第10話 極道の妻

「夜に何か起こるのか?」


「夜は毎晩宴会よ」


「宴会?こんな狭いところで?」


「ここじゃないわ、外よ」


「外?」


「そう、外。外って言っても、この駒箱の外ね」


「駒箱の外に出られるのか?」


「ええ。道場に鍵がかかって誰もいなくなったら、外に出て酒を飲むのよ」


「酒か!いいじゃねえか。でもこの小さい体で飲める酒なんてあるのか?死んじゃまうんじゃねえか?」


「もうあんた死んでるのよ。死ね直前のこと覚えてるでしょ?」


「ああ、チャリで事故って。みんな死んで駒になったってことか?」


「そう。何で駒になっちゃったのかは分からないけどね。ただ、みんな将棋経験がある人間ばかりが集められてるの」


「妄想じゃなかったのか」


「あたいもそうだったわ。みんな最初は夢かなにかだと思うのよ。無理もないわ、こんな世界」


「でもおかしくねえか、色々。俺達は指してる人間からは見えねえし、あと感覚共有とか“念”とか」


「そう。色々変なのよ。みんな毎日それを考えてるの。もう考えなくなった奴もいるけどね」


「何年ここに?」


「あたいが来たのは2年半前だけど、どうやらこの世界は出来上がってまだ4年くらいらしいの」


「最近じゃねえか」


「4年を最近ってあんたおっさんだね。あんた元々何してたの?」


「何って、一番長かったのは不動産の営業マンだ。まあお払い箱になって試しに配達員やってみたらこのザマだ」


「へえ。あんた独身?妻子がいるようには見えないね」


「ハハハハ。口悪いなネーちゃん。お前こそ今まで何してたんだ?」


「あたいはね、とても言えるような仕事じゃないからさ」


「極道の妻とかだったりして?」


「大当たり!」


「マジかよ」


「マジよ。あたいは『王』の美麗、ミレイよ。これでも、大きなところの組長の本妻だったのよ」


「その若さで本妻!?」




ガチャ!


「席主が店の鍵を閉めた音だわ。しばらくしたら出て宴会よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る