17. 見えない物と、視える者
燈夜が学園に通い始めてから数日経った。
授業初日に行われたランク測定以来、彼が魔法を使えないことはすでに学園中で小さな話題となっていた。
小声で噂する者、チラチラと燈夜を窺っては距離を取る者、物珍しそうに凝視する者――。
彼に対する生徒たちの反応は様々だった。
また彼はクラスメイト達と未だに馴染むことができずにいた。
空いた時間の過ごし方といえば、桜嘉と話すか屋上で過ごすかの二択である。
だが彼は、ミシオンでの琴音の気持ちを考えれば自分はマシだと言い聞かせることで耐えていた。
そんなある日の放課後……。
燈夜と桜嘉、そしてレオンの三人は大きな木箱を運びながら校内を歩いていた。
「いやー悪いね。桜嘉ちゃんにまで手伝ってもらっちゃって!」
「いいのいいのー。どうせ暇してたし、気にしないで?」
燈夜がレオンと再会したのは入学式以来であったが、桜嘉は街で何度も話していたらしく、とても親しくなっていた。
レオン曰く街で会ったのは"偶然"とのことだが、入学式でのレオンを知っている燈夜は全く信じていなかった。
そもそも「手伝いの話を持ち掛けてきたのも桜嘉と話すためだったのでは無いか?」とすら疑っていたぐらいだった。
「おい、俺のことは無視か?」
「いやいや、燈夜にも感謝してるぞ? 一応」
最後に付け加えられた余計な一言で荷物を投げつけてやろうか考えた燈夜だったが、校舎にはまだ人がチラホラ残っていたためなんとか堪える。
ただでさえランク測定の一件で悪目立ちしていたうえ、これ以上変な噂を増やしたくないという気持ちが彼を冷静にさせた。
「それにしてもかなり重くないか? 一体何が入ってるんだ?」
燈夜は抱えた木箱を揺らしながらレオンに質問する。
「魔導具のパーツとか壊れて使えなくなった魔導具とか……まぁ色々だな」
「なるほど……。で、これはどこに持っていくんだ?」
「それ私も気になった。授業で使う道具って感じじゃなさそうだし」
燈夜に続いて桜嘉も疑問を口にする。
それもそのはず、今日最後の授業を終えたふたりは突然レオンに手伝いを頼まれたため、誰も詳細を知らされていなかったのである。
「そういや言い忘れてたな。行き先は部室だ」
彼は軽い口調で答える。
だが質問していたふたりは並んで顔を引きつらせた。
「それってお前の部の部室か?」
「そりゃもちろんそうだが?」
「レオンの部って例の部長がいるところよね……」
「ん? あー……」
レオンはふたりが何を言いたいのかに気づくと「やっちまった」といった表情になる。
燈夜が魔法を使えないことを漏らしてしまった件もあわせて、彼に対するふたりの評価は完全に地面スレスレにまで落ちていく。
「ただでさえチャラチャラしてるのに、その適当な性格は何とかした方がいいと思うぞ」
「いや待て、性格はひとまず置いといて外見は女の子にモテる為なんだ」
レオンはチラチラと桜嘉に視線を送りながら言い訳をする。
彼にとっては気づかれないように見ていたつもりだったが、桜嘉どころか誰が見ても気づけるほどあからさまな行動だった。
「私はもう少しちゃんとした人がいいかなって……?」
桜嘉はそう言い、レオンから少し距離を取る。
遠回しに拒絶された彼は、声にならない悲鳴を上げながら肩を震わせていた。
しばらく歩き、部室棟にたどり着いた三人は『魔導工学研究部』と手書きで書かれた看板が下げられているドアの前で尻込みしていた。
「ねぇ、ここに荷物置いていくからやっぱり帰っちゃダメかな?」
「俺も同意見だ。流石にここまで持ってくればレオン一人でも問題ないだろ」
ふたりは魔工部の部長であるソフィアと顔を合わせたくないと思っていたためそう提案してみる。
すると、扉の目の前で話を聞いていたレオンは振り向いて何度も頷き始める。
「お、おう! そうだなそれがいい! まったく名案すぎるな!」
レオンが満面の笑みを浮かべて安堵した瞬間、背後のドアが勢いよく開け放たれたかと思えば彼は盛大に吹き飛ばされていった。
「やっぱりいたいた! いやー魔力感じちゃったんだよね!」
結局燈夜と桜嘉はソフィアに促されるまま、なし崩し的に部屋の中へと押し込まれてしまうことになった。
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「ほら座って座って! はいこれお茶ね! お菓子とかはいる?」
燈夜は困惑しながら、そして桜嘉は不服そうに椅子に座る。
一方レオンは後頭部を抑えながら、先ほど運んできた大量の荷物を整理していた。
「あの、俺たちはレオンの手伝いに来ただけなのですぐ帰ります」
「えーなんでー? せっかくだしゆっくりしていけばいいのに……」
子供のように口を尖らせた彼女は、差し出そうとしたクッキーをどんどん口に放り込んでいく。
燈夜は大量のお菓子を次々と平らげていく彼女をよそに部室を見まわしていた。
乱雑に置かれた魔導具と並べられた魔法関連の書物たち。
彼は親友と過ごした日々を思い出しながら部屋を眺めていた。
ここはまるであの秘密基地のようだ、と……。
やがて特に会話することもなくお茶を飲み終えた燈夜たちは、レオンに一言告げると席を立つ。
だが部室から出ていこうとするふたりにソフィアは声を掛け引き留める。
彼女は燈夜の方を見ていた。
「おっと、聞き忘れてた。最後に一ついい?」
燈夜は自分に対して言っているのだと気づくと頷く。
ソフィアはさらに続ける。
「最近噂になってるけどランク測定の時、魔法が使えなかったってのは本当?」
「またこの話題か」といった表情になる燈夜。
「合ってますよ。俺は魔法が使えませんから」
