第5話 説得
「えっ、重っ……」
カースの話を聞いて、最初にげんなりとした表情をしてみせたのはシドだった。
真理亜のことをクラスで一番エロい目で見てたのも、また佐藤 義人だったハズなのだが。
「ヤバいわ。今の話が本当なら、俺、明日から来音さんとまともに会話できる気がしない……」
「まぁ、まずはこの状況を打開することが先決ですけどね」
カースが力なく笑いながら言う。
「というより、そんな茶番のために我々は死亡ペナルティを課せられたというのか!?」
オームが怒りの表情を見せる。
リアルボディの見た目通り、彼は筋金入りのゲーマーだった。
ちなみに、死亡ペナルティとは、ゲーム上で死亡した際に所持金や経験値からマイナス修正を受けるペナルティのことである。
「いや、そんなんはこの際どうでもいいんですけどね……?」
レイアがジト目でオーム(先輩)を見つめる。
「つーか今気づいたんだけど、俺のことって誰が起こすんだ? 俺、独り暮らしなんだけど……」
ふと気づいたかのように、シドが言う。
その通り、義人は独り暮らしをしていた。
「あ、それなら僕が物理的な鍵でも電子ロックでも突破して起こしにいくから大丈夫ですよ。住所も学園のサーバーから抜いてきます」
「なぁんだ、それなら安心……できるかボケェ!?」
ノリツッコミするシドくん。
それを言うならカースだって独り暮らしのハズなのだが……。
「僕はアクセサーを頭にかぶってから6時間が経過したら、自動でアボートするように仕掛けを作ってますから、最悪あと5時間もすれば僕はアボートできます。そしたら、真夜中ですけど皆さんのこと起こして回りますよ」
「それを先に言えよ。ていうか、改めて思ったがカースお前すごいな……」
玲奈以外の3人が、尊敬のまなざしでカースのことを見つめる。
目の前で散々彼の才能を見せられてきた玲奈は、苦笑する他なかった。
「とはいえ、このままでは後5時間はログアウトができないままです。その間に、ソウさんに何かがないとも言い切れません。別の手段を模索しましょう」
「そうだよ! 今の話が本当なら、ソウちゃんを来音さんから護ってあげないと!」
今まで黙っていたカリンが初めて声を上げる。
どうやら、彼女なりに色々なことを考えていたようだった。
「あのね。私なりに考えたんだけど、カースくんの言うことが本当なら、来音さんのことは止めなきゃいけないと思うの。やっぱり、悪いことしてる友達がいたら、それを止めてあげるのが真の友達だと思う。私たち、クラスメイトだよね? なら、友達だよね?」
カリンがシドとオームに問う。
すると、2人は目を泳がせながら言った。
「いや、確かに止めなければならないというのには同意なんだが……」
「来音さんと友達になれるかって言われると、ねぇ?」
「ええ~!? そこは一緒に力を合わせるとこでしょ!?」
カリンが抗議の声を上げる。
そんな彼女のことを、レイアとカースは苦笑しながら見ていた。
「とはいえ、状況はほぼ詰んでいます。オームさんかカリンさんのご家族が異変に気付かない限りは、僕たちは後5時間ログアウトできないままです」
「そんなぁ……」
カリンが露骨にしょぼーんとした表情を見せる。
カースが言う以上は、本当に対抗手段がないのだろう。
その事実が、4人を打ちのめした。
「ううっ、おかあさーん!」
カリンがしくしくと涙を流し始める。
そんなカリンを、カースは優しそうな目で、しかし厳しくも言った。
「泣き言を言うのはまだ先です。僕らはまだできる限りのことをしていません」
「えっ……?」
顔を覆っていたカリンが、涙で濡れた顔をカースの方に向ける。
「何か手立てがあるっていうのかっ!?」
「ええ。あります」
シドが乗ってくる。
顔に希望という名の生気が戻ってきていた。
「なんだ、それは!? 方法があるなら最初から言ってくれ!」
オームやレイアも乗り気になってきたところで、カースはこう言った。
「正面突破です」
――それは、4人を再び絶望の奈落に叩き落とすには十分すぎる言葉だった。
********************
「結婚、しましょう?」
背の高いソウに、しかし同じく背の高い少女は、彼の肩の上に顎を乗せることができた。
まるでこのまま抱き締めてくださいと言わんばかりに、身体を預けてくる。
「寝言は寝て言え。こんな状況にしてくれた張本人と付き合いたいなどと思えるキチガイがどこにいる」
「ええ、存じ上げておりますわ」
ひどく蠱惑的な声で、耳元で囁かれる。
その声には、どこか嬉しそうな響きが見え隠れしていた。
「ですから、これから
「説得……か。『脅迫』の間違いじゃないだろうな?」
「これは心外な。説得とはメリットとデメリット両方の提示を行って、対象の譲歩を引き出すこと。脅迫はただの強制です。私はきちんとソウさまにメリットとデメリットの両方を提示いたします」
