第8話 大貫衣弦、夕焼けに染まる!
「ナナリーお姉ちゃん!」
村を出ようと歩いていた俺達に向かって駆けてきたのは幼い少女。
少女は俺の事を完全に無視してナナの元へと突進、その手を掴んで泣きそうな顔をしていた。
「あたしね、聞いたの·····。ナナリーお姉ちゃんがついほーされるって·····」
少女の後を追い、同じようにちびっ子達が数人集まってきてみんな同じように暗い顔をしている。
「姉ちゃん、本当にそうなのか?この村から追放されるのか?」
「ヤダよ~!行っちゃヤダよ~!」
それぞれがそれぞれの言葉を口にして全く纏まりはないが、言いたい事はみんな同じ事なのだろう。
ナナリー、行かないでと。
「はいはい、泣かないの。そんなに泣き虫じゃ私も安心出来ないでしょ?」
「でも!でも~!」
あぁ、子供ってなんでこんなに素直なんだろう。
俺もあんなに素直だった時代があったのだろうか。
いや、子供の頃からいくらかひねくれていたような気がするが。
「僕知ってるよ。あいつのせいなんだろ?あいつのせいでナナリー姉ちゃんは追放されるんだ」
あぁそうそう、俺はこういう感じの子供だったと思う。
その少年が俺の事を指さしたお陰で、子供達の憎悪に満ちた視線が俺に刺さる。
「何言ってるの。そんな訳·····」
「その通りだ少年少女よ。俺がナナリーを追放へと追いやった張本人だ。恨むなら恨め。憎め。怒れ。俺はこのままナナリーを連れていく」
「ちょっとイヅル!」
「事実だろ。俺のせいなんだから、その悲しみや怒りも全部俺に向ければいい」
ここの子供達の事なんて俺は何も知らない。
だから嫌われ役も全部受け入れる事が出来る。
もちろん元の世界だったら逡巡していたところだろう。
世界が変わっても嫌われるのは嬉しい事じゃないが、子供達には明確な憎む対象がいた方がわかりやすい。
〇ンパンマンの悪役、〇イキンマンが実は良い奴だったりしたら子供は混乱するだろうし。
「許さないぞ!絶対!」
「あぁ、それでいいさ少年。いつかお前にもわかる日が来るさ」
俺はそのままカッコよく立ち去る。
が、さすが子供だ。そうはいかない。
「待てこの悪魔!」
「ここでギッタンギッタンにしてやる!」
「わ!バカ!お前!俺のカッコイイコートを引っ張るな!高かったんだぞ!あ、0円だったわ!」
そんな俺たちの様子を見たナナは強い口調で言い放つ。
「やめなさい!」
その言葉で子供達は一気に意気消沈。
怒らて落ち込んで顔を俯かせてしまった。
そんな子供らしい姿を見てナナは口元を緩ませる。
「いい?よく聞いてね。私はこの村を出ていく事になったけど、それは誰のせいでもない。私は私の意思で村を出ていくの。突然だったけどごめんね。まともにお別れも出来ないけど、あんまり悲しまないでね」
ナナの言葉に少女はついに泣き始める。
これからもう会えなくなるという事は、少女にとってあまりに悲しい事なのだろう。
その気持ちは俺にもよくわかる。
「それにお別れじゃないわ。また会える。あなた達が大きくなったら、またいつかどこかで必ず。だから大丈夫。こんな事で泣かないで。みんな強い子なんだから」
「うん·····」
「お姉ちゃん·····」
「またね、みんな」
子供達に別れを告げ、俺達は共にタッタ村を出る。
村を出るまでナナは一度も振り返らなかった。
その理由は聞くまでもなく、見るまでもない。
子供達に涙を見せたくなかったからだ。
だから横を歩いていた俺もナナに言葉をかけられなかった。
俺が巻き起こした騒動で、彼女にこんなにも辛い思いをさせてしまったのだと再認識させられたから。
この村に来て、この世界に来て初めての夕暮れ。
村を囲う大きな山々の向こうへと日が沈んでいく。
その光は淡く、空を綺麗なオレンジ色へと変化させていった。
「ごめんね、ちょっと感傷的になった」
「そうか·····」
村から離れ、山の方へと登り、村を一望できる高台へと到達したところで俺達は腰を下ろす。
美しい夕焼けを見ていると、俺もどこか感傷的な気分になっていた。
「ねぇイヅル、あなたは別の世界から来た。大事な人にお別れも言えず、向こうでの人生も私が壊してしまった·····。やっぱり悲しいよね·····?」