だが彼はそれでも答える。
余計なことはせず、さっさと話した方が早く解放される、そう判断したからだ。
だがソフィアにとって、返ってきた答えは予想外だったのか首をかしげていた。
「ん? その時だけ使えなかったとかじゃないの?」
「ええ、もうずっと使えてないですね」
「……? じゃあ、あの時の――」
ソフィアは嫌がる燈夜から無理やり話を聞き出そうとする。
が、強い視線を感じたのか突然言葉を詰まらせる。
彼女が首を動かすと、視線の先では桜嘉が物凄い形相で睨んでいた。
「や、やっぱりもういいや! うちの部はいつでも歓迎だからね! それじゃあまた!」
ソフィアは慌てながらふたりに別れを告げる。
とうとう解放されたふたりは退室すると、桜嘉は我慢しきれなくなったのか文句を言い始めた。
「普通、人が触れて欲しくなさそうな話題にどんどん踏み込んで行く?」
「魔法を使えない人間がこの学校に入ってくることは珍しいんだろ? なら俺にもちょっとくらい非はあるさ」
「燈夜はあの人に対して、もっと怒ってもいいと思うんだけれどね……」
燈夜にとってソフィアとは、魔獣事件の元凶であると同時に妹の恩人でもある。
彼女のことについては琴音から少し聞かされていたため、どう接していくべきか分からない複雑な気持ちを抱いていた。
しかし桜嘉にはそんな事情を知る由もない。
彼がほとんど気にしていないように見えていたのだろう。
彼女は燈夜との温度差で気勢をそがれたのか、深呼吸しながら時間を確認する。
「あーごめんね、今日もお店に行かなくちゃ」
「また魔導具のメンテナンスか? ここ最近毎日みたいだけど大丈夫なのか?」
「なんかずっと調子が悪いみたいなんだよね……」
「その魔導具って俺を助けてくれた時に使ってたオラシオンだよな? もしかしてあの時からおかしくなったのか?」
燈夜は自分のせいで彼女の魔導具が壊れてしまったのではないかと心配になる。
だが桜嘉はすぐさま両手を横に振る。
「ううん、違うの! ずっと昔からなんか変だったから気にしないで?」
そう伝えた彼女は「また明日ね!」と燈夜に別れを告げながら早足で去って行った。
「昔から動作不良って、それはそれでマズくないか……?」
抑えきれない不安から漏れた彼の一言は、当の本人にはまったく届いていなかった。
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燈夜と桜嘉が学校を後にした頃、ソフィアは部室で頭を抱えていた。
「レオンー、そっちは済んだー?」
「大体は片付いてますよ」
返事を聞いて満足したのか、ソフィアは頭を上げながらレオンに手招きをする。
「さっき来た男子の方の測定って見てた?」
「燈夜のことですか? 俺はクラス違うんで見てはいないですね。まぁ隣のクラスなんで噂話なら結構聞いてますけど」
「あー、あれ燈夜って言うんだ。覚えとこ」
ソフィアは滅多に他人に興味を示さない。
よって名前を気にすることなどほとんど無い。
一人の人間に固執する最近の彼女の姿は、一番長い付き合いであるレオンから見ても珍しいことであった。
「それで噂でも何でもいいから、えーっと……とうや? が魔法を使おうとした時のことなんか知らない?」
「火系統の魔力残滓はちゃんと出ていたらしいですよ。ただその後いきなり、頭を押さえて倒れたって聞きましたね。魔導士見習いによくある症状じゃないですか?」
「見習いねぇ? あれだけ完璧に、しかも無駄のない魔法を使える人間がそんなことってありえる?」
彼女は何気なく独り言を口にする。
だがレオンは強い違和感を覚えていた。
「あれ、アイツ魔法なんて使ってました?」
「がっつりレオンの前で使ってたじゃん。バカなの?」
「――マジで? いつ?」
彼は驚きのあまり口調がおかしくなっていたが、そんなことなど気に留める素振りも見せずにソフィアは続ける。
「ほら、レオンが作ったしょっぼい剣で私お手製の魔獣ちゃんの攻撃受け流したとき、覚えてない?」
「しょっぼい剣って……。いやそんなことより、それ本当ですか? 魔力残滓を見た覚えが全然ないんですけど」
彼は燈夜が魔獣の攻撃を逸らした時の様子を思い浮かべていた。
魔法が使われた場合、基本的には使用された系統事の色の粒子『魔力残滓』が発生する。
レオンにはそれを見た記憶がない。
だからこそソフィアの発言に驚いたのだ。
だがレオンは自分には見えず、彼女には見えたという事実から一つの可能性にたどり着く。
彼は恐ろしさのあまり身震いしていた。
「ちょっと待ってください!? もしかして燈夜は自分の魔力に系統を乗せず、そのまま使えるってことですか!?」
「その可能性も考えたんだけどねぇ。噂話を聞いてるともうメチャクチャじゃん? 何なのあれ、全く仮説が立てられないんだけど」
ソフィアは燈夜のことで頭をいっぱいにしながら唸っていた。
それほどまでに燈夜の使った魔法は、彼女が知らない異質なものだった。
いや、学園中から天才と呼ばれている彼女ですら知らない異質なものだった。
「やっぱりおかし過ぎる! じつは魔法が使えるとかそんなオチじゃないの?」
「それは流石に無いと思いますよ。アイツ本気で悩んでる感じでしたし」
「でもやってることはSランクどころか、魔法のルール完全に破ってるじゃん? 意味わかんないじゃん?」
「いやまぁそりゃそうですけど……」
その後もふたりはあれやこれやと議論してみたものの、満足のいく答えを導き出すことは出来なかった。
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