改めて実感する。

 魔法は実在するのだ。

 そして、それは確かな武力となるということだった。


「そうだな。せっかくだから魔道軍の創設について話をしようか。別に私としては既存の陸上軍、海上軍、航空軍のなかに魔道旅団をそれぞれ作ってもよかったのだが、そこは佐々木ささき防衛大臣の進言もあってだな。いっそ新しい軍団を創設した方が、指揮系統が安定するとのことだった」

「……ということは、佐々木さんは魔法のことを事前に知っていたということか」

「閣僚の中でも、一部の信用できる知己の者には事前に今回の件は相談していた。後は、君の父親ともだ。真理亜くん」


 七也が真理亜のことを射抜く。


「君の父の藍殿とは知っての通り知己なわけだが、私たちは志も同じくしていてね。今回の魔法の存在の公表も、私たちの目的の一つだったというわけだ」


 満足げに七也が頷く。

 やりきった男の顔をしていた。


「……それが、あんたがやりたかったことなのか?」

「うん?」


 とぼけた七也の生返事に、総也は静かな怒りを言葉に込める。


「こんな大混乱と大量の人死にを生み出すことがあんたの望みだったのか、と聞いてるんだ! 既に東京は大混乱に陥っている! インターネットサーバーはパンク状態だし、発狂した人間が辺りをウロウロしている始末だ!!」

「社会の発展に犠牲は付き物だ。フランス革命のことを思い出したまえ」


 こともなげに七也が言う。


「まるで悪役の台詞せりふだな……!」

「認めるとも。私は悪人だ。今日1日で何人の人間を殺したと思っている」


 もっとも、と七也は続けた。


「既存の刑法では私を殺人罪に問うことはできないがな。何せ、殺害方法の立証ができない。だから、私は無罪だ」

「いけしゃあしゃあと……!」


 総也は父親に怒りをぶつけていた。

 否、これは多くの国民たちの心の声の代弁だ。

 こんなことは、今日の今日まで誰一人として望んでいなかった。


「が、知ってしまえば、このことを知らなかった頃のことなど想像もできない。そうだろう?」

「くっ……!」


 七也が、息子の考えていることを見透かしたかのように問う。

 その鋭い問いに総也はたじろいだ。


 彼の言う通りだ。

 真実を知ってしまった今となっては、それを知らなかったという「不幸」を慮らずにはいられない。

 こんな世界の真実は知りたくなかったことではあったが、知ってしまったことは確かに必要なことだったのだ。

 何故なら、たった一日で世界の色は変貌してしまった。

 昨日までの自分たちには戻れない。

 昨日までの自分たちは、間違いなく無知蒙昧な愚者だったのだから――。


「それで……?」


 苦し紛れに、総也は言い返す。


「それで、あんたは満足なのか? 日本を、世界を大混乱に陥れて、世界の真実とやらを大公表できて何がしたかったんだ?」

「言っただろう? 『今回の魔法の存在の公表は、私たちの目的の一つだった』と。今回の公表そのものが、私の目的だったのだよ」

「人類に魔法の存在を啓蒙することそのものが、あんたの目的だった、と――?」

「そうだ」

「――狂ってる……!」


 総也の絞り出すような言葉に、七也は無言で口角を吊り上げてみせた。


「もうその辺にしとこうよ……」


 総也のことを制したのは玲奈だった。


「お父さんだって、散々悩んで今回のことを実行したんだろうし、兄さんが言ったことくらいは承知の上だと思うよ」

「お前はいつも親父の肩を持つよな。ファザコンめ」

「――あ? 殺すわよ?」


 一触即発といった空気が兄妹きょうだいの間に走る。

 やれやれ、と言わんばかりに一輝が2人の仲裁をした。


「こんなところで兄妹喧嘩はしてください。特にあなたたちの場合はシャレになりません。血が流れます」

「「ちっ……」」


 兄妹は同時に舌打ちをして互いにそっぽを向く。

 真理亜の視点では、微笑ましい光景だった。


「ついでに言えば、インターネットサーバーのダウンは魔法協会の連中の仕業だぞ? 連中は、インターネットを破壊しておけば情報の拡散速度が遅くなるとでも思ったのだろうな。愚かなことだ」

「……その根拠は?」


 父親の言に、総也は眉をひそめる。


「簡単なことだ。インターネット上で既に連中とやり合ったからだよ。その結果、私は敗北したため、インターネットサーバーは連中に落とされたというわけだ」

「負けた? あんたが? ……じゃあ、なんで生きてる?」


 4人が4人、驚愕に目を見開く。

 その様子を見て、七也は苦笑を浮かべた。


「戦闘とは言っても、インターネットの掌握権について連中と争ったというだけの話だ。いわば、やっていたことはハッキング合戦さ」


 肩をすくめておどけてみせた。


「こちとら連中の猛攻をしのぎながら、頭から電波を飛ばしてインターネットにアクセスして、連中の電子戦闘班とやり合ってたんだ。その全てに勝利することなど不可能だよ」


 今度こそ、4人は言葉を失った。

 今まで余裕を保っていた一輝ですらも例外ではなかった。

 つまりは、こういうことだ。

 目の前の男は、四方から襲いかかる魔法使いたちを雷撃で迎撃しながら、並列思考でインターネット上でも電子戦を行っていたというのだ。

 それでいて、彼は無傷で帰ってきてみせた。

 魔法について詳しくない人間でも分かる。

 法外に過ぎた。


「どこで……」


 先ほどまで口を閉じていた真理亜が口を開く。


「どこで、そこまで魔道を研鑽されたのですか……? 私は、アメリカのハイスクールで5年間魔法を研鑽して、自分なりの魔法をやっと1つ完成させた程度でした。確かにお義父とうさまは私より年上ですが、そんな時間があったとは到底思えません……!」

「おい」


 さらっと既に結婚してるような体で話をする真理亜に、総也はジト目を向ける。


「そこは企業秘密といったところだな。――なに。何事にも例外はあるということだよ」


 七也は真理亜の疑問に、ミステリアスな笑みを向けるだけで返した。


「それよりも、諸君。明日からは大変だぞ。あと、そうだ。明日、諸君らは学園があるから、きちんと登校するように」

「は?」


 総也は「こんな状況で学園が開かれるだと?」と言わんばかりの反応を示した。

 ちなみに、本日の学園は4人揃って欠席した形になっている。


「もちろんだとも。学生の本分は勉強だろう? どんな状況だろうと、それを怠ってはならん」

「いや、しかし……」

「命令だ。……そして、既に決まったことだ」


 命令と言われれば、総也は黙るしかない。

 恐らく、何か思惑があるのだろう。

 ならば、従う他なかった。


「それより、そろそろ時間だ。これから私は、奪われたインターネットの制御権を連中から取り返さなければならない。集中したいので、退室してくれ」

「「「「了解」」」」


 4人は――特に総也は――不承不承と言った感じに敬礼をする。

 先ほどと同じく軽い調子で敬礼を返して、七也はそれきり目を瞑った。

 早速、電子戦を開始したのだろう。


 4人は退室した。

 日本のインターネット網が回復したのは、それから程なくしてのことだった。

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