異世界での生活、始まる

第2話 大貫衣弦、異世界に立つ!

朝、目が覚める。

小鳥の囀りが心地良い。

なんか悪い夢を見ていた気がする。


そう、妹がグレて俺を殺すというなんとも恐ろしい夢だ。

さらに俺は何故か全裸で股間は臨戦態勢という訳がわからない設定だったな。

我ながらなんて壮絶な夢を見たものか。

しかしやけにリアルな感覚だったのも覚えている。

むしろリアルだったからこそ夢を忘れていないって方が正しいのだろう。


もしあれが現実だったら俺は恥ずかしくて妹に顔を見せられない。

なんてったって、兄であるこの俺の男の姿、いや漢となった姿をしっかりと見られている訳で。

そこにいたのは子供の頃のゾウさんなんて可愛いものではなく、怒り狂ったオーガのような変わり果てた姿なのだ。


まぁしかし夢で助かった。

兄としての体裁は守れそうである。


「ん?」


そんな考え事をしていたせいで、視界の中に違和感がある事に全く気付かなかった俺。

見上げていた天井が俺の知っているものとは明らかに異なっている。


「知らない天井だ·····」


思わずシンジ君のセリフを呟いてしまったが、内心穏やかとはいかない。

俺は未だに悪夢の続きを見ているのだろうか。

恐る恐る周りの様子を確認してみると、心の中のざわめきが一気に大きくなっていく。


「どこだ·····ここは·····」


またしても知らない部屋。

例のごとく自分の部屋でもなければ、妹の部屋でもないし、俺の家ではない。

かといって病院とか施設とかそういう場所にも見えない。

昨日の悪夢で見た部屋とも違い、今度は普通の一般的な部屋のサイズ。

木製の机や椅子が置かれていて、今俺が横になっているのも木製のベッドのようだ。


「目が覚めたみたいね」


「ひゃんっ!」


突然の声に驚いた俺は女の子も顔負けの情けない叫び声を上げてしまう。

俺のそんな反応にも表情を変えず、少女は俺の傍らに立ったまま俺の事を見下ろしていた。


「聞きたいことがある。あなたは何者なの?」


そこにいたのは俺の妹、大貫七夏おおぬきななだ。

しかし悪夢の続きのようで、髪の毛の色は紫色のまま。


「何者って·····俺はお前の兄の衣弦いづるだろ?」


「私に兄なんていない。イヅルなんて人間も私は知らない。誰かと勘違いしてるだけよ」


「勘違い?」


冷静になってまじまじとその顔を覗き込む。

顔立ちも背格好もどう見ても俺の妹にしか見えないが、違いがあるとすると髪の毛の色とその服装、あとは目の色か。


カラコン?


