第11話 大貫衣弦、偽妹と共に!

「調停者オオヌキイヅル、我らベア族は一夜考え抜いてきた。これから先の一族の未来の事を」


朝になり、ベア族はしっかりと約束を守ってやってきた。

いつの間にか俺の事を調停者とか呼んでしまっているのがなんだか俺自身恥ずかしい気持ちになるが。


「我らベア族はいつからこんなにも成り下がってしまったのだろうと、いつからこんなにも横暴になってしまったのだろうと気付かされた。先日、そなたの強さを、奇跡を目撃し、我らを圧倒してなお手を差し伸べるその信念、それは久しく忘れていた我らが持つべき心であった」


うおおお!なんかやべーぞ!

俺すごいことした事になってんぞ!

あの数を相手にするのが厳しいから説得しただけなのに!


「故に、これより我らベア族は、かつて竜騎士と勇敢に戦った戦士達の誇りを忘れず、そなたのような信念を持って新たな道を歩もうと決断した」


ベア族の長、確か名前はドルド?ゴルド?だったか?

その長が俺の前に跪いて、金髪頭を俺に向ける。

しかしデカイな。


「調停者オオヌキイヅルよ。そなたの照らしてくれた道を、我ら一族は全霊を持って歩む。ここで出逢えた事、天の導きに感謝を·····」


こいつ本当に昨日のクマのボスか?

一日経ったらなんかキャラ変わってない?

もうちょっと獰猛なキャラだったような、まぁいっか。


「よくぞ決断した同胞よ。ならばまずは共にあの村へ行くとしよう」


タッタ村はこのベア族の被害にあっていた村だし、この先も一番ベア族と関わり合いが多くなるだろうからな。

ナナの大切な村だからこそ、共存という選択によって心配の種もなくなる。


その後、村に降りてきたベア族に反撃をしようとしていたタッタ村を何とか説得して、村長と族長の対談が実現。

ベア族とタッタ村に和平の約定が結ばれ、種族の壁を超えた未来が動き出そうとしていた。

これはこの世界にとってはすごい事だそうで、間を取り持った俺はやたらと感謝される事になった。

ナナの追放処分もたった一日で撤回され、その日は新たな歴史の始まりの日を祝う宴会が開催される事になった。


「どこから現れたのか、まさに救世主オオヌキイヅルさんだ!」


「あ、はいどーも·····」


「イヅルさんの功績を称え、乾杯といこうじゃないか!せーのっ!」


「カンパーイ!」


世界の主人公的なポジションを目指してはいるが、やはりこういうお祭り騒ぎ的なものには慣れそうもない。


結婚式やら葬式やらで親戚達との酒の席に参加する事はあったが(もちろん酒は飲んでいない)、うちの親戚は葬式だったとしてもすごい盛り上がっていて、俺はいつも置いてかれている感じだ。

学園祭の時もそう、みんながやたらと盛り上がっている最中、俺は端でそれを静かに見ているような人間だった。

そう、俺はいつも脇役だったからだ。


今日は俺が中心人物で、村の人々は楽しそうに酒を飲んだり踊ったりしているが、俺はやはりその輪の中には入れそうもないし、入ったら疲れるんだろうなとか考えていたりする。

