イスタニア戦記 -黒影の魔法剣士と白銀の女軍師-

梅木学

第1章:黒影の旅団長・リオン

第1話:虐殺

 逃げ惑う大勢の人々の悲鳴が、山間に響き渡る。あたりは暗く、松明の灯りのみが、木々を照らし出す。


 旅団員たちは賊徒を追って走り、黒塗りの鎧の擦れる音がいくつも聞こえる。


 兵の幾人かは松明を片手に掲げ、炎が木々の間を揺らめきながら山を上っていく。彼らが剣を振り上げ、一閃すると、ひとつ、またひとつと悲鳴は途絶えていった。


 タリル第五旅団長のリオンは、自らの剣は鞘に納めて腰に帯び、ただ事が済むのを待っている。彼も漆黒の鎧に身を包んでいた。兜は無く、頭は露わになっている。短い頭髪もまた黒く、暗闇に溶け込んでいた。


 周囲に兵は控えていない。旅団長ともなれば、剣の扱いにもすぐれ、この程度の戦いで護衛は必要なかった。


 暗がりに紛れ、多数の賊徒が山上へと逃れていったようだった。兵たちは残党を追って山をのぼっていく。追撃戦になると旅団の分が悪い。鎧を身にまとう兵に対し、賊徒たちはボロ切れのような布を着るのみだった。まるで戦には向かない出で立ちだが、身軽で山間では動きやすかった。


 そもそもここは賊徒の根城だった。地の利も賊徒にあり、一度見失っては探し出すのは困難だろう。


 山間の森が静けさを取り戻すまで、長くはかからなかった。騒音の元はすべて、剣によって絶たれるか、山奥へ逃げ切るかしたようだった。


 撤退の合図を送るため、リオンは小袋から木彫りの笛を取り出そうとする。その時、少し先の木陰で、生き物の身じろぐかすかな音が聞こえた。


 リオンは音のした方へ目をやる。誰かが、いる。剣の柄に手をかけ、ゆっくりと引き抜きながら、歩み寄っていく。きらめく両刃の剣が抜かれる時には、そこでうずくまっているのが一人の中年の女だと分かった。


 リオンの影が女にかかると、女はゆっくりと目線を上にやった。全身にまとった薄汚れた布の隙間から、白い足がのぞいていて、その表面を鮮血が流れている。長く伸びた黒髪は、艶がなく傷んでいる。頬も痩せこけていて、山岳の生活の厳しさを物語っていた。


 怪我をして逃げ遅れ、そこに隠れていたようだった。女の怯えた目と、リオンの虚ろな目が合う。


 女は驚いたように目を見開いた。


「こんな事が、どうして……アデル……」


 続く言葉を断つように、リオンの剣が振り下ろされた。女は短く呻き、その場に崩れ落ちる。


 女の伴侶か、誰かの名前だろうか。女が口にした最期の言葉の意味はわからなかったが、リオンは興味なさげに、視線を女から外した。そして今度こそ笛を取り出し、鋭く音を鳴らした。

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