「壊した訳じゃないさ。俺の人生は元々半分くらい壊れてた訳だし。この世界に来れた事は素直に嬉しかった。待ち望んでいた夢だったから、お前は夢を叶えてくれたんだ」
「夢なの?この世界が?寂しくないの?心細くないの?心残りだってあるでしょ?」
「心残りはあるな。俺がこの世界に来た事で向こうでは今どうなってるんだろうとか。俺の親や妹は心配してくれてるんだろうかとか。親不孝もいいところだな。そこだけちょっとな」
俺は召喚された。
という事は向こうでは俺は失踪した事になる。
俺が異世界に召喚されたなんて思う訳もなく、信じる証拠もないだろう。
いくら探したところで俺を見つける事は出来ないし、この世界にいる限り俺は永遠に失踪者だ。
「ごめんなさい·····」
「謝るなって、俺は満足してるんだからな」
「私だったら嫌だなって思うから」
「ナナが俺の世界に生きてたら·····」
何を言ってるんだ。大貫七夏はしっかりと向こうの世界で生きてるじゃないか。
俺と違って人当たりも良くて友達も多そうだし、毎日が楽しそうに見えた。
希望なんて全くなかった俺とは違う。
「あ、いや·····なんでもない」
「そう·····」
あんまり考えすぎるのはよくない。
どうあれ俺は今この世界に来てしまったのだ。
向こうで大騒ぎになっているかもしれないが、それを考えたところでどうこう出来るわけもない。
それにナナも言っていた。
俺を元の世界に戻す事が出来るかわからないと。
元々事故でこの世界に召喚された俺を送り返す事は難しいように思える。
なら、もう戻れないと腹を括ってこの世界で生きてやると思った方がいい。
それならば思いを馳せてばかりではいられない。
「なぁ、この世界ではみんな魔法が使えるのか?」
出来る限りこの世界の事を知っておいた方がいいだろう。
この世界で生きていくために。
「みんな使えるって訳じゃないわよ。使えるのは魔力を持つ者のみ。魔力って言っても、人によってかなりクセが強くて偏りが出る」
「例えば?」
「私は召喚師、魔力を精霊の召喚に使う。精霊の加護のお陰で火と風の魔術を使う事は出来るけど、それ以外を使う事はまず無理」
「なるほど」
「水の魔術を扱う魔術師なら水以外の魔術はほぼ扱えないし、呪術師には基本的に呪術しか扱えない。そういう偏り」
「じゃあ、あのクマ達の中にも魔術師がいたりもするのか?」
「まぁゼロじゃないけど、ベア族は魔術を扱う種族じゃないから、魔術を使ってくる事はまずないと思う」
ナナは魔術を使えるので遠距離の攻撃が出来る。
クマは近距離のベアクローかベアタックルしか攻撃手段がないわけで、その点はこちらがいくらか有利か。
ようは近付けなければ勝機はある。
「ちなみに魔力ってのはなくなったらどうなる?」
「魔力は生命エネルギーそのもの。使えば使うだけ消耗し体力が削られていく。全て使い切れば死ぬわ」
「マジかよ·····。ナナ、お前の魔力でどれだけもつんだ?」
「私はこれでも召喚師、召喚には莫大な魔力を使うのよ。だからそこら辺の魔術師よりも強大な魔力を持ってる。どれくらいもつかって言われてもよくわからないわ」
まぁ確かにかなり曖昧な質問をしてしまったが、それなりに期待は出来そうな気がする。
「じゃあ次の質問、クマ共は今日攻めてくるのか?」
「ベア族は基本的に単純だからあんまり待ったりしない。その身体の強さで勝ってるから傲慢なの。多分ベア族の一味を引き連れて戻ってくるまでにそんなに時間はかけないと思うわ」
「なーるほどねぇ。確かに単純そうだったな」
空の色がオレンジ色から群青色へと変化していくと、森がざわめき始める。
何となく俺にも感じ取れた。
まもなく始まるのだと。
森の奥から足音が聞こえていた。
足音がどんどん近付いてくると、それに比例して俺の心拍数も大きくなっていく。
やがて森の中から姿を表した大軍。
その数、50はいるだろうか。
先頭に立っていたのは先程俺達に絡んできたカウボーイハットのクマ。
「おおっと、まさかこんなところでわざわざ待っているとは。そんなに早く殺されたかったのか、ああん?」
「本当に予想通りに来るとはねぇ·····」
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