第5話 大貫衣弦、竜騎士になる!
あーあーあー、どうすんだよこれ。
この状況を打開する為に俺が思い付いた策。
ハッタリで相手を翻弄する事。
しかも咄嗟に出てきた通り名が漆黒の
「
うおっ!乗っかってきた!
てかこの世界に竜騎士もいたのか!
「死に絶えた、そうだな。それはある意味正しい。確かに俺達は死に絶えた、はずだった」
「ハッタリだ!そんな言葉を信じると思うなよ!」
クマ達にとって竜騎士は恐れられるような存在のようだ。
咄嗟に口に出した単語がまさかここまでの効果を発揮するとは、普段からゲームやアニメの世界にどっぷりと浸かっていた成果があったな。
元の世界でこんな事を言ったら厨二病キモイと言われて蔑まれるだろう。
異世界最高だよ!
「信じろとは言っていないぞ。俺はただ事実をありのままに話しているだけだ」
「ぐぬぬ·····」
「わからないのなら試してみるか?ただし試したが最後、それを知った時お前はこの世にいないがな」
絶対に試すとか言うなよ。
怖気付いて引き下がりやがれ。
じゃなきゃもう後がねーんだからな!
「さっさと村から出ていけ。見逃すのは今回だけだ。次はない。意味はわかるな?」
「チッ!」
クマのアニキはそのウルヴァリンのような爪を腕の中に収納し、こちらに睨みを利かす。
俺はそれに全く動じない素振りを見せて不敵な笑みを続ける。
「このまま終わると思うなよ竜騎士!必ずお前を殺す!」
「賢明な判断だ」
俺の豪快なハッタリに恐れをなし、クマ達は森の方へと戻っていく。
やっぱりクマだけに森に住んでるのかあいつらは。
正直なところ、心臓は今でもバクバクと脈打っていて生きた心地はしない。
あんな子供騙しのような嘘にあっさりと引っかかるとは思ってもみなかった。
偏見だが黄色いクマにしろ、赤い帽子のクマにしろあまり知的なクマを俺は知らない。
「見事に撃退、見たか俺の勇姿。ふはははは!やれば出来るじゃないか俺!カッコイイ!」
スキルやレベルなんかに頼らなくてもハッタリだけで相手を圧倒する事が可能。
これはこの世界に来たからこそ出来る芸当なのだ。
そう、この世界では俺の事を知っている人物がいない。
つまり俺はこれから何にでもなる事が出来るのだ。
いつまでもつきまとうしがらみや過去もない、就職活動やら試験勉強なんて辛い人生からも解放。
「素晴らしい、素晴らしいぞ異世界!俺はついに自由を手に入れたのだ!」
空から降り注ぐ太陽らしき星の光、青い空に白い雲、長閑な村に穏やかに流れる時間と心地いい風。
俺は今、全てから愛されている。
「どうだナナ!カッコよかっただろ!?」
俺の素晴らしい作戦が功を奏した事でナナは目を輝かせて俺の胸に飛び込んでくるかと思いきや、どういう訳か距離をとって俺の事を睨み付けているナナ。
「あんた·····竜騎士なの?」
「どんだけ信じやすいんだよお前ら」
まさか俺のハッタリが仲間にまで通じてしまうとは、俺の演技力もかなり洗練されているようだ。
「全部嘘ってこと?」
「まぁな、竜騎士って響きが強そうだから適当に言ってみたがまさかこんなにも効果があるとは思わなかったぞ。そもそも剣だって持ってないし」
ナナはわざとらしく大きな溜息を吐いて頭を抱える。
俺の妹の七夏もよくこの仕草をしていたのでわかるが、主に呆れている時か怒っている時に見られる仕草だ。
「状況はさらに悪化ってとこね。もう、取り返しがつかないかもしれないわ」
「えっと、もしかして竜騎士ってのはこの世界のNGワードだった?」
「NGワードって何か知らないけど、竜騎士を名乗ったら非常にまずい事になるわよ」
「それをNGワードというのだ」
俺は物わかりのいい人間だと自負している。
元の世界では差別用語なんかを誤って口にしてしまうと殺される国もあるくらいだ。
世界が違うのであればもちろんNGワードも変わってくる訳で、この世界でのNGワードの一つが竜騎士だったというだけの話。
「取り返しがつかないってどれだけヤバイんだよ?」
「あなたが殺されるくらいかしら。それだけで済めばまだマシだけど·····」
「マシなのかよ!?」
俺にとっては一番問題ありなんですけど。
「まぁあなたと一緒にいた私も仲間だということで殺されるわね。もしかしたらタッタ村も·····」
「おいおい待て待て、じゃあどうすればよかったんだよ?全力で逃げるのが正解だったのか?」
「奴ら獣人ベア族は巨体を持っているけどスピードも速いのよ。人間の足で逃げても追いつかれてたわ」
「じゃあ·····」
「私が囮になっていたらあなただけでも逃げ切れたかもしれなかったのに·····」
マジかよ。
つまりあの時の正解の選択肢は『ナナを見捨てて逃げる』だったってことか?