もっとも、と続ける。
「最初に提示するのはデメリットですが」
「はっ、やっぱ脅迫じゃねーか」
口元に嘲笑を浮かべて、少女を挑発する。
だが、次のたった一言で、ソウの表情は凍り付くことになる。
「
「――っ!」
ソウが絶句する。
(なぜ貴様がそれを!?)とか(まずいことになった)とか、様々な焦燥感が頭の中を駆け巡る。
「これを……そうですねぇ。春日野 花梨さんにでもお話しいたしましょうか」
「……あいつがお前の言うことを信じるとでも?」
冷汗が垂れる。ソウが動揺しているのは明白だった。
隙があった。明らかに。
「信じますとも」
こともなげに、少女は言う。
「春日野さんは疑問に思っているはずです。ずっと仲良く遊んでいた幼馴染みの高遠さんが、ある日突然行方知れずになったのですから。私の言うことを鵜呑みにするまではいかなくとも、聞き入れるくらいはなさるはずです」
「くっ……」
高遠 明日香の件は、ソウのアキレス腱だ。
それを、一番強いカードを、少女は最初に切ってきた。
「だ、だからどうした。お前の目的は、俺の心の掌握だ。ただ脅迫してるだけでは目的のものは手に入らんぞ」
苦しい返しだ。
自分が劣勢であることを、ソウは言葉の中で半ば認めていた。
それほどまでに「明日香のことを花梨にバラされる」というのは、ソウに対してのワイルドカードとして機能していた。
「……酷い人」
少女が、ポツリと漏らす。
「私が目の前にいるのに、他の女のことを考えてる。春日野さんにどうやって言い訳しようか考えてる。高遠さんとの思い出に思いを馳せている。……嫉妬します」
「……」
ソウは最早言い返せなかった。
だが、少女と付き合うことを認めたわけではない。
この状況をどう打開するかを、必死に考えているだけだった。
「本当に酷い人です。悪い人です。高遠 明日香に関する真実なんて知らないふりをしながら、嘘をつきながら、あなたは今でも昔の友達――春日野 花梨と付き合っているのですから」
責めるような目線で少女はソウの瞳をじっと見つめてくる。
後退りしようにも、ソウは後退りができなかった。
「ですが、私は許して差し上げます。私なら、あなたの全てを受け入れられます。セックスを求められれば応じましょう。どんな乱暴も受け入れましょう。殺されたって、あなたに殺されるなら本望です。……誰を殺そうとも、私はあなた様を赦します」
少女は、ソウの胸の上に手を置いて、彼の身体に身を寄せる。
「これが、私があなた様に提示できるメリットです」
ソウの首筋に顔をうずめながら、少女は恍惚とした声色で謳う。
「そして、もう一つ。今度はあなた様の同情を誘いたいと思います」
ソウは、最早何も答えることができなかった。
が――。
「私、レイプされたことがあるんです」
「なっ……!」
その告白には、流石に驚愕の声を漏らさざるを得なかった。
「あれはちょうど……そうですね。あなたが私を避けるようになった頃のことでした。ええ。あなたが私を避けるようになった理由は分かっていますよ? だって、高遠 明日香の件が起こってからですものね。あなたが私を避けるようになったのは」
「やめろ……」
そうだ。
彼女の言うとおりだ。
桐崎 総也はその頃、友人――特に女性の友人と接触するのを避けるようになっていた。それは、真理亜と言えど例外ではない。そして、そうして真理亜と疎遠になっている間に、彼女はアメリカに留学に行ってしまったのだった。
「あの日、塾から帰る時のことでした。普段とは違って早くに塾が終わったので、電話で家に車を呼ぼうとしたのですが、すでに塾の前には車が出迎えていたのです。いつもと同じ車種のリムジンでした。ですから、あの日の私は、何の疑問も抱かずにその車に乗ってしまったのです」
「やめてくれ……」
聞きたくなかった。
さっき、自分のことを赦してくれると言った彼女が、まるで自分を責めているかのように聞こえたから。
否、実際に彼女は総也を責めていたのだ。
「後のことはご想像の通りです。薬で眠らされた私は、人目のつかない山奥に連れ去られ、レイプされました。山奥に捨て去られた私が見つかったのは、それから二日後のことです。私のスマホにはGPS機能が搭載されていたのですが、どこかで捨てられてしまったのでしょうね」
「ああ……」
ソウがその場に崩れ落ち、膝をつく。
絶望が彼を包んだ。
「私、乱暴されてる間、ずっと助けを求めてたんです。総也くん、助けて。総也くん、私を助けに来て。って。バカですよね。仮に総也くんがこのことを知ったとして、その場に来る術なんてなかったというのに」
神がソウを見下ろす。
その視線には、確かに彼を責めるような、恨むような冷たい色が差していた。
