第13話 邂逅
総也は帰宅してメイガス・ワールドにアクセスする。
案の定、メイワルの中も大混乱となっていた。
掲示板は今日の所信表明演説の話題でいっぱいだ。
おまけに、メイワルは一時的に全サービスが停止していた。
メイワルのメインサーバーは日本にある。
その日本のインターネットがダウンしていたとあっては、海外からのアクセスもできなくなるというもの。
掲示板には、知っている限りのあらゆる言語によるクレームが満ち溢れていた。
「こりゃひどいな……」
ソウ――総也のメイワルの中での名である――が、中空に目を走らせながら呟く。
周りからは何を見ているか分からないが、ソウの視界には掲示板が表示されている。
目にした中で最も多い文字列は、動画投稿サイトへのリンクだった。
もちろん、その動画の内容は件の所信表明演説だ。
ご丁寧に、英語と中国語による字幕まで付いている始末だった。
演説の効果は絶大だった。
「世界の真実」は急速に世界中に広まっていた。
もちろん、信じない者も中には一定数いる。
しかし、宗教的なバックボーンがある海外の方が、素直に真実を受け入れる土壌があったというのは特筆すべきことだっただろう。
掲示板を眺めて現状把握に努めていると、じきにレイアがログインしてくる。
次にカースが、そして最後にギルドの入口からメアリーが入室してきた。
メアリーは、ギルドメンバーに申し訳ない気持ちが残っているのか、ソウたちのギルドに参加しようとはしなかった。
あの事件から2週間が経った今でも、こうして外からログインするスタンスを維持していたのだ。
「遅くなりました。……どうやらこれで全員のようですね」
あの後、4人はメイワルで待ち合わせすることを約束していた。
もちろん、現状の把握のためだ。
「では、始めましょうか」
メアリーが口火を切る。
なんにしても、現状で最も魔法に対する理解が深いメアリー――つまり、真理亜からの情報が最も必要なものであった。
ギルドの入口を施錠して、メアリーが話し始める。
「魔法を行使するにあたって、最も重要なものは『イメージ』です。自分の魔力で世界の在り方をどのように変えたいのか、その具体的なイメージを持つことが最も大事なことなのです。後は『自分にはできる』と信じる強固な精神力も大切ですね」
それを耳にした時、話を聞いていた3人全員がこう思った。
(似ている)と――。
「今日、ここにお集まりいただいたのも、メイガス・ワールドと現実の魔法の類似性を指摘するためです。皆さんもお気づきの通り、現実での魔法の行使のために必要な工程と、メイガス・ワールドにおけるそれとは非常に近似しています」
「つまりはこういうことですか」
相変わらず理解の速いカースが、メアリーが言わんとしていたことを受け継ぐ。
「このメイワル自体が、魔法の訓練場になっているのではないか、と」
その言に、メアリーは静かに頷く。
「はい。……少しの間、我慢してくださいね。Clear Water Vapor becomes White Diamond Dust」
メアリーの口が祝詞を紡ぐ。
すると、周囲の空気が冷気と白に包まれた。
ジリジリとHPが減少していく。
――しばらくの後、視界の白は消え去り、HPの減少も止まる。
「……やはり、できますね。そして、恐らくは現実でDiamond Dustは発動していません。『ブレイン・アクセサー』には、神経活動を遮断する効果の他に、魔法の発動を阻害する効果もあるということです」
「いよいよ仮説が正しそうな気配がしてきましたね……」
つまり、メイワルは現実に気兼ねなく魔法の訓練を――イメージ力の訓練をできる訓練場となっているということだ。
しかし、だとすれば、今回の計画はメイワルのサービスが開始する数年前には既に始動していたことになる。
「俺にも少し見えてきたぞ。魔道軍の創設のためには即戦力として魔法を使える人間が大勢必要になる。既存の魔法使いは、魔法協会――つまり敵側だ。ならば、魔道軍の創設のためには新たな魔法使いを集める必要がある。そのための訓練場がここ――メイワルである、と」
現実で魔法を発動する上で大切な「イメージ力」をメイワルで鍛える。