ようやくたどり着いた、待ち望んだ主役の座だというのに、どうしたらいいかわからないというのが本音だ。


俺がモンキー・D・なんちゃらって主人公だったらこういう宴も最高に楽しめるんだろうけど。

どんちゃん騒ぎの中心から外れて、俺は一人外の夜風に当たりに行く。


外に出るとこの村の村長に出くわした。


「ほっほっほ、楽しんでいますかな?」


「そうですね、ボチボチです」


「まさかあなたとナナリーが、このような事をやってのけるとは人生何が起こるかわかりませんな。あのような仕打ちをしてしまった我々の事を責めてくれて構いません」


「いえ、別に·····。元々俺が撒いた種ですから·····」


自らが撒いた種を、芽が出る前に自ら回収しただけ。

ただそれだけ。


ただし俺は元々それが出来る人間じゃなくて、撒いた種を誰かが摘み取ってくれるのを待つしかなくて。

だから最初から種を撒かない事を選択していた。


ずっと。

これからもそうだと思っていた。


「一つ、お聞きしてもいいですかな?」


「はい·····」


「どうして、ここまでして下さったのですか?あなたにはこの村に何の恩義も、義理もないでしょう?そのまま見捨ててもよかったはずですが」


確かにこの村は俺の知らない村で、俺の知っている世界でもなくて、無くなったとしても俺には関係のない事だったのかもしれない。

アニメやゲームの世界で村が滅ぶなんてよくある事で、そこに何か強い感情を抱いた事なんてあるわけもない。

ここがゲームの世界じゃないって事はわかっているが、異世界であればそんな風に考えてしまってもおかしくはないだろう。


なら俺はどうしてこの村を守ろうとしたのか。


「ナナリーがいたからですよ。彼女がこの村を大切に思っていたから、俺はそれに力を貸したに過ぎません」


そう、それが答えだ。

俺がこの村を守ろうとした訳ではなく、彼女がこの村を守りたいと思ったからなのだ。


「元々俺はとてつもなく非力で臆病な人間だったんです。何の力も取り柄もなかった。そのくせ夢ばかり見る典型的な夢想家でした」


考えれば考えるほど本来の自分の姿に嫌気がさしてくる。

本当の自分が嫌いで、その全てを抹消してやりたいとも思える。


「そんな俺がこの世界に来て力を得た。この力があれば誰かを守れる、なりたかった自分になれるんだと思えたんです。こんなクズみたいな俺が誰かの力になれるんだと、それが嬉しかったんですよ」


力があれば勝者であり、無ければ敗者。

森羅万象、生きとし生けるもの全て、弱肉強食の世界。

それが自然の摂理、絶対的な理。


どんなに望んでも上手くいかない者もいれば、望んでなくとも上手くいく者もいる。

高みに立ち見下ろし続ける者もいれば、最下層で這い上がる事も出来ない者もいる。


最初から勝者と敗者は決まっているのだと、俺は思った。


「だからあの子の力になれてすごく嬉しかった。あの子の望んだ結果になって満足してるんです。こんなに嬉しいとは思いませんでしたよ。こんな俺が·····」


「そうでしたか·····」


「大した理由じゃなくて拍子抜けしたんじゃないですか?」


「いやいやそんな事はないですよ。それは立派な意志です。笑われるような事ではない」


俺の肩をポンッと叩いた村長の顔はとても嬉しそうだった。

そのまま村長は自分の家の方へと歩き出す。

歳の割には足腰しっかりしてるなとか思っていると、そこで一度立ち止まって振り返った。


「そうそう、なんとなくでいいので覚えておいて下さいな」


「え·····?」


「無力であっても無価値ではない。以前のあなたがどうであれ、あなたの意志はきっと強く輝いている。強者には見えないものも、あなたはきっと手にしているはずですよ」


そう言い残して去っていく村長。

その背中を見送りながら、俺はぼんやりとその言葉を噛み締めていた。


「あぁ、いい言葉だな村長」












夜遅くまで続いた宴も自然とお開きとなり、昨日の宴がまるで幻だったかのように村は静まり返っていた。


それもそうだ。

まだ太陽も昇らぬ早朝。

あれだけ飲んだくれていた村人達が起きてくるのはまだまだ先の事だろう。


「本当にいいのか?」


「えぇ、もちろんよ。お別れはもう一昨日に済ませてある」


まだ薄暗い景色の中、俺たちは村の入口に立っていた。

ナナにとっては感慨深いものがあるだろう。

それでもその顔にはもう涙はなかった。


「行こう」


「あぁ」


俺達は一緒に村を出る。

歩き始めると同時に、空に光が差し込んできた。

俺達の旅立ちを祝福するかのように、空は綺麗な深い青、差し込む朝日がその向かう先を照らす。

周りの山々の緑が色濃く際立ち、小鳥が群れをなし空を飛んでいく。


そんな俺達の耳に、遠くから微かに声が聞こえた。

振り返ってみればそこには、遠くで手を振る村人達の姿があった。

老若男女、昨日酔い潰れていた奴らや、子供達もいる。


ナナは最高の笑顔で両手を大きく振った。


旅立ちとはこうあるべきだ。


祝福され見送られる。


涙ではなく、笑顔で。


「旅の始まりだナナ。覚悟はいいか?」


「それはこっちのセリフよ。覚悟はいい?イヅル?」


俺達の本当の冒険が今、幕を上げたのだった。

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