第11話 急行

『ついに議場に魔法使いたちがお越しになられた。私はこれより彼らの攻撃に対処しなければならない。が、その様子までくまなく放送をさせてもらおうと思う。私は電気系統の魔法を得意としている。テレビカメラの操作権は私が掌握しているから、マスコミの諸君は今の内に避難をしていただきたい。端的に言うなら、カメラマンその他のマスコミの諸君は、この議場から逃げ出したまえ。後のことは私に任せろ』


 インカムからは、引き続き桐崎 七也の演説が聞こえてくる。

 魔法使いたちが議場まで乗り込んできても、その通信が途切れることはなかった。


「真理亜、聞きたいことは山ほどあるが、今はそれよりも議場に急行すべきだ。親父が危険に晒されている……んだよな?」

「はい。その通りです。すぐに向かいましょう」


 それを聞いた総也は小さく頷き、インカムのマイクをオンにする。


「こちら桐崎 総也2尉。こちら桐崎 総也2尉。偶数班は、そのまま持ち場について周囲の敵への対処を続行せよ。奇数班の内、動けるものは議場へ急行せよ。防衛網が突破された。護衛対象の安全が最優先事項だ。奇数班は議場に急行し、総理をお守りせよ。オーバー」


 そして、真理亜にアイコンタクトを送り、駆け出した。

 同時に、インカムに怒声が響く。


『こちら桜木さくらぎ 良平りょうへい1佐。こちら桜木 良平1佐。桐崎2尉。本作戦の最高責任者は私だ。勝手な指示は許可できない』

「こちら桐崎 総也2尉。現場判断です。総理の身に危険が迫っております。兵力を以て現場に急行すべきです。オーバー」

『しかし――』


 そこから先の上官の言は、総也は聞き流した。

 現状は、前代未聞の事態となっている。

 父親や真理亜の言う「魔法使いの実在」が本当なら、ここから先の作戦は今までの類に見ないものとなるだろう。

 年寄りの杓子定規に付き合っていたら、遅きに失する。


 議事堂の廊下の角を曲がり、議場の入口まで向かうと、そこには既に無数の死骸が転がっていた。

 そのどれもが、変死体と呼んで然るべきそれだ。

 黒いローブのような服を身に着けた死体は、悉くが射殺か刺殺されていた。

 それに対し、スーツを着込んだ自衛軍の軍人やSP達は、あるものは焼死し、あるものは腹部に大きな風穴を開け、あるものは重力に押し潰されたかのように無残な姿を晒していた。


 議場の扉からはマスコミや議員がごった返して出てきている。

 彼らは完全にパニックになっていた。

 その外へと出ていく人の波をかき分け、総也と真理亜は何とか議場の中に辿り着く。


 ――そこには、異次元の光景が広がっていた。


 議場は外へと逃げようとするマスコミや議員が外側の方でパニックになっていたが、その中心では桐崎 七也がただ一人演説を続けていた。

 しかし、その立ち姿が異様だ。

 黒の長髪は静電気によって大きく扇状に広がり、その体躯からは無数の雷が放電していた。

 その一発一発は正確に「敵」を仕留めていく。

 その「敵」や「敵」の死体の中には、黒いローブに身を包んだものもいれば、スーツを着た老人や若者の姿もあった。

 ――恐らくは、そのスーツを着たものは国会議員であり、マスコミであり、自衛軍の軍人であった。

 彼らは総理大臣を裏切って彼の殺害を試み、返り討ちにあったのだ。


 また一人の敵が雷に打たれて絶命した。

 総也と真理亜は慌てて議場の中心へと向かうが、七也は決して彼らを攻撃しなかった。


「親父!!」

「お義父とうさま!!」


 どさくさに紛れて真理亜が何か口走ったが、今はそれどころではない。

 議場の中心へと駆けていくと、七也と目が合った。

 無言でアイコンタクトのやり取りをすると、父親は演説を再開する。


「私は日本国総理大臣の名において、ここに国家緊急事態宣言を発令する。対象は日本国全域。各駐屯地の自衛軍は、管轄区域の放送業界を中心に護衛任務に従事せよ。敵はどこから来るか分からない。今こうして私が演説の放送を続けていられるのも、私が事前に日本N公共K放送Hと各地域の電波塔に護衛の自衛軍を派遣していたからだ。彼らは今も果敢に敵と交戦を続けてくれている」


 既に議場に到着していた友軍と合流し、七也を扇状に囲むようにして防衛体制に移行する。

 空間が歪み、中空に浮いた穴から敵が大挙してきた。

 あるものは飛行し、あるものは超速で駆けて肉薄してくる。

 そのほとんど全てを七也の雷撃が迎撃し、取り逃がした一部の敵を総也たちは射殺した。


 常識では有り得ざる光景が目の前では繰り広げられていた。

 ようやっと、総也にも「魔法は実在する」という事実が飲み込めてきたのだった。


「今はこうして国会議場全体を放映しているが、国民の諸君には信じられない光景だろうと思う。空中に黒い影が生まれ、そこから人間が無数に押し寄せてくる。これを魔法と呼ばずになんと呼べばよいだろうか。これはパフォーマンスでも何でもない。現実だ。事実として、この世界に魔法は存在するのである」