「私、早熟だったんですよね。その頃からブラはしてましたし、生理も来てました。ええ。私、その時のレイプで妊娠したんです。もちろん堕ろしました。でも、確かに孕まされたんです。好きな人との子じゃない、愛する人との子じゃない、婚約者との子じゃない、総也くんとの子じゃない子どもを。そして、私はそんな子どもは殺しました。ええ。殺したんです。私の意思で」
「うあああ……!」
ソウの頬を涙が流れた。
それだというのに、彼女の眼には涙の一粒すらも浮かんでいなかった。
――まるで、涙はとうの昔に枯れ果てたと言わんばかりに。
「幼い私は、あなたを恨んでいました。だからこそ、アメリカに逃げたのです。愛しているはずのあなたを恨みたくなかったから。そして今も、あなたを恨む気持ちは少なからず残っています。ごめんなさい。さっきは赦すと言ったのに、嘘をつきました」
見下ろしながら、感情のない目で、神はソウをじっと見つめる。
「ですが、だからこそ、私はあなたを赦すことができます。だって、私はあなたと同じ穴の狢だから。……同じ、ヒトゴロシだから――」
ソウは、呆然とした表情で神を見上げる。
何故なら、次に彼女が言うことが分かってしまったから――。
「私なら、高遠 明日香を殺したあなたを赦してあげられます」
「ああああああああっ!!」
彼は、絶叫した。
それは確かに、桐崎 総也にとっての神の天恵だったのだ。
********************
「冗談じゃない!」
最初に声を上げたのはオームだった。
「こんなチートスキルの持ち主相手に正攻法で立ち向かおうだなんて、無謀もいいところだ! 第一、現に殺されたばかりじゃないか! ログアウトまでに何回死ぬつもりだ!?」
「ゲーム上の死亡回数はともかく、何回も脳にダメージを受けるというのは良くないわね。いくらセーフティによって痛覚その他が制限されているとはいえ、そう何度も殺される目にあってたら、きっと頭がおかしくなるわ」
オームの抗議に続いて、レイアが補足をする。
このゲームでは、痛覚や熱覚、冷覚などといった人の脳に不快感を与える五感は、一定以上は軽減されるようにされている。
だから、ゲーム上で死亡したとしても、脳がフィードバックで脳死するようなことはない。
――中には、チートでセーフティを解除して、リアルな痛覚を楽しむ変態もいるようだが、ソウの仲間たちはそういった連中ではなかった。
とはいえ、いくらセーフティで制限されていたとしても、死ぬような目に何度も会わされれば、脳が不調を来す可能性は十分に考えられた。
「ええ、ですから十分な作戦を立てます。レイア。あなたは、ノルドー草原に迷い込んだプレイヤー全員に来音 真理亜が光魔法を使っていると思いますか?」
「……なるほど。確かに考えにくいわね。エリアに入った対象全員に攻撃してたら、すぐに騒ぎが起こるわ。でも、今のところそういうニュースは流れてきてない」
レイアが中空に視線を走らせる。
恐らく、彼女の視界にはゲーム内の掲示板の情報が映し出されているのだろう。
「ええ、その通りです。ですから、何らかの方法で彼女は僕たちを識別しているものと考えられます。恐らく、ログアウトできないのもソウさんと僕たちだけでしょう」
カースは己の推理を披露した。
そして、ログアウトできないのは自分たちだけという推理は実際に当たっている。
「オームさん。僕は『正面突破』と言っただけです。一度も『正攻法』とは言っていません。まずは、IDと容姿を偽造しましょう。恐らくは、彼女はIDで僕らのことを識別しているはずです。とはいえ、僕も試したことはないのでぶっつけ本番になりますが……」
「そんなことができるのか!?」
シドがカースの提案に興味を示す。
「試すならタダですよ。いえ、そんなことはないか。向こうが向こうだから、余計なことをしたら察知される可能性はあります。でも、試す価値はある。……まぁ、僕に任せてください」
そして、カースは全員に向けてウインクをしてみせた。
********************
しばしの沈黙が続いた。
やがてソウの頬を流れる涙も止まり、幾分彼の混乱も収まる。
「立ってください。そして、私を抱き締めてください、総也くん。そしたら、私は今まであなたが犯してきた罪の全てを赦して差し上げます」
一歩下がり、腕を広げて少女はソウが抱き締めてくれるのを待つ。
「私にはもう、あなたしか残されていないんです。あなたがいないと、私は生きていけません。ですから、抱き締めて、私をあなたのものにしてください。……伏して、お願いします」
泣きそうな声で、少女は縋った。
それに対して、総也は――。
→立ち上がり、真理亜を抱き締める。
→立ち上がることができない。
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