第10話 大貫衣弦、初めての夜!

長いような短いような一日が終わろうとしていた。


一日の長さは基本的には変わらないように思う。

もちろんしっかりと確認した訳じゃないので、俺の感覚だけで判断しているが。


空には太陽らしきものもあったり、月らしきものもあったりするので、その辺りも元の世界と違いはない。


とりあえず·····


「腹が減って死にそうだ·····」


よく考えたら驚きやらピンチやらが次々と降りかかってきたせいで何も食ってないし飲んでない。

それに気付かされたのは先程一戦を終えた後、緊張状態から解き放たれた瞬間である。


「川まで行って水を汲んでくるわ。あと、食糧も調達してくる。あなたはここで待ってなさい」


とナナは言ってくれたが、それから結構時間が経つけど未だ帰ってくる気配はない。

ひたすら焚き火に薪をくべ続けるだけの仕事をしているが、そろそろ俺も限界だ死んでしまう。


「そうか·····食糧を作り出せばいいじゃないか!」


食糧だけじゃなく飲み物も、俺の妄想拡張イリュージョンメイカーを使えば具現化出来るんじゃないか?

例えばこの世界になさそうなカップラーメンとかコーラとか、そういうものまで作り出せればこれから先食糧難に喘ぐ事はなくなる。


完璧だ。

なんて生活に優しいスキルなのだろう。

そうと決まればさっそく実験だ。


「よし·····まずはコーラだ·····」


イメージしろ。

明確に、味や色、炭酸が喉を通過する時の爽快感、暑い夏にキンキンに冷えた瓶コーラ。

あぁ~美味い!全身に染み渡るぅ!


風が吹き始めるのと同時に俺の全身の細胞が歓喜に震える。

キタキタキタキターー!

この感覚、妄想拡張イリュージョンメイカーは確かに発動しているぞー!


風が止むのと同時に、俺の目の前には確かに目的の瓶コーラ様が鎮座していた。

そのお姿、ラベル、確かに間違いなく真夏に愛飲していた魅惑の果実、瓶コーラ様に違いない!


それを手に取ると、瓶コーラ様に違和感が生じてる事に気付く。

おかしい、確かにキンキンに冷えてはいるのだが、どういう訳か中身の本体の部分が俺には視認出来ないのだ。


見えない透明の液体になってしまったのかと思ったがそうではないようだ。


「瓶だけかよ!」


大事なのは中身だというのに、何故かその外壁だけが具現化されてしまっている。

失敗したのか?瓶じゃなくて缶の方が良かったのか?それともペットボトル?


「くっ!諦められるか!」


続けて缶、ペットボトルと具現化してみるが、どれも入れ物だけで中身は空。

コーラは俺の前に姿を現してはくれなかった。


「コーラがダメなら他の物を·····」


さらに続けてスプライトやドクターペッパー、オレンジジュース、牛乳まで挑戦してみたが全部中身は空。

ついでにペットボトルの天然水にも挑んだが結果はことごとく失敗に終わる。


「飲み物は作り出せないのか·····。だったら食糧だ!」


ポテトチップス、ポッキー、カップラーメン、おにぎり、パン、どれをやってみてもパッケージだけ出てくるばかりで形をなさない。

やけくそでキャベツ丸ごと、長ネギなんかもやってみたが、パッケージすらないそれらは完全に無の状態だった。


「サノバビッチ!」


イメージは完璧だった。

能力も確かに発動してたし、それは間違いない。

しかし中身がどうしても具現化出来ないという事は、この世界の摂理なのか、あるいは限界突破拒絶オーバーリミットキャンセラーの効果なのか。

まぁ確かに?そこまで出来ちゃったらさすがに都合よすぎだろとか思ってはいたけど?


「俺の能力じゃ食糧とか飲み物は作れないのか·····」


て事はもうコーラ様とは一生のお別れか。

ポテチとかチョコレートとかももう俺の体に摂取する事はないのかもしれない。

そう考えるとやたらと寂しくなる。

いやしかし、チョコレートはともかくイモくらいならあるんじゃないか?

イモはどの世界でも共通の食糧だろ?


「お待たせ。って、これ何?」


そこでようやくナナが帰ってきて、転がってる瓶やペットボトルなどのゴミを見て驚愕する。


「それは犠牲者だよ。体の一部にもなる事の出来なかった犠牲者の亡骸さ」


「全然言ってることわからないわよ」


「腹が減って死にそうだよ~」


「だから川で魚を取ってきのよ」


「おおっ!」


俺の前に自慢げに置かれた魚達。

まだピチピチと踊っていやがる。


魚達·····


魚·····?


「これ魚なのか?」


ピチピチとのたうち回るそれはプレデターのような顔に、エイリアンのように口の中に口があって、全身から触手のような物がウネウネしているように見えるんだけど。


「どう見てもそうでしょ。アルティメットゴルゴンゾーラよ」


「なんだその名前は!?どう見てもチーズじゃねーだろ!アルティメットモルボルだろ!」


「そっちの世界にはないみたいね。これが美味しいんだから」


どこから調達したのか、そのアルティメットゴルゴンゾーラとかいう謎の生物に竹串のようなものをなんの躊躇いもなく刺しこんだナナ。


今ムチョッて言ったぞ!ムチョッて!


