19. 再演
今日も燈夜は屋上のフェンスに体を預けていた。
彼は右手のフォークスを見つめながら、誰もいない虚空へと話しかける。
「お前さえいれば俺の問題もあっさり解決出来たんだろうな」
入学から二週間ほどたった今日、ランク測定以来の魔法を使う授業がまた行われた。
だが燈夜はレイナの計らいにより体調不良という名目で参加していない。
これはレイナも知らない話だが、彼は授業が始まる直前にこっそりと魔法が使えるか軽く試していた。
しかし結果はいつもと変わらなかった。
眼下の校庭では今日も燈夜をあざ笑うかのように、楽しそうに魔法を使って部活動をする生徒たちの声、そして魔力残滓の光が舞っている。
彼は一瞥しながら時間を確認する。
「さてと、そろそろ約束の時間か」
いつものメンバーで街に繰り出そうと約束していた燈夜は、早足で屋上を後にしていく。
今日は数日ぶりの雲一つない青空だった。
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「いやー終わったー! 腹減ったー!」
レオンは授業終わりの解放感をあらわにしながら背伸びをする。
桜嘉と琴音も彼と同じ気持ちなのか笑顔で同意していく。
「一週間やっと終わったねー」
「この瞬間の楽しさと言ったら、他の言葉では言い表せないですよね!」
「明日が休日だと考えるだけでもうテンション上がってくるよな!」
楽しそうにはしゃぐ三人。
だが燈夜だけは苦笑いしながら眺めていた。
ユリーシャの気まぐれによる不定期な休み以外、ほぼ毎日が忙しかった彼にとって今のゆったりとした学生生活はまだ慣れない物だった。
「お前ら授業が終わるといつも嬉しそうだよな……」
並んで歩く四人は明日が休みということで、どこかで食事しようという約束を前からしていた。
とはいえ店の予約はしていない。
これから良さげな場所を探すことになっていた。
「どこに行くんだ? 俺はどこでもいいぞ」
燈夜はまだイーステミスの事をほとんど知らない。
そのため他の三人に任せることにした。
だがレオンが希望を口にしようとすると、桜嘉が慌てた様子で割りこんでくる。
「ごめん、食べに行く前に大通り沿いの魔導具屋に行っていい? ちょっと用事があって……」
「俺は全然構わないが、レオンと琴音はどうだ?」
彼が残りのふたりに意見を聞くと、揃って頷きを返してくる。
やがて四人は学校から歩いて五分ほどの場所にある、小さな魔導具屋へと向かうこととなった。
店内はフォークスからオラシオンまで、様々な魔導具がところ狭しと並べられている。
「私はちょっと店主さんのところに行ってくるね」
桜嘉はそう伝えると店の奥へと歩いていく。
彼女が話している間、残された三人は商品を見て回る。
特にレオンと琴音は魔導具を手に取りながらあれやこれやと議論している。
だが燈夜は一歩引いたところからふたりを眺めていた。
結局彼は桜嘉が戻ってきて魔導具屋を後にするまでの間、展示された魔導具たちには一切触れなかった。
いまだにテオリプスでの記憶が褪せることのない燈夜にとって魔導具、特にオラシオンはまさしく悪夢のそれとなっていたからだ。
魔導具に対する彼の気持ちは右手に付けているフォークスでさえ、世間の目さえなければ外していたいと思っているほどだった。
燈夜たちがふたたび大通りへと出ると、琴音が何か気付いたのか立ち止まる。
「なんか騒がしくないですか? 学校の方、でしょうか……?」
燈夜は耳を澄まし、ルノロア魔法学園のある方角へと意識を集中する。
ここからでは細かい内容までは分からなくとも、人の怒鳴り声らしきものが彼の耳には確かに届いてきた。
桜嘉とレオンも同じような音が聞こえたようで、何事かと気になった彼らは一旦学校へと戻ってみる事にした。
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学校へと向かった四人は騒ぎが起こっている場所にたどり着く。
正確に言えば、学校近くの小さな通りでそれは起こっていた。
レオンはすでに野次馬の壁が出来ていた先を見るためにジャンプを繰り返す。
そこでは黒いフードを被った一人の男が、軍服を着た二人の男に取り押さえられていた。