俺はわざわざ自らの身の危険も顧みず『勇敢に立ち向かう』を選んだってのに。
ギャルゲーだったらプレイヤーもお怒りになる選択だぞ。
「みんなに知らせないと·····。奴らが本気で攻めてきたら村はひとたまりもない」
口は災いの元とはよく言うが、まさか俺のハッタリがこんな災いを呼び込んでしまうとは。
さっきまでの高揚感は一気に鎮まり、俺の中には大きな不安と恐怖が湧き上がっていた。
調子に乗ったのは認める。
元の世界では調子に乗った発言や行動はとても出来なかった。
そういう事をすると痛い目を見るのがわかっていたからだ。
その抑圧されていた感情がこの世界に来た事で解き放たれてしまった。
「でもイヅル、あなたが私を助けてくれた事は感謝してる。あなたがいなかったら私は多分死んでいたと思う。少しだけ寿命が伸びた。ありがと·····」
「あ·····うん·····」
俺の行動はこの世界では軽率だったかもしれない。
しかしそれでも俺は生まれて初めて誰かを助けた。
非力な俺が誰かを助けるなんてありえない話だったし、こうして感謝されるなんて妄想の世界の中だけの夢だった。
こんなにも嬉しいものなのか。
勇気を振り絞った末に手に入れた些細な一言が。
「イヅル、事故とはいえ私はあなたをこの世界に呼び出してしまった。あなたに罪はない。だからこの世界でこれから起こる事に責任はない。あなたが気負うことは全くない」
「·····」
「だからあなたを死なせたりしない。出来るかわからないけど、あなたを元の世界に送り返すわ」
「え?お、おい、ちょっと待てよ!俺は帰りたいなんて一言も言ってないぞ!」
「この世界にいたら危険なの。私が死んだらあなたを送り返す人がいなくなる。だから出来る限り早くやらなきゃ。あなたは永遠にこの世界の住人になってしまう」
ここはどこかわからぬ異世界の地。
俺が生まれ育った世界とは全く異なる場所。
ここには愛着もなければ家族や親戚がいる訳でもないし、そもそも知り合いすら目の前の女の子以外にいない。
この子が死んだらもう戻れない。
日本の片隅で弱者として生きてきたあの日常には戻れなくなる。
いい事はほとんどなくて、生きながらも死んでいるような気持ちだったあの場所に。
しかしあの場所には家族もいて、少ないながらも友人もいて、大好きなゲームやアニメもあったりして。
本物の妹もいた。
でも本当にいいのか。
この少女を見捨てるような選択をして。
まだ異世界を全く堪能していないというのに。
あぁそうか。
そんなに考える必要はないじゃないか。
俺は何を考え込んでいるんだ。
簡単な話だ。
「つまりお前が死ななければいいだけだな」
「え?何言って·····」
「俺が守ってやるよ。そうすれば全て解決だろ?」
背の小さな召喚師は一瞬時が止まってしまったかのように口を開けたまま俺の事を見つめていた。
見つめ返した俺の視線に耐えきれなくなった彼女は俯いて頬を染める。
「な、何言ってるのよ!死ぬわよ!?あなたも!」
「さっきは死ななかったぞ」
「そういう話じゃない!戦闘になったら勝ち目はないの。せめて私がもっと強ければ·····。ちゃんとした召喚師だったら·····」
「わからんぞー?本当は俺めっちゃ強いかもしれんぞー?」
なんといってもめちゃめちゃカッコイイ名前のスキルを二つも持ってるんだからな。
「なんで·····」
「ん?」
「なんでそこまでしてくれるのよ·····。私はあなたを勝手に呼び出して危険に晒してるっていうのに·····」
確かにどうしてだろうか。
それは俺自身もよくわからない。
やっぱり妹と重ねてしまってるからなのか。
「さぁな、よくわからんけど。強いて言うなら·····」
色々と無駄な事を考えるのはやめよう。
ただ単純に俺は、俺のしたいことをすればいいのだ。
「漆黒の
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