第3話 大貫衣弦、外に出る!

異世界。


それは誰しもが夢見る桃源郷。


リアルに不満を持つ非リア充なら異世界に行って最高の時を謳歌したいと一度は願ったはずだ。


この俺、大貫衣弦ももちろん漏れなくその一人。


俺が異世界に思いを馳せたのは一度や二度なんかではない。


百度、いや千度は超えているだろう。


しかも俺の場合、他の人と違いその妄想のリアリティは群を抜く。


例えば吹き抜ける草原の風、遠くに聳える山は削れて岩肌を露出させ、天から降り注ぐ眩しい光と青い空、風に流れどこへ行くのか白い雲、そんな場所に一人立ち思いを馳せる。

これからどこへ行こうか、まだ見ぬ洞窟内を探検し希少なレアアイテムを入手しようか、森の中に潜む魔物と熱いバトルを繰り広げるのか、湿地帯に隠された財宝を探す旅に出るのか。

そしてその道中、他の冒険者との出会い、迫り来る危険モンスターを俺の持つ伝説の魔剣エターナルソードでなぎ倒す。

森ではエルフの美少女と運命的な出会いをして、町ではパンを咥えた猫耳少女とぶつかったりして。

美しい人型の精霊と契約を交わし、イチャイチャしながら毎日を過ごしたり。

超絶可愛い王女様となんやかんやあって仲良くなり、イチャイチャしてみたり。

天使とかいたら一緒に空飛びながらイチャイチャしたり。


「ちょっと、気持ち悪いからニヤケないで」


「おっとジュルッ!」


やべ、ヨダレ出てた。


ついつい浮かれて妄想が加速してしまったようだ。

そりゃこんな状況になれば誰だってヨダレくらい垂らすだろう。


「異世界って最高だなぁ」


俺はこの世界に来て初めて外の空気を吸った。

偽妹のナナリーに連れられて、恐らく彼女の家だった場所から外へと踏み出したのだ。


何故外へ行く事になったのかというと、俺が外を見たかったというのもあるが、着るものがないという事が大きい。

ナナリーは身長150cm、これも俺の妹とほぼ同じ。

そんなナナリーが身長177cmの俺に合う男物の服など持っている訳もなく、仕方なく買いに行こうという事になったのだ。


もちろんパンツも。


「そういや俺全裸だったはずだけど、お前が俺に服を着させてくれたのか?」


「そ、そうよ!悪い!?」


「全裸の俺に服を着せたのか?」


「だからそう言ってるじゃないの!」


「ズボンも?」


「·····」


ナナリーは顔を赤らめ何やらその時の事を思い出してしまっているようだ。

なんだか可愛い奴だな。


「か、勘違いしないでよね!全然見てないんだから!そんなの見たら目が腐るわよ!」


「何を言うか!目が腐るとは失敬な!誇り高きオーガ族のツノを侮辱するとは!」


「そんな汚いツノなんて消し炭にしてくれるわ!」


「そ、それだけはやめて!」


外へ出て村を共に歩く。

ここは村なので、ファンタジー世界でよくある長閑な田舎村という雰囲気だ。

畑やら畑やら畑やら、あと畑やらがどこを見ても視界に入ってきやがる。どんだけ田舎なんだよ。


あまり高さのある建物もなく、物見櫓みたいなのと、風車みたいなのがそこそこ高い建物か。

まるで昔の時代にタイムスリップしたかのような光景だ。


「おうナナリー!男連れとは珍しいな!」


ハゲたおじさんが気さくに話しかけてくる。

どうやらナナリーとは顔見知りのようだ。

まぁこの人気の少なさ的に見れば村人全体が知り合いのようなものだろう。


「あぁレントさんこんにちは。ちょっと色々と訳ありでして」


「ほう、そうか。確かに見ない顔だな?」


「ふふ、それもそのはずだ。なんてったってこの俺は、別世界より召喚され·····」


「あーこの男、ちょっと頭がイカれてまして。訳のわからない事を口走っちゃう癖があるんですよ」


「イカれてなどいないわ。バッチリ正常絶好調!俺の話す言葉は全て真実。故に常人には理解出来ない事もある」


俺のカッコイイセリフにハゲたおじさんは呆然とした様子だ。

やはり俺についてこれる力量は持ち合わせていないようだな。


「ご、ごめんなさいね。私達急ぎますので」


俺の服の袖を引っ張って早足で先導を始めるナナリー。

しばらく歩いた後、急に立ち止まると物凄い剣幕で俺に詰め寄ってきた。


「ちょっとあんた!あんまり調子乗らないでよね!私が変な奴と関わってるって思われちゃうじゃないの!」


30cm近い身長差のせいで、ナナリーは俺を見上げるような格好になっている。

怒っているようだが、なんだかそれも可愛く見えるのはナナリーに妹を重ねてしまっているからなのか。

俺はついその頭に手を置いてなでなでしてしまう。