 自らも放電して人殺しをしていく光景を、日本国首相は戸惑うことなくお茶の間に放映する。

 これが現実だ。

 我が国は今、内紛状態にあるのだと印象付けるかのように――。


「一部の者は、私がこの事態を引き起こした元凶だと揶揄するであろう。しかし、このような危険な力が実在することが市民に対して開示されていない今までの状況こそが、不健全な状態であったとは言えないだろうか? 何故なら、魔法を用いれば完全犯罪が可能なのだ。もし、諸君らの家の隣に住んでいる隣人が魔法使いだったとしたら、殺されたとしてもその犯罪性の立証が不可能なのである」


 演説は、国民に恐怖と不信感を植え付ける段階に入った。

 「事実を隠蔽しようとする魔法使い」を国家の共通の敵と定めて、国民の意識の統一を図ったのだ。


(これは、危険な兆候ではないか……?)


 襲い来る魔法使いたちを迎撃しつつも、総也の頭の中に父親に対する不信の芽が生まれる。

 確かに、自分の父親を今なお殺そうとしているこの魔法使いたちを放置しておくことはできない。

 しかし、自分の父親の行いに本当に大義があるのだろうか?

 また一人、魔法使いを射殺しながらも、総也は現状について思考を回していた。


 魔法使いの内の1人を取り逃がし、彼が七也に肉薄する。

 しかし、どこからか飛来した1発の銃弾が敵を撃ち落とした。

 見ると、議場の入口付近からライフルで敵を狙撃した影が1つ。


「一輝か」


 傍らには玲奈もいる。

 彼らは状況を認識すると散開し、議場の隅を背に陣取る。

 別の角度からライフルにより支援しようという魂胆のようだった。


『僕より先に現場に辿り着くなんて、珍しいこともあるものですね』


 わざわざ通信越しに一輝が茶々を入れてくる。


「作戦行動中だ、私語は慎め」

『これはこれは、失礼しました』


 以降、彼らは連携して迎撃に始終する。


「魔法使いたちの第一波が退いたようだ。しかし、第二波がいつ襲いかかってくるかは不明瞭である。彼らは真実を知ることとなった国民の諸君の記憶を消して回ろうと画策するかもしれない。しかし、記憶を消されるかもしれないと意識していれば、ある程度魔法の素養のある者ならば記憶消去に対抗できる。だから、くれぐれも国民の諸君は意識による警戒を怠らないようにしてもらいたい」


 そこで、ひと呼吸を置いて――。


わたくしからの所信表明演説は以上でございます。国民の皆様方にあらせられましては、くれぐれも不用意な行動はなされませんよう、慎重に慎重を重ねることをお願い申し上げます」


 そこまで言って、七也は天井を見上げた。

 どこか、為すべきことを為した後の達成感のようなものが、彼からは感じられた。

 七也の手元には、NKHのテレビ放映を反映したタブレットがある。

 それをパタリと倒すと、彼は演説台から降りてきた。


「おい、クソ親父。後できっちりと説明してもらうからな」


 日本国総理大臣に対して随分な言い草だ。

 しかし、七也はそれをあっさりと受け流す。


「もちろんだ。お前たちには知る権利がある。後で車を遣るから首相官邸に来たまえ。自衛軍の諸君。車に乗るまで護衛を頼む」


 そして、生残した自衛軍の兵士を伴って、七也は議場を後にする。

 閑散としただだっ広い議場には、総也と真理亜、玲奈、一輝が残された。


 玲奈と一輝が中央にいた総也と真理亜の下に駆け寄ってくる。


「首相はなんと?」

「後で車を送るから、それに乗って首相官邸に来い、だとさ。色々説明をしてくれるらしい」


 一輝の問いに、総也が簡潔に答える。

 ちなみに、一輝は2尉、玲奈は3尉だった。


「俄かには信じがたいが、こうも現実として突きつけられてしまうとな」


 総也がそう苦々しく言うと、一輝はあっけらかんと答えた。


「そうですかね? 僕としては『さもありなん』って感じだったのですが」

「おいおいマジかよ……」


 どうやら、このスーパー後輩には何か思い当たる節があるようなのだった。

 そう考えて思い返してみると、総也の側にも思い当たる節はあった。


「真理亜、お前、花梨と初対面の時に握手をしたよな?」

「はい♪ あの時、実は魔法で一時的に手のひらの温度を4度にしてたんですよね♪」

「お前ってやつはああああああ!!」


 自分の彼女に怒声を浴びせる。

 真理亜は、反省はしていないと言わんばかりにテヘペロしてみせた。

 そんな仕草もかわいいと許せてしまう自分に、総也はあきれ返っていた。

 この2週間で、随分と彼女に絆されてしまったらしい。


「とにかく、魔法は実在します。これは首相が仰ったとおりです。そして、これから私たちは、真実を今からでも隠蔽しようとする魔法協会の者たちと交戦することになると考えられます」