「私の名前はナナリー・ラ・フェン・アリシュフェルト。あなたをどこからか呼び寄せてしまったみたいね」


「ちょっと待て、よくわからんから今の状況を整理させてくれ」


俺はようやくベッドから上体を起こし、自分の体を確認する。

昨日は全裸だったが、今は病院服のような物を着せられていて股間も落ち着きを取り戻していた。


ナナリーと名乗った妹に激似の少女は俺の行動に警戒し、ベッドから距離をとる。

自分の顔や体をベタベタと触ってみれば確かにしっかりと感覚があり、いつもの俺と相違ない。


「夢じゃないのか·····」


ベッドから降りて地面に立つ。

体のダルさも特になく、睡眠不足のような感覚もない。正常。

思考も通常通り、視界も良好、体の動きも問題なし。


となると今一番俺が知るべき情報は、ここがどこなのかという点だ。


すぐ横に窓があったので、まずはそこから情報を得ようと覗き込んだ俺。


「·····」


わかっていたといえばまさにその通りだ。

ここに至るまで色々とおかしいと俺の頭が理解しているから、そこから見た景色が普通じゃないという事はおよそ想像の通りとも言える。


俺が住んでいた町とは似ても似つかない、そんな感想しか浮かばなかった。


「ここはどこなんだ?」


窓の外に見えたのはポツポツと建ち並ぶ民家。

疎らに人々の往来、外ではしゃいでいる子供達の姿も見える。

民家には水車が付いていたりする割に、日本家屋と呼べるようなものでもなく、最近の日本の建築物とも違う、昔の西洋の建物に近い。


こういう常軌を逸した光景に俺は覚えがある。


そう、ゲームの世界だ。


ファンタジー世界の中では、そもそも現実を投影する必要が無いのでオリジナリティ溢れる世界観を作る事が可能。

故にこんな景色があったとしても何らおかしくはない。

例えばエルフやらドワーフやらリザードマンやら猫耳メイドやらが歩いていたりしてもいいわけだ。


そんな俺の視界の中に、背の小さな髭モジャのおっさん達が数人歩いているのが目に入った。


あぁ、ドワーフいるやん。


「ここはレインツヴェルク王国内のタッタ村」


なるほど理解。

完全に理解した。


理解するべきじゃないのかもしれないが、物わかりのいい俺は自分の置かれた状況を簡単に把握してしまう。恐ろしい子。


「ふふふふ、はははははは!HAHAHAHAHAHA!」


「な、何よ·····その笑いは。やっぱり危険な人間·····」


「来てしまったのか!ついに!念願の!禁断の!渇望した!待ち望んだ!」


俺は両手を大きく広げ天を仰ぐ。

空気を目一杯吸い込んで、匂いを、世界を全身で感じ取った。


「んんうぃ異世界にっ!!っしゃああああああああぁぁぁ!」


「うっるさいわ!静かにしなさいよボケ!」


「到達したんだ、異世界に·····。この俺の目指した場所に·····」


感動だ。

感無量だ。

僥倖だ。

現世から解き放たれたのだ。


この俺、大貫衣弦の物語がようやく始まるのだ。


「おいお前、偽の妹。偽妹ぎまいよ。鏡を見せろ」


「なんかやけに屈辱的な言い回しだし、やたら上から目線なんですけどこいつ」


まずは今の俺の状態を確認するところからだ。

何をするにせよ自分自身がこの世界でどういう存在なのかを知っておくのは、これから先の俺の新たな人生に於いてとても重要な事である。


ぶつくさと文句を言いつつも偽妹は俺の言葉に従って部屋の隅を指差し、そこに鏡があるよと教えてくれる。

性格まで俺の妹にそっくりだな。


「ふーむ、ほうほう、なるほど」


俺は鏡を覗き込んで自分の顔をしっかりと確認する。

自分の体を見て、現世のそれと違わない事は既に把握していたので、恐らく顔も変わってないだろうと思っていたがビンゴ。


全く変化なし。

少しだけイケメンになっているように見えなくもないが、それは多分俺の気持ちが昂っているせいだろう。

ん、あぁでもつまり元々イケメンだったという解釈も出来るな。


「鏡を見て独り言とか、キモ」


偽妹からの軽蔑の言葉も華麗に聞き流しながら俺は昨日起きた出来事と現状を照らし合わせる。


姿形が変わっていないという事は俺は転生ではなく召喚ということになる。

そしてこの世界に最初に降り立ったのは昨日の全裸事件の時、つまりあの時俺はこの世界に召喚された。

その時目の前にいたのはこの偽妹。

という事は俺をこの世界に呼んだのはこの偽妹であるとみて間違いないだろう。


「なぁ偽妹、俺を召喚したのはお前だよな?」


「·····だったら?」


「どうして俺を召喚したんだ?」


「あなたを召喚するつもりはなかった。私はただ精霊を召喚しようとしただけ。そしたら失敗してあなたが現れた」


「えーっ!失敗だったの!?」


「失敗も失敗、大失敗。なんでこんな事になったんだか·····」


まさかの召喚失敗からの俺召喚。

こちらとしては大成功、よくやったと褒めてやりたいところだ。


「で、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃない?あなたはどこの誰なの?」


この世界がどういう構造でどういう設定になっているのかは今のところまだほとんどわからないが、この偽妹との関係を疎かにするのは芳しくない。

何故ならこの世界に知り合いはいないだろうし、右も左もわからない今の俺が頼れるのはこの偽妹だけ。


「そうだったな。自己紹介をしようか」


紫色の髪をして目の色が違うとはいえ、妹にそっくりなこの少女に親近感が湧かないといえば嘘になる。

本来はあんまり初めて会う人を信用してはいけないのだろうが、俺の本能がこの女は大丈夫だと確信していた。


妹に似てるからだ!


「俺の名前は大貫衣弦おおぬきいづる。その呼びかけに答え別の世界から召喚された男。この世界の主役、もとい主人公になる男である」


高々と宣言してみせた俺。

今最高に輝いている。


「つまりどっかの世界から迷い込んできた頭の弱い男って事ね。よくわかった」


「ふん、まぁいい。それはこれからわかる事だ。それよりも·····」


「なによ」


「服がやたらとキツいんだが。そしてノーパンなんだが」

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