14. 授業初日
一緒に登校してきた琴音と別れた燈夜は、自身の教室へと初めて足を踏み入れる。
そこでは授業初日であるにも関わらず、既にいくつかのグループが出来上がっていた。
彼はそんな様子を見て、ルノロア学園は中等科からの人間が大半を占めているという琴音の話を思い出した。
入学式の際、あらかじめ渡されていた資料に入っていた座席表をチラりと確認した燈夜は自分の席を見つけるとそこに座る。
登校する前に座席表に軽く目を通していた彼は「やっぱりか」、といった感情を抱きながら左隣の席へと視線を向ける。
先に声をかけて来たのはそこに座る彼女の方だった。
「おはよー。もう大丈夫なの?」
「休日を挟んだからなんとかね。この前はありがとう」
燈夜は視線の先に座る少女、桜嘉へとお礼を言う。
「ううん、杠葉くんが無事で本当に良かった」
「そういえば水無月は一人なのか?」
彼は桜嘉が誰とも話していなかったことが気になり質問した。
すると桜嘉は苦笑いをする。
「私は高等科からここに入ったからね。それに中学もイーステミスじゃないから友達が居ないんだ」
「そうだったのか。ならこの国に来たばかりの俺と似たような感じだな」
燈夜がそう答えると、桜嘉は彼が同じ境遇であることを知ってか安堵する。
「だからキミが学園での初めての友達ってことになる……のかな?」
彼女は遠慮がちに、はにかみながら尋ねるように返す。
燈夜は彼女が言いたかったことを汲み取るとすぐさま口を開く。
「当然だ。あれだけの事があって赤の他人にされる方が傷つく」
「そう言ってもらえて良かった! これからよろしくね!」
彼女は笑顔でそういうと右手を差し出す。
燈夜も同じように右手を差し出し握手を交わす。
「こちらこそよろしく、水無月」
「できれば桜嘉って呼んでほしいかな。苗字で呼ばれるとなんか落ち着かないんだよね」
「あぁ、分かった。なら俺も燈夜でいい」
その後も二人は他愛のない話を続けていると、青いポニーテールと丸い眼鏡が特徴的な一人の女性教師が教室に入って来た。
彼女は座席を一通り確認すると口を開く。
その際燈夜を数秒見ていたのだが、当の本人はそのことに気づいていなかった。
「うん、揃っているようですね。私はレイナ・フロスト、この1-Aを担当する教員です。適性系統は水と風ですが、他の二つの系統の知識もありますので魔法の事で悩んだら気軽に相談してください。私も今年から教師になった身ですので、一緒に学んでいけたらなと思っています」
彼女が自己紹介を終えると、教室中が突然騒がしくなる。
そしてレイナの話が終わるのを見計らっていたのか、女生徒は右手を挙げながらレイナに質問をする。
「レイナ先生ってもしかしてあの"氷雪の魔女"ですか?」
「はい、合っていますよ。といっても噂されているほど大層なものではありませんが……」
レイナはやや不服そうにそう返すと、他に質問のある生徒は居ないか促す。
だが教室はすでにそれどころでは無くなっていた。
「すげえ! あのレイナさんが俺らの担当かよ!」
「わたし、適性系統が水だからレイナ先生に教えてもらえるなんて嬉しい!」
「俺先生のファンなんです! 写真よりも全然可愛いです!」
教室中が沸き上がる中、燈夜は訳が分からず一人きょとんとしていた。
彼は桜嘉にこっそり耳打ちする。
「これどういう状況なんだ?」
「あれ、燈夜はもしかして先生のこと知らないの?」
全く見当が付かないといった表情の燈夜に対し、彼女は簡単にレイナのことを話していく。
「レイナ先生はここの主席卒業生で、圧倒的な魔法技術の高さから『氷雪の魔女』なんて呼ばれるようになった人なんだよね」
「随分物騒な名前を付けられてるんだな」
「確か去年までは軍の方にいたらしいんだけど、テオリプスの時に表れた新種の魔獣討伐作戦の時は凄かったらしいよ。なんでも視界一帯を氷漬けにしたとか……」
燈夜はギョっとしながらレイナの方を見る。
彼女の言う通り、それほどまでに強力な広域魔法となれば間違いなく町一つを破壊できるレベルの強さ、つまり戦略級魔法の使い手だということになる。
だが彼の視線の先には、収拾のつかなくなった生徒たちを前にして困り果てた、一人の新任教師があたふたしているだけだった。
桜嘉も似たような感想を抱いたようで半笑いになっていた。
「あの先生が元軍人で、しかもそんなに凶悪な魔法を……?」
「災害当時はかなり情報が錯綜していたし、誰かが大げさに噂したとか?」
ルノロア魔法学園の教師人は魔法に精通した人物が多く、軍経験者がいてもおかしくは無い。
とはいえ落ち着きのないレイナの姿は経験の浅い新任教師のまさしくそれである。
そのため二人は揃って首をかしげていた。
結局朝のホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴るまで教室中は大騒ぎだった。
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「一限目はここ魔法実習場での簡単な魔導士ランクの測定になります。すでに去年、中等科で済ませている人も多いでしょうが改めて行うので頑張ってください」