「なんだあれ、イーステミス軍の人たちか?」
レオンがそう口にすると、軍人たちは手錠を掛けた男を連行していく。
彼らは見物する人たちに道を作るよう言い渡し、ゆっくりと燈夜たちに近づいてくる。
開けられた道に一番近かった琴音はひょいっと首を少し出し、何が起こっていたのかを確認していた。
すると燈夜は琴音の肩を引っ張り、自分の位置と入れ替えると彼女をたしなめる。
「琴音、危ないぞ」
「気になってしまいました……すみません……。
少しだけですけど地面に魔法陣が見えたんです」
「魔法陣? 内容までは見えたのか?」
文字と数字の羅列、そして全体の形状によってひとつの魔導式とする魔法陣。
フォークスで扱う魔法とは違って目で見ることが出来るため、ある程度魔法を学んだ者であれば効果が分かってしまうのだ。
そのため燈夜は琴音であれば分かるかもしれないと思い彼女に質問した。
だが彼の予想と反して、返ってきた答えはとても曖昧なものだった。
「それが私も全然分からないんですよね……。ミシオンとイーステミス、それにロバリスでしょうか? 他にも私の知らない言語がごちゃごちゃに混ぜられてました」
「――今なんて言った?」
燈夜は聞き間違えであってほしいと願うようにもう一度聞く。
だが琴音の口から繰り返された言葉が変わることは無い。
「はい? だから、私の知らない言語がごちゃごちゃに混ぜられていたんですよ」
「まさか……そんな……」
燈夜は自身の考えを何度も否定する。
それでも頭の中は二年前の悪夢で埋め尽くされていく。
琴音が話した特徴的な魔法陣。
それは彼が決して忘れることのない、ミシオンで飛鳥と発見した巨大な魔法陣と非常に酷似していた。
燈夜が絶望する中、気づけば拘束された男は彼の真横に差し掛かっていた。
男は足を止め不敵に笑うと、燈夜にだけ聞こえる大きさで話しかけてくる。
「お前、アレを知っているらしいな。だがもう遅い」
燈夜は弱々しい声でなんとか言葉を絞り出す。
「……なんだと?」
「魔法を冒涜する者たちへ、神の使いによる裁きを……」
理解の出来ない男の発言。
だがそんなことを考える余裕は今の燈夜には無かった。
男が数秒立ち止まったのを不審に思ったのか、彼の後ろにいた軍人が前に進むように促す。
やがて男が連れていかれると、見物していた周りの人たちは徐々に散り始める。
にもかかわらず、燈夜だけはいまだに立ち尽くしていた。
桜嘉は彼が心配になったのか、声を掛けようと近づいていく。
この場を後にする町の人々、結局なにが起こったのか分からないといった話をする琴音とレオン。
そして燈夜のことを気にしている桜嘉。
ゆえに魔法陣の異変に気付けたのは、燈夜と調査をしていた軍の人間だけだった。
燈夜は徐々に光を帯び始める魔法陣を見て身構える。
「燈夜? どうしたの?」
突然険しい顔つきになった燈夜を見て不安になったのか、桜嘉は彼に声を掛ける。
「桜嘉、オラシオンを起動しておいてくれ」
緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、桜嘉は持っていたケースを開きながら彼の視線の先を追う。
瞬間、魔法陣から空に向かって、光の柱が一気に伸びていく。
燈夜は突然の強い光を前に無意識に目を瞑る。
やがて彼はゆっくりと瞼を開いていく。
そこには燈夜が二度と見たくないと願っていた光景が広がっていた。
これまで話していた琴音とレオンも突然起こった異変に声を震わせる。
「何ですかこれ……」
「すげえなこりゃ……」
燈夜は両手を握りしめると無意識につぶやく。
「また"アレ"が来る――」
まるで彼が覚悟を決めるのを待っていたかのように、空に巨大な魔法陣が浮かびあがる。
そして街中に降り注ぎ始める大量のなにか:::。
燈夜たちを追い越すように、そのうちの一つが背後に落下する。
後ろから異様な気配を感じ取った燈夜は、拳を握りしめながら後ろを振り向く。
天使を連想させる白い羽。
肉塊を繋ぎ合わせたような目を逸らしたくなる姿。
美しく、そして醜い悪魔がそこにいた。
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