 一転して真面目な顔で真理亜が言う。


「……真理亜はいつからこのことを知ってたんだ? というか、いつから『魔法使い』とやらだった?」

「それも含めて総也くんだけにお話ししたいので……少し、席を外しますね」


 そう言いながら、真理亜が総也の手を引く。

 玲奈と一輝は一度顔を見合わせた後、彼らに向かって頷いた。


「それでは、失礼します」


 そう言って、真理亜と総也は議場を後にしたのだった――。


********************


 国会議事堂の廊下の隅――今、国会議事堂はほとんどの人間が自主的に避難したこともあり閑散としている――で、総也と真理亜は向かい合う。


「私の話でしたね」

「ああ。……話してくれるか? もちろん、話しにくいことなら話さなくて構わない」

「はい。全てお話しします」


 そして、真理亜は周囲に目を向け、辺りに誰もいないことを把握してのち、ゆっくりと身の上を話し始めた。


「初めてこの力を自覚したのは……レイプされた後のことでした」


 真理亜が言うには、その頃から彼女はぬるくなったジュースを冷やすことができるようになったらしい。

 また、異様に夜目が利くようになったとのことだった。


「疑問に思った私は、母にそのことを打ち明けました。すると、話が夫婦間で伝わり、父から魔法使いが実在することを私は知らされたのです。そして、私の冷却能力などが無自覚な魔法によるものなのだと教えられました」


 真理亜の家系――即ち来音家は、元はと言えば魔法の素養に優れた家系だったようだ。

 しかし、いまいち魔法の素養に恵まれず、代わりに経営学に秀でていた来音 藍殿――当時はAiden Raineだった――は、家を出て起業。

 結果として、40年でレイン・コンツェルンをここまでの規模に発展させるまでに至った。


 前妻の死去後、藍殿は優れた魔法使いであった真理亜の母のレベッカを本国から娶る。

 しかし、生まれた子供である真理亜と弟の史紋しもんは、同じく魔法の素養に恵まれない子どもだった。

 そんな彼女が魔法使いとして覚醒したのは、まさにレイプを受けたことによるものなのだったと真理亜は言う。


「父の話によると、死などの肉体的なショックや、その他の精神的なショックは、魔法の素養はあるのに魔法は使えないという魔法使いの卵が魔法を使えるようになるきっかけとなるのだそうです」

「……! ということは、あの明日香は、死によって魔法使いとして覚醒した結果、蘇ったということなのか!?」


 総也の瞳に希望の色が灯る。

 しかし、真理亜はそれに対して首を横に振った。


「いいえ。恐らくは違います。総也くん、あなたの話では、高遠さまの身体は総也くんの腕の中で段々と冷たくなっていったと伺っています。何時間そうして抱き締めていらしたのかは知りませんが、それほどの長い間、覚醒した魔法使いが蘇らないというのは考えにくいです。また、そもそも年齢が合いません。恐らくは、先ほど交戦した少女は、大方高遠さまの妹といったところでしょう」

「そ、そうなのか……」


 総也の瞳から希望の色が抜け落ちる。

 表情豊かな彼氏の様子を見て、真理亜からは自然と微笑が生まれ出た。


「そんな顔しないでくださいな。これから大変になるのです。しゃんとしてください!」


 そして、真理亜は背伸びをし、総也の唇に口づけをする。


「元気が出ないようでしたらフェラしますよ?」

「冗談でもせ」


 真顔でとんでもないことを言い出す彼女に、もううんざりだと言わんばかりに総也はぞんざいな返しをした。

 すると、真理亜はぷくーっと頬を膨らませる。


「ところで、私がレイプされたことで魔法使いになったというのに、総也くんは別の女の話をするのですね?」

「あー……」


 総也の目が泳ぐ。

 どうやら、嫉妬深い彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。

 真理亜は胸を押し付けるようにして総也に迫る。


「総也くんの方からもキスしてください。じゃないと許してあげません」

「……分かったよ」


 そう言って、真理亜の顎を持ち上げてそっと口づけをする。


「ちゅっ……はい♪ 許してあげました♪」


 花が開いたかのような満面の笑みを見せるのだった。


「総也くんが無事でよかったです……」

「こちらこそ、お前が一緒にいてくれなかったら危なかった。ありがとう」


 総也独りだったなら、彼は恐らくあの明日香に似た少女に殺されていたことだろう。

 彼が今、こうして五体満足でいられるのは、ひとえに傍にいた味方である婚約者に魔法に関する知識と素養があったことによるのだから。


「……誰も見てないよな?」

「はい」


 2人はそっと抱き合い、深いキスを始めた――。


 ちなみに、迎えの車が来たことを報告にきた一輝と玲奈に、キスシーンをばっちりと目撃されたのは別の話である。

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