燈夜は予想をしていなかった突然の魔法を扱う授業に顔を強張らせる。
魔法を使わなければならない授業がやってくることぐらいは覚悟していた彼だったが、それがまさか最初の授業であるとは考えもしていなかった。
隣にいた桜嘉は彼を心配してか、周りに聞こえないよう声をかけた。
「ランク測定って、適性系統の遠距離初級魔法を使った的当てだけど大丈夫そう?」
「いや、無理だな。この前言ったように魔法は使えないんだ」
「使えないって本当にダメなんだ……。てっきりすごく苦手とかそういう感じだと思ってた」
「どのみちこの学校に通っていれば魔法は避けられないことくらい覚悟していたよ。まさか初日からとは流石に思っていなかったが……」
燈夜は顔をしかめながら軽くそう返したものの、内心では気が気でなかった。
そんな彼の事などお構いなく、ランク測定はもう始まろうとしている。
現代では学校への入学条件や就職、そして成績など様々な場面で魔導士としての能力を示す『魔導士ランク』が利用されていた。このランクはAを最大、Fを最小とした6段階の評価と、さらに上の特殊なランクであるSが存在する。
そしてこの魔導士ランクの取得はルノロア魔法学園では必須項目となっていたのだが、突然入学させられた燈夜にはそんなことなど知る由もない。
簡単な魔法で的を壊す。ただそれだけの楽な試験であるはずなのに、燈夜の目にはとても高く遠い壁のように映っていた。
「凄いな。みんな魔法の発動速度も威力もレベルが高い……」
「一応難関校だからね。入学条件もCランク以上ってなってるし」
「なんだそれ、初耳だぞ」
桜嘉が言うように、ルノロア魔法学園では入学条件として平均よりやや高いとされるCランク以上が設定されていた。
また魔導士ランクをまだ付与されていない入学希望者に対しては、筆記試験に加えてランク測定も行われている。
一切心当たりの無い彼の様子に驚いた桜嘉はその理由を聞こうとする。
が、レイナによって燈夜の名前が呼ばれてしまう。
彼女は燈夜がフォークスを起動する様子を見ながら、言いかけたことを口にする。
「入学条件を知らないって、どうやってここに入ったの?」
「とある人に無理やり入れられたんだ。どうも推薦枠って奴らしい」
「推薦枠!? そういえば昔は魔法が使えたみたいな言い回しだったけれど、ひょっとしてその頃はランクが凄い高かったとか?」
燈夜は自虐気味に苦笑すると、彼女の疑問に答えながら測定へと向かっていった。
「ランクどころか、適正魔法すら分かってないんだ」
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定位置に着いた燈夜は目標の的を見つめ、大きく息を吐く。
彼は右手を標的に構えると小声で一人つぶやく。
「久しぶりすぎてほとんど忘れてるな……」
そんな彼の気持ちなどお構いなく、燈夜の準備が整ったと判断したレイナは測定開始の合図を告げる。
魔導式の起動、生成する物体の性質、形状、発生座標――
燈夜は自分に言い聞かせるように頭の中で魔導式を描いていく。
桜嘉に対しては気負ってないように振舞った彼だったが、心中は穏やかではなかった。
やがて魔法の設定を終えた彼は指を空に走らせる。
起動させた魔法は火の玉を打ち出す初歩的な物だった。
これまで試験を受けた生徒とは違いぎこちない動きではあったものの、魔法は正常に発動し始める。
燈夜が指先から流れる赤い粒子を見つめていると、不意に頭の中で一つの言葉が思い浮かんだ。
「(俺に魔法を使う資格はあるのか?)」
瞬間、燈夜は激しい頭痛を覚えその場に膝を着く。
「っ……!」
異変に気付いた様子の周囲はざわつき始める。
「なんだ? 魔法の発動に失敗したのか?」
「流石にCランク以上の魔導士がそんなミスするか?」
「いや、でもあれ完全にまだ魔法に慣れてない奴の症状じゃね?」
口々に騒ぐ生徒たちをよそに、レイナは燈夜の元へと駆け寄ると彼の身を案じるようにしゃがみ込む。
「大丈夫? 調子が悪いのなら別の日に再測定でもいいのよ?」
「いえ、いつもこんな感じですから……」
燈夜は明滅する視界の中、なんとか答える。
「いつも……?」
レイナは彼の言葉の意味が理解できず、数秒考える素振りを見せる。
だが、彼女はなにかに気づいたのか目を見開く。
「取り敢えず保健室に行きなさい、あとで私も行くから。一人で行けそう?」
燈夜は頭を押さえながら頷くと、おぼつかない足取りで保健室へと歩いて行った。
レイナは彼が立ち去ったのを確認すると、まだ騒がしい生徒たちに対して測定の続きをするよう指示する。
その後は何事もなく無事に終わったものの、レイナの頭の中は先ほどの出来事で埋め尽くされていた。
彼女は生徒たちを教室へ帰すと、実習場の片づけをしながら愚痴をこぼす。
「何としてでも私が送った奴の担任になれ、か。ユリーシャったら、いつも巻き込んでくれちゃって……」
やがて彼女は片付けを終えると、燈夜の待つ保健室へと早足で向かっていった。
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