第6話 引く熱さ

とにかく『桂』の哲が言ってたとおりベストを尽くそう。


向こう側の感覚と“念”は探れるのか?

向こう側は俺の『龍』をとって使う筋を模索しているはずだ。


探ってみるか…。



………。



ダメだ。感覚は僅かに伝わるが、“念”の共有はできない。

そりゃそうだ。“念”は指し手、つまり対局者に伝えるものなんだ。

両側の“念”を両方の対局者に伝わると混乱を招くことになる。

仮に伝わったとしても対局者の頭がパンクしてしまう。

対局者本来の棋力が駒たちより低い場合は尚更か。



さて、どうするか…。




とにかく今は『龍』として、こちら側の勝ち筋の感覚共有をして“念”合わせに集中しつつ、向こう側の『飛』となった後のことを一人で考えよう。

相手のインテリ風はさっきから駒使いが荒いが仕方ない。雑念や昔のことは忘れて、己の役目を全うしよう。


いま、俺は『飛』なんだ。


プロホッケー選手を夢見ていた少年でもなく、1000万稼ぐ営業マンでも職つなぎの外食配達員でもない。

『飛』としてやるべきことをやる。全力でやりきる。それだけだ。



さあ、念を送り続けよう。オーラの調整もしなければ。

『歩』を成られて、『桂』打ちを『歩』つきでケアして、成った『と』を寄られて、こちらは『歩』を成り捨てて、同『銀』に『角』を成る。

おっとその前に端『歩』だ。同『歩』に93『歩』を入れる。そして………。



バチン!


やっぱり『歩』成か。


バチン!

そして『歩』つき。

いいぞ。“念”どおりだ。いい将棋だ。



バチン!

バチン!

バチン!

バチン!

バチン!


2人とも熱くなってやがる。ガチ将棋勢だな。

ネット将棋が流行っているが、やはりリアルで対面でするのが将棋の醍醐味だ。


そろそろか…。



バチン!


遂に『龍』きりか。



ガシッ!


おいインテリ風、そんなに乱暴に掴むんじゃねえ!痛ぇんだよ!


くるっ!


『飛』に戻るのか。ああ、気分が悪い。ひっくり返される目玉焼きの気分だ。


パチッ。


ここが駒台か…。

しかしなんだ、急にひんやりしてきたな。

『飛』に戻ったせいか、さっきまでの『龍』の熱さが引いていく。

ああ、力が…。みなぎりが…。

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