「そんなに怒んなって。別に何か悪い事した訳じゃねーんだからさ」


「ん·····」


俺のなでなで攻撃が意外と効いたのか、怒りのボルテージは一気に鎮火して頬を赤らめている。


「ま、まぁいいわ。次からは勝手な言動、行動は慎むように。あんたはまだこの世界の事何も知らないんだから」


「もしかしてさっきのおっさんとの会話の選択肢を間違えると死ぬとか、そういう死にゲーのトラップが仕掛けられてるとかないよな?」


「何言ってるの?死にゲー?そっちの世界の話はよくわからないわね」


「わからないならそれでよし」


とりあえず現時点でわかった事。


言葉が通じるというこの上ない優しい設定のようだ。

村人1との会話も一応成立していたし、内容を聞き取ることも可能だった点を見ると人間との会話は可能。

言語が理解出来ないとかそういう上級レベルの設定だったら詰んでいるところだった。あぶねー。

ただしあくまで人間とは会話が出来るというだけであり、この世界にいるであろう他の種族と会話が通じるかはわからない。


さりげなくオーガ族って言葉を使ってみたが、ナナリーはそれをしっかりと受け取ってくれたのでオーガ族はいるんだろう。

となればやはり想像し得るあらゆる種族がこの世界に住んでいると考えるのが妥当。


お待ちかねのエルフとか、獣人とか、そういう俺の待ち望んだ種族もいる可能性はグーンと跳ね上がった。グーン!


「ってか買い物でどこまで行くんだよ?」


さっきからずっと歩いてるが、服屋らしき店はこの村に全く見当たらないのだが。


「隣町よ。そんなに遠くない。歩いて40分くらいかな」


「40分!?」


運動は学校の体育くらいしかしてないので、40分の歩行というのは俺にとっては拷問に近い。


「チャリは!?バスは!?車は!?」


「なによそれ」


「乗り物だよ!なんかないのか!?」


「馬車ならあるけど、隣町に行くのにわざわざ馬車を使う必要もないでしょ」


「マジかよ·····。ここは中世か·····?」


そして新たに発覚した事実。

時間の概念も現世と同じのようだ。

一日が何時間なのかはまだわからないが。


「あぁ、そうそう忘れてたわ」


ナナリーは首にぶら下げた茶色の毛皮っぽいバッグをまさぐり、そこから手のひらサイズの物体を取り出した。


「これ、あなたを召喚した時に一緒に落ちてたの。何かわかる?」


「うおおおおぉーー!」


わかるも何も、現代人なら誰だって知ってる代物だろーー!

なんて洗練されたデザインなんだ、くぅーー!


「俺の携帯ちゃん!」


それを奪い取って頬擦り。

この世界にとても似つかわしくない近代技術の結晶。


スムァートフォーン!


「そ、そんなに大事な物なの·····?」


「もっちろんだ。俺たちの世界では、こいつは相棒。朝から晩まで寝食を共にする、絶対に欠かせない存在なのだ」


「それが·····相棒?あなたのいた世界ってなんか変な世界な気がしてきた·····」


早速愛する携帯ちゃんのホームボタンを押してみれば、見慣れたトップ画像が表示される。

俺の二次元の嫁、アリシアちゃんだ。


「随分と下品な格好の女の子ね」


「おい、言葉に気をつけろよ。これはアリシアちゃんのコスチュームなのだ。ほどばしるエロスとこの顔、そして美声がたまらん。俺の嫁だ」


アリシアちゃんの巨大な胸元を隠すのは風に吹かれたら飛んで行きそな布切れ一枚。

下半身は超ミニスカ、下着を隠す気がないと言えるレベルで見え見えだ。


「え!?あなた結婚してるの?」


「俺の世界では最高に可愛い女の子を見つけたら嫁と呼んでいいという文化があるのだ」


「うわ、こわ。あなたの世界はやっぱりおかしい」


ナナリーは少し誤解しているようだが、わざわざそれを訂正する理由もないので放っておこう。


慣れた手つきでロックを解除してみたはいいが、やはり予想通りこの異世界に電波など届くはずもない。

電波が届かなければ電話はもちろん、ネットサーフィンもYouTubeも全く利用出来ないという事になる。


うわ、携帯意味ねーじゃん。


まぁ異世界に来た訳だし、これから携帯などいらない生活を送る予定なので別になくても構わないけどね。


「ん?」


携帯のホーム画面、インストールした覚えのないアプリのアイコンが一つ増えている事に気がつく。


「こ、これは·····」



アプリの名前は·····



『あなたのステータス』



「キターーーー!!」

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