ゲームというカモフラージュを施しながら、国民に魔法の基礎を叩きこむという寸法なのだった。
これなら、魔法協会に気づかれずに国民の魔法の力を鍛えることができる。
よく考えられていた。
「そういうことですね。魔法の実際の手順をご紹介しましょう。Diamond Dustを例にしますが、私は詠唱をすることによって自分のイメージと自分を信じる力を補強しています。一種の自己暗示ですね。そして、辺りの空気が急速に冷えゆくイメージを、空気中の水蒸気を全て昇華させて氷漬けにするイメージを、強固に持ちます。後は、己の中の魔力に働きかけ、現実にそれを顕現させるだけです」
至極簡単そうに話すメアリーに、ソウは思わず苦笑する。
「簡単に言ってくれるけどな……。『己の中の魔力に働きかけ、現実にそれを顕現させる』ってどういうことだよ? 漠然とし過ぎてて、できる気がしないんだが」
ソウの言葉に、メアリーはニッコリとした笑顔を返す。
「その工程を実行する上で大切なのが『自分にはできる』と強く信じることなのです。私も、実際のところ自分の魔力に働きかけられている実感はありません。そもそも、魔力なんてものが実在するのかも定かではありませんから」
言いながら、メアリーはそっと目を瞑る。
「自分にならできる――自分は魔法使いであると強固にイメージすることにより、魔法は発動します。皆さんが今まで魔法を使えなかったのは、単に皆さんには『自分が魔法使いである』というイメージが足りなかったが故です。恐らく、皆さんでしたら1ヶ月もしない内に魔法の行使ができるようになりますよ。程度の差はあるでしょうけどね」
「なんにせよ、イメージ。大切なのはイメージ、か……」
ソウは今までの話を反芻する。
自分の中に魔法を使う上での土壌が形成されていたことを理解する。
実感はないが、確信はあった。
自分にならできる。
ソウには謎の確信があった。
「そういえば、皆さんが魔法使いになれるという体で話をしてしまいましたが、首相はどうやって皆さんに魔法の素養があると見抜いたんですかね?」
「……言われてみれば妙だな。魔道軍に転属させられたってことは、ここにいる4人は全員魔法の素養があるのだろうが」
メアリー――真理亜は既に魔法使いだ。
総也もいい。
あれだけ強力な魔法使いである父親の血を引いている。
魔法の素質があるというのは疑うべくもないだろう。
しかし、血の繋がっていない義妹の玲奈や、孤児の一輝の魔法の素養を如何にして測ったというのか?
「まぁ、ここで語ってもそれに関しては分からず仕舞いだろうが……。それよりもメアリー、魔法の素養と言えば、お前も素養が低いって親には言われてたんだよな?」
「ええ。でも、いま思い返してみると、私が魔法を使えなかったのは当然だったような気がしますね」
「というと?」
問うと、メアリーは幾分か考える時間を取った後――。
「向こうのハイスクールでの話ですが、魔法使いの家庭に生まれた子どもたちは、幼い頃から親が魔法を生活に使うところを見ながら育ってきました。自分が魔法使いであるという自覚もあったでしょう。彼らにとって『魔法が使える』というのは当たり前のことだったのです。彼らにとって『自分が魔法使いである』という自意識は、特に意識をして自己暗示するような類のものでもなかったのだと思われます」
つまり、メアリーが言いたいことはこういうことだ。
魔法の発動条件は2つ。
「世界にどのように干渉するかを強くイメージすること」と「自分は魔法使いであると強くイメージすること」の2つだ。
魔法使いの家に生まれたものにとって、後者は当たり前のことだった。
前者に関しても、親が当たり前のように魔法を使って生活する様を見ていれば、自然と「どのようなイメージを抱けばいいか?」については学習できるというものだ。
それは、子どもが言語を学んでいく過程によく似ていた。
「私の元同級生の内の1人なんかは、ある日いきなり火を起こせてしまったせいで家がボヤ騒ぎになったと仰っていました。彼らにとっては、魔法はそのくらい当たり前のもので、日常のものだったというわけです」
メアリーが苦笑する。
なんというか、異次元の世界の話だった。
