18. 疑惑
――「わたしは願う」。
いつからでしょう?
つい最近のことのように感じることもあれば、もっと遠い昔だったようにも思えます。
「おい! はやく積み荷を馬車に隠しておけ!」
――「わたしは祈る」。
なぜなのでしょう?
自分から始めた事だったのでしょうか? あるいは誰かに命令されたのでしょうか?
「まぁ落ち着け。やっとイーステミスまでバレずに運んだんだぞ、焦りは禁物だ」
――「わたしは焦がれる」。
どうしてでしょう?
もはや自分が行うこと、考えること、全てが他人のように思えてくるのです。
「自分」とはなんなのでしょうか?
「ちょっと待て、人が来たぞ。クソ、なんでこんな路地裏に……」
わたしは……。
「なぁレオン、ほんとにこんな道で合ってるのか?」
「問題ないぞ。区画整備される前の道だからちょっとボロボロだけどな」
「ったく、別に無理に近道する必要なんてなかったと思うんだけどな……」
――あなたはわたしなのですか?
「……?」
「兄さん? どうかしました?」
「あーいや、何でもない。多分気のせいだ」
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今日の授業を終えた燈夜とレオン、そして琴音の三人は人気のないイーステミスの旧道を通り抜ける。
彼らはレオンが行きつけだという喫茶店に入っていた。
燈夜と琴音は横にならび、レオンはテーブル越しに向かい合う形でメニューを眺める。
「レオン、やっぱり普通に大通りを通っても良かったんじゃないか?」
彼が散々入り組んだ道を歩かされたことを愚痴ると、レオンは突然神妙な顔つきになる。
「学生にとって放課後は一番貴重な時間だぞ。一秒たりとも無駄にしてはいかん」
すると琴音も同じ考えなのか、何度も大きく頷いていた。
「休み時間、放課後の時間といえば、私たち学生にとって一番楽しい時間ですからね!」
「普通そこは勉強する時間とかじゃないのか……? いや、そういえばふたりとも成績は良いんだっけか」
彼がそう聞くと、ふたりは同時に胸を張り始める。
「去年の筆記の期末テストではほぼ満点でした! 実技のせいで成績自体は平凡なんですけどね……」
「そりゃもうかなり得意だ。なんせ去年の実技の試験では学年トップ10だったぞ。筆記のせいで成績自体は普通だけどな」
「お前ら……」
琴音たちの極端な成績に頭を抱えそうになる燈夜。
が、少なくともレオンの魔法に関してはこの前の事件の際、間近で見ていたため納得せざるを得なかった。
それほどまでにレオンの魔法は無駄がなく、洗練されていた。
「いいよなレオンは。俺にも魔法の才能を分けてほしいくらいだ」
「いや燈夜は……まぁいいか。そんなことより、みんな注文は決まったのか?」
「……? 俺はもう決まってるが」
「私も大丈夫ですよ」
燈夜はレオンが何を言おうとしたのか気になったが、聞き出す前に彼が店員を呼んでしまったためそこで会話が途切れてしまう。
少し経つと、店の奥から小柄な女性店員が小走りでやってくる。
「ご、ご注文をどうぞ……」
弱々しい口調の店員に三人はそれぞれ飲み物を注文すると、彼女は来た時と同じように小走りで戻っていく。
三人は飲み物が来るまでの間、学校での出来事や課題などの話をして時間をつぶしていた。
しばらく待つと燈夜の前にはコーヒーが、琴音とレオンの前にはアップルティーが店員の手によって置かれる。
燈夜は昔の朝を思い出しながらカップを傾ける。
「そういえば兄さんがイーステミスに来てからしばらく経ちますけど、なにか困ったことはありませんか?」
「みんなが助けてくれるし、なんとかやって行けてるよ。まあ流石に都会はまだ慣れないんだがな……」
燈夜はこれまで人や建物の少ない場所で生活してきた。
ミシオン、そしてユリーシャの家は草木に囲まれた辺境の地だからである。
彼が未だに馴染めないのは、イーステミスが今までとは真逆の環境だったからであろう。
そんな彼の心境を知ってか知らずか、レオンは軽い口調でフォローする。
「そんなに気にしなくてもいいと思うぞ。良くも悪くも都会の人間は他人に無関心だからな」
「イーステミスに来て早々、お前のところの部長に散々絡まれた気がするが」
「いや、あの人はかなり特殊というか……。すまんかった」
燈夜の皮肉に対してレオンは素直に頭を下げる。
「あの人は珍しい物がめちゃくちゃ好きなんだよ。そのせいで燈夜や琴音ちゃんみたいな、特殊な人間に異様な執着を見せるんだよな」
「そういえば私が中等科に入って周りから距離を置かれてた時も、部長だけには散々追い掛け回されましたね……」
彼女は顔を青くしながら苦笑いをする。
燈夜は詳細を聞きたくなったが、思い出すことすらしたく無さそうな様子を見て、これ以上触れてはいけないと悟る。
「ま、まぁ琴音はまだ分かるが、俺の場合は別に特殊な人間でもなんでもないぞ?」
燈夜は何気なくそう返す。
するとレオンの目が少し細められる。
突然止まる会話。
一瞬空気が変わったように感じていた燈夜に、レオンがゆっくりと切り出し始める。
「なぁ、燈夜。お前は魔法が使えないのか?」
「そんなの前から言っている通りだが、いまさらどうしたんだ?」
「先輩……?」
琴音はこれまで見たことのない、レオンの真面目な表情に不安を覚えたのか声を漏らしてしまう。
だがレオンは彼女に構うことなく続ける。
「この前使っていた剣術はどこで知ったんだ?」
燈夜は突然質問の内容が大きく変わったことで戸惑いを見せる。
そのせいで答えるまでにやや間があいてしまう。
「あれはテオリプスの時、俺を助けてくれた人が教えてくれた技術なんだ」
「なるほど。で、教えてもらったのは剣術だけなのか? 魔法は?」
「最初は教えてくれようとしてくれたんだがな……。俺が魔法が使えなくなってることを知ってからは、剣術だけをひたすら続けるように言われたんだよ」
レオンはそう答えた彼を数秒凝視する。
だが自身の中で結論が出たのか、気づけば彼はいつも通りの軽い調子に戻っていた。
「いやー悪かったな。ひとつ気になることがあったんだが俺の考えすぎだったみたいだ」
レオンは逃げる様に話を切り替えようとするが、琴音はそんな彼に
「先輩? 兄さんのトラウマを掘り返しといて適当に済まそうとしてません?」
「そこは俺と燈夜の仲ってことで……」
「せ・ん・ぱ・い?」
琴音の笑みは崩れない。
昔の彼女からは考えられないたくましい様子に、燈夜も無意識に笑顔が漏れてしまう。
だがレオンはなにか誤解したのか、微笑むふたりを交互に見ては顔色がどんどん悪くなっていく。
「心を込めて今回のお代は全て、もちろん全員分払わさせていただきます!」
燈夜は別れる前は幼かった妹が強く成長していることを再確認し、彼女を怒らせないようにしようと強く誓う。
一方レオンは慣れた様子で琴音に頭を下げながら、悟られないように先ほどの会話と燈夜の様子を思い返していた。
「(やはり燈夜が嘘をついているようには見えない。となると剣術の本質を知らずに扱っているのか? そもそも燈夜にこんな技を教えた人間は一体何者なんだ?)
支払いを終えた三人(もちろんレオンの奢りである)は喫茶店を後にすると、それぞれの帰路へと着いていった。
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