第1話 大貫衣弦、ここに召喚!





その場所は薄暗く、灯りを照らすものといえばこの部屋全体を囲むように配置されたロウソクのみ。


「右手に掴むは真空の加護·····」


円を囲むように配置されたロウソクよりも一歩外側、紫色の髪を右頭頂部で纏めたサイドテールの少女が、その右手を前に突き出す。

円の中心に何かを集めようとしているかのようにその手のひらを開けば、周囲のロウソクの火が微かに揺らめいた。


それに連動するように円の中心に光が点る。

小さな光は地面を舐めるに移動し、枝分かれしてそこに模様を描き出していく。


「左手に掴むは焦熱の加護·····」


少女が左手を翳すと風はさらに強くなり、ロウソクの火はより強く燃え上がって踊り始めた。

地面の模様は次々と枝分かれを繰り返し、やがてその部屋を覆い尽くすほどの巨大な幾何学模様を作り出す。


俯き目を閉じていた少女はようやく顔を上げた。

その幼い顔は一瞬辛そうに眉を顰めるが、次の瞬間には口端を吊り上げ、そして声を高らかにはっきりと言葉にする。


「古より生まれし元素の大精霊よ、我が呼び掛けに答えその姿を現せ」


僅かな振動が空気を揺らす。

これから何かが起きようとしているのは誰が見ても明らかだ。

地面の幾何学模様は宙に浮き上がり、五層に連なったそれはゆっくりと回転を始める。


「っ!」


しまったと言わんばかりに少女の表情が陰ると、回転している模様にノイズが走り紫色へと変色を始めた。


「ダメ!制御出来ない!」


風が入り乱れ、周囲のロウソクが全てかき消された事とその言葉で、少女が何かを失敗した事が容易に想像出来る。


窓はカタカタと音を立て、振動もより強くなり部屋の中に置いてあった花瓶は落ちて砕け散る。

少女は失敗した事で何とかこの事態を抑え込もうと両手をその中心に翳し続けるが、少女の力ではもうどうする事も出来なくなってしまっていた。


「止まって!止まってよお願い!止まれって言ってんのよ!こんのぉ!」


やがて少女の視線の先、幾何学模様の中心に光が集束していくと、それは人の形を作り出していく。


「え·····人·····?」


少女には何が起きているのか全く理解出来ていなかった。

この失敗は少女の想定外の完全なるイレギュラーだったからだ。


吹き荒れていた風が完全に止んだ瞬間、消えたロウソクに一斉に火が点る。


変わった事といえば、少女の口が開いたまま塞がらなくなった事と




男が一人、中心に立っていた事だけ。












―――風。


俺が最初に感じたのは強い風。


俺の周囲に吹き荒れる風。


重い瞼をゆっくりと開くと同時に風が止む。


なんだか壮絶な悪夢を見ていたような気がするが、起きてしまった事で完全に頭から吹き飛んでしまっていた。


「ふあ~あ·····」


大きな欠伸を一つ、同時に両手を天高く伸ばして体も眠りから起き上がらせる。

と、そこで俺はようやく気が付いた。



あれ?俺立ったまま寝てたのか?



まだ眠気に押され気味の開ききらない瞼を擦りながら周囲を見渡してみると、なんだか様子がおかしいような気がする。


「んん~?」


自分の部屋ではない。

大きい一部屋、俺の知らない部屋、知らない天井に知らない壁。


自分の置かれている異質な状況をようやく把握し始めた俺。

もちろんそれにつられてさっきまであった眠気も一気に吹き飛んでしまった。


「ど、どうなってんだ·····?」


は!?まさかさらわれた!?

でもなんで!?何のために!?

ってか俺誘拐しても人質としての価値ゼロじゃね!?


