第4話 初成り

“念”が通じたのか、『と』の翔太は斜めに突っ込んだ後、向かいの指し手のクレーンで駒台へと運ばれ『歩』となっていった。

こころなしか『と』だった時のオーラが消えたような気がする。



視界が開ける。俺は勢いよく一段目に成りこむ。


空中高くでクルっと裏返され、背中からバチンと地面に叩きつけられたのだ。


うおおおお!!!!!


あちい!


熱くて体が溶けそうだ。全身の血が沸き返ったような感覚、額は焼き印を押されたように熱い。


このままでは本当に気がふれそうだ………。


意識が遠のいていく。これはやばいぞ。

何で俺はネット外食配達員なんて始めたんだ。で、また死ぬのか?


落ち着け。深呼吸だ。


フー、ハー、フウウー。フー、ハァー、フウウー。


隣の『桂』がケラケラ笑ってやがる。この野郎~。


フー、ハー、フウウー。フー、ハァー、フウウー。


おっ?熱さがなじみ始めたぞ。よし、正気を取り戻すんだ。



フー、ハー、フウウー。


この感覚は!?


全身に生気がみなぎってきたぞ、得たことのない感覚だ。なんだってできる気がする。

若い頃アイスホッケーをやっていたのだが、試合直前、ベンチからリンクに降り立った時の感覚に近い。

全身がビンビンして、体中が勃起しているようだ。

まさかあの感覚をまた体感できるとは。いや、あれ以上の感覚だ。

脳汁が、ドーパミンがみなぎる。なんとも言えない充実感。


『と』の翔太が気持ちいいと言ってたのはこれなのか。


そしてきっと額には『龍』の文字が赤く光っているはずだ。


この世界も悪くない………


「初成りやな。思う存分暴れたらええで」

さっきケラケラ笑っていた『桂』だ。

作業着のようなツナギを着ている。



「おう。めいっぱい暴れてやるぜ」


「あっ、言うとくけど、成って気持ちいいかいうて逃げ回ったり命惜しんだらあかんで」


「ずっとこのまま浸ってたいぜ」


「あかんあかん。みんな真剣なんやから。ちゃんとせな、夜に村八分にされるで」


「夜って?夜に何かあるのか?」


「まあ楽しみにしとき。俺は哲や。テツ。また夜にな。まあ、棋理に反するようなことはせんこっちゃな」


「俺はヒロシ。わかった。俺も将棋指しだ。きちんと『龍』をするぜ」


「さあ、ドンパチや」

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