「……ん? ということは、メアリーにとっては魔法のある生活は当たり前のものじゃなかったって意味になるよな? お母さんは確か優秀な魔法使いだったんだろう? 親が魔法を使う様子は見てなかったのか?」
「ああ、なるほど」
メアリーは、ソウが言わんとするところを察して、過去に思いを向ける。
「いま言われてみれば、確かに母は魔法を使っていたような気がします。記憶は定かではありませんが。……ただ、私は幼い頃、自分が魔法使いであるとは教えられませんでした。恐らくは父の教育方針だったのでしょうね。私に魔法協会からのアプローチが来ないようにするための」
メアリー曰く、魔法を使うことができる子どもには、一定の年齢において魔法協会からの接触があり、魔法科のある学校に通わさせることを求められるのだそうだ。
それは、魔法に関する基礎知識と、魔法の隠匿の必要性について学ばせるためなのだとのことだった。
「私も、ハイスクールにおいては口を酸っぱくして『魔法の存在を一般人に知られてはならない』と言い含められました。父は、私に『いずれ魔法の存在は公のものとなる。気にすることはない』と言っていましたが……。まさか、魔法の存在を公のものにするのが父自身の手によるものだとは思ってもいませんでした」
ソウは(なるほどな)と心の中でひとりごちる。
大方、魔法とメアリーの事情については合点がいった。
いくつか疑問点は残っていたが、そのことはメアリーと2人きりの状況で話を聞きたい。
「ありがとう。おおよそ魔法についての理解は進んだ。他の2人も何か質問はないか?」
レイアとカースは無言で頷く。
2人とも終始黙っていたが、それはソウが勝手に話を進めていたからだろう。
カースなどは、最初からある程度予想ができていたというのもあるのだろうが。
「オーケー。なら解散だ。まぁ、このままどこかのクエストにでも行ってもいいんだが……」
コンコン。
ギルドの入口がノックされる。
そういえば、メアリーが鍵を閉めていたのだった。
3人を目で制して、ソウがドアに近づく。
「どちら様でしょうか?」
「ボクだよ、総也」
瞬間、ソウの背筋に怖気が走った。
無意識の内にメアリーに目を遣る。
「明日香だ」
「――!!」
驚いたように目を見開いた後、メアリーがその目を瞑る。
恐らく、管理サーバーにアクセスしているのだろう。
すぐに目を開き、首を横に振った。
「海外のプロキシサーバーからアクセスしています。アクセス元もいま辿っていますが……出ました。……中国、ですね」
つまり、いま明日香に似た少女は中国からメイワルにログインしていることになる。
彼女たち日本の魔法使いたちの本拠地は分からずじまいだった。
「ねーえー、開ーけーてーよー。せーっかく久々に総也たちに会いに来たってのに、締め出すなんて酷いじゃんかー」
「よく言う。俺はお前のことなんか知らない。俺が知ってる明日香は死んだんだ」
「てへっ、そうだったね。失敗失敗♪」
(ログアウトするか?)とソウは一瞬考えるも、これは見方を変えればチャンスであるということにも気づく。
向こうから接触してきてくれたのだ。
これを機に情報収集も狙えるだろう。
ソウは3人にアイコンタクトを送る。
3人は同時に縦に頷いた。
ゆえ、ソウは入口の鍵を開放し、少女をギルドに招き入れたのだった。
「おー、総也は昔から優しいなぁ。ありがとー」
なんでもなさそうな――今朝のことなど何もなかったかのような表情で少女が部屋に入ってくる。
薄い紫色の髪に紫色の瞳。
髪の色こそ異なるが、それ以外は明日香に瓜二つの少女がそこには立っていた。
少女は小さい体躯で、とてててと走り寄ってくる。
「総也、久しぶりー。なーんてね。さっき会ったばっかりだったよね」
「ぬかせ。お前は明日香じゃない。お前は誰だ?」
「んー、バレてるかー」
無邪気な表情で――先ほど、総也と真理亜を殺しかけた人間のそれとは思えない――くるくるとその場で回ってみせる。
「おー、玲奈ちゃんも久しぶり。出来損ないの女もさっきぶり。そこの子は初対面、かな?」
言って、居住まいを正し――。
「ボクの名前は
そう、名乗ったのだった。
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