などと思考を巡らせた後、俺はようやく目の前にいる少女の存在に気付き溜息をつく。

もちろんそれは安堵の一息。

俺はそいつの事をよく知っているからだ。


「おーなんだ七夏なな!これは一体どういうサプライズだ?もしかして誕生日·····なんてわけねーよな。俺の誕生日一ヶ月前だし」


「え、ええっ!?」


俺の問いかけに七夏は驚いた顔をするばかりで明らかに動揺しているようだ。

むしろオバケでも見たかのように恐怖に顔が引きつっている。


「おいおいどうしたんだよ。そんなに驚く事ないだろ?むしろ驚くのはこっちだっての。こんな衝撃的なサプライズを決められたら驚かない訳ないもんな。さすが我が妹、想像の遥か上を飛んでいく」


「どどどどどういう事!?」


「どういう事って·····俺が聞きたいんだけど。っていうかお前、髪染めたのか?」


俺は七夏に近付きその髪に触れる。


「なななななななっ!」


「紫って·····お前これはまずいだろ。これじゃ学校行けないだろーが」


顔を赤らめた七夏は突然俺を突き飛ばし、そのまま猛スピードで後ずさった。

壁に阻まれこれ以上下がれないというのに、まるで壁にめり込むような勢いである。


「おいおいなんだよその反応は」


「来るなっ!」


「えっ!?」


七夏はすごい剣幕で俺にその人差し指を向ける。

随分と興奮状態のようだ。

しかし我が妹の次の言葉は俺の予想しなかったものだった。


「あんた誰よ!?」


思考停止。

こいつが何を言っているのか、何を言いたいのか全くもって俺には理解出来なかった。


「誰って·····お前自分の兄の顔も忘れたのか?」


「な、何言ってんのよ!私には兄なんていない!訳わかんない事言ってないでちゃんと説明しなさい!」


「なにっ!」


これはどうした事か。

うちの妹が壊れてしまったのか。

いや待て、これはもしや記憶喪失ってやつか?


「ははーん、さてはお前どこかで頭打ったな」


「バカじゃないの!?そんなわけないわよ!」


「じゃあ反抗期か?そうか!だから髪の毛もそんな色に染めちまったのか!グレすぎだぞ!」


「話になりそうもないわね·····。こうなったら仕方ない·····」


七夏の目付きが鋭くなったと思ったら、その手のひらを俺の方へと向ける。

さらに訳がわからなくなった俺は思わず首を傾げた。

頭の上には?マーク状態。


「殺すしかないか·····」


「コラ、そんな物騒な事を口にするんじゃありません」


兄として当然のお叱りを入れたのだが、今の七夏には全く効果が見られない。


そしてその時、俺は目撃した。


七夏の手のひらに炎が宿るのを。


「え·····?」


手品·····とも思えたが、どう見てもそれは本物の炎であり、手が燃えているのに七夏は熱がっている様子もない。


何かが変だ。


そう、目が覚めてから何かがおかしい。


ここは俺の部屋でもなければ七夏の部屋でもない。


というより俺の家じゃない。


「待て待て、落ち着け!冷静になれ!」


「召喚失敗、後始末は私自身の責任で果たさなきゃダメ。大丈夫、跡形もなく消し去ってあげるわ」


「なんだよそれ!え?本気で殺す気?本気の本気で殺す気なの?やめて、やめたげて!」


「どうみてもただの変態。こいつを外に逃がしたら町はパニック間違いなし」


「変態って!そんな事·····ん?」


そして俺は気付く。

むしろここまでよく気付かなかったなと自分を褒めたくなるぜ。



俺は全裸だった。



「ぬぅおっ!」


しかも何故か俺の下腹部は戦闘態勢だ。


さっきまで寝てたせいなのか!?


さっきまで寝てたせいなのかーーっ!?


「死ねぇぇっ!」


「ちょ、待っ·····」


寝起きでいきなり殺されるなんて、どれだけ俺はついてないのか。

全く、自分でも呆れるほどの不運だ。


あぁ、でもわかっているさ。


これは夢、ただの夢だ。


起きたら夢占いでも見てみるかな。


妹に殺される夢にはどんな意味があるのか。


そんなどうでもいい事を考えながら、俺は再び夢の世界へと旅立った。

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