それを焚き火の火の前に立てて焼き始めると、奴らの触手がジタバタと揺れ動いて、まるで何かの儀式のような様相となっている。


「ヤバイ·····鳥肌立ってきた·····」


「食べたらもう病みつきになるわよ!」


すごい嬉しそうな顔でそんな事を言われても全く食いたくないんですけど。

いくら腹が減っているからと言ってもこれ食うなら死んだ方がマシみたいな雰囲気なんですけど。


「はい、水」


「あ、あぁ·····」


水だけは普通であってくれてよかった。

水もめっちゃ臭かったりしたら俺この世界で生きていけなくなるところだった。


「とりあえず、ベッドでも作るか。あぁでも寝椅子くらいの方が調子いいかな」


先程から妄想拡張イリュージョンメイカーのスキルを連発しているが、これ使用回数制限とかないよな?

てかこれで魔力使ってたりしたら俺その内死ぬ事なるんじゃ·····。


「おお、これはとてもいいわね!あなたの能力って本当にすごいわ!」


「だろ~?」


俺の家にあったキャンプ用の寝椅子を二つ、見事に再現した俺の想像力はやはり素晴らしい。

ナナもそれに大満足のようで嬉しそうにそこに寝転がっている。

その顔を見れば俺がこの寝椅子を作り出した事に意味が与えられるというものだ。

そんな彼女の姿を横目に見つつも俺もそこに寝転がった。


「ナナ、お前さ、あの村で生まれ育った訳じゃないのか?」


ナナの家で、彼女はそんな事を口走っていた。


【どこの誰かもわからない私を受け入れて、優しくしてくれた】


「そう、私はタッタ村の出身じゃない。自分がどこで生まれて、両親が誰なのかすらわからない。唯一の手がかりはこれ」


彼女は自分の首に巻かれているペンダントをつまんで俺に見せる。

そのペンダントトップはひし形をしていて、中心には緑色の高そうな宝石らしき物があしらわれていた。

もちろん俺の目には宝石の優劣を見抜く程の能力はなく、それがいかなる物なのかは全く想像出来ない。


「なるほどね。んでお前は両親とか故郷とか、自分のルーツを探そうとは思わなかったのか?」


「そりゃもちろんいつかはそうしようとは思っていたわよ。でも私は召喚師のくせにまともに召喚も出来ない半端者だし、旅立つタイミングがなかなか掴めなくて」


「ほうほう、そうだよなぁ。旅立ちには勇気がいるもんなぁ」


「だ、だからね、今回は·····いい機会が訪れたというか。いいタイミングなんじゃないかって思えたの·····」


何故か恥ずかしそうに視線を逸らすナナ。

どこに恥ずかしがるところがあるのかよくわからないのだが。


「多分ここで死ぬんだって思ってた。私の人生ここで終わりなんだって。その覚悟もしていたつもり。でも少しだけ、ほんの少しだけ·····もし生きれたら、旅に出ようと思ってた·····」


「だよなぁ。うん、わかるぞ。俺もいつかは東京に行って輝くんだと思ってた時期もあったからなぁ」


「とう·····きょう?」


「まぁ、こっちで言うところの·····王都ってやつか?」


「あぁ、そういう事ね」


先程までグロテスクな触手を動かしていたアルティメットゴルゴンゾーラがついにその生命活動を停止させたようで、気付けばこんがりといい匂いが漂い始めていた。


「あ、あのさ!」


突然飛び起きたナナに驚いて俺も寝椅子から転がり落ちそうになる。


「ど、どうしたよ!?」


「あの·····その·····」


モジモジと体をくねらせ、その顔はいつの間にか真っ赤に染まっていた。


こ、ここ、この状況はまさか·····!

イケメンにしか許されないと言われるあの·····!

伝説の樹の下で行われるというあの·····!


状況確認!

今俺達のいる場所は村が一望出来る高台。

対面に並ぶ寝椅子、その間にあるのは焚き火とゴルゴンゾーラ。

煙は空高く昇り消えていく。

その空には美しい満月が祝福しているかのように顔を覗かせている。

辺りは静かで俺達の邪魔をする者は誰もいない。

そんな美しい風景の中、語らうのは男と女。

女は顔を染め、何かを言いたげな表情、少し涙目にも見える。

高鳴る心拍数、荒くなる呼吸、彼女が始めようとしているのはつまり!


こ、く、は·····


「ひ、暇だったら私と一緒に·····来てくれない·····かな·····なんて」


「え?」


「あ、あなたはこの世界の事何も知らないし!私がいないと色々と困るだろうし!あ·····でも早く帰りたいわよね·····元の世界に·····」


あぁそういう展開ね。

わかってるさ、知ってるさ。

それはさすがに期待しすぎだろ俺。

さすが限界突破拒絶オーバーリミットキャンセラー、やるなお前。

妹に何を期待してるんだこんちくしょうめ。


「前にも言っただろ。元の世界に戻りたいなんて一言も言ってねーぞ。俺はこの世界に来られて嬉しかったんだ。たった一日の異世界生活で満足するとでも思ってんのかよ」


「え·····」


「どうせやる事もないし。付き合ってやるよお前の両親探し」


俺がそう言った瞬間、彼女は両手で口元を隠した。

口元を隠したが目は隠れてないので、その目から涙が零れるのを俺は見逃さなかった。

その顔を俺に見られる事が恥ずかしいのだろう、すぐに顔を背けると服の袖で目元を拭う仕草をして呼吸を整える。


「ベア族の一件が片付いたらすぐに出発よ!覚悟はいい!?」


「そんなのとっくに出来てるよ。我が偽妹よ」


「それ禁止!」


ちなみにその日初めて食べたこの世界の魚、アルティメットゴルゴンゾーラは少し焦げていたが意外と美味かった。

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