11. 始ノ空Ⅰ
ゆっくりと瞼を開く。
少し開いた窓の外からは、小鳥のさえずりと木の葉が擦れる音が流れ込んでくる。
俺は心地よい風に撫でられながら起き上がるとベッドの縁に腰かける。
窓の方へと視線を向ければ、そこには昨日と変わらず咲く美しい花、そして澄んだ青の空が広がっていた。
しばらくの間、空を眺めながら火照った体を冷ます。
やがて意識がハッキリしてくるとコーヒーの香りが鼻腔をくすぐってきた。
この国ではコーヒーはメジャーな飲み物ではない。
だからこそ俺はアイツが居ると確信し、部屋の扉を開けると階段を降りて一階へと降りていく。
「やあ、先に食べちゃってるよ」
「相変わらず朝に強いなぁ……。おはよう飛鳥」
俺は飛鳥に朝の挨拶を済ませると彼の前の席に座り、用意されていたパンを口に放り込む。
休日になると俺と飛鳥はいつもこうして、俺の家で過ごしていた。
初めに一緒に食べようと言い出したのは俺だったか、飛鳥だったか……。
とっくに日常となっている今となってはもう思い出せそうにない。
飛鳥が先に起きて家に来ると二人分の朝食を用意してくれる。
その後に俺が一足遅れて起きる。
これが休日を迎えた時の俺たちの日常だった。
「なあ飛鳥。今日は洞窟に行くのか?」
「そうだね、ここ最近雨が酷くて行けてなかったし見に行こうか」
俺が提案すると飛鳥は二つ返事で受け入れてくれた。
話しながら食事を済ませた俺たちは、軽く身支度を済ませ俺の家を後する。
この歳にもなっていわゆる秘密基地という奴だろうか。俺と飛鳥の二人は頂上に立つ寂れた神社が印象的な、山のふもとにある小さな洞窟を目指した。
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花を咲かせた木々が空を隠すほど生い茂り、木陰に塗りつぶされた木造の家が立ち並ぶ街並みを俺たちは歩く。
程よく差し込む日の光で照らされるミシオンのこの光景は、いつ見ても俺の気分を落ち着かせてくれていた。
不意に隣を歩く飛鳥が声をかけてくる。
「そう言えば昨日の魔法適性検査はどうだった?」
「俺はまたダメだったよ。そっちは?」
「残念だけど僕の方もまだ発現してないらしい」
俺は彼もまだ自分と同じ状況だと知り、嬉しさを抑え切れず笑みを漏らす。
「よっしゃ! お前に追いつけそうなのはこれくらいだから安心したよ」
友人の不出来を喜ぶ俺を見ても飛鳥は怒るようなことはしなかった。
それどころか彼も俺と同じように笑っていた。
「そんな事は無いっていつも言ってるんだけどね」
飛鳥が聞いてきたのは昨日学校で行われた、適正のある魔法の系統を調べる検査、魔法適性検査の話だった。
現代では十歳になると結果が分かるまで、およそ一ヶ月おきにこの魔法適性検査を受けるのが基本となっていた。
魔法の適性が浮かび始めるのには人によって大きく異なるが、十歳に発現する者がもっとも多いとされている。
三年という長い間、適性検査を受け続けてきた俺と飛鳥はレアケースとまでは行かないものの、少数派に属していると言えた。
やがて俺たちは森の木々に守られた街を抜ける。
蓋のされた世界から一転、突然広がった世界を俺は見上げる。
その先にはどこまでも続く、一面を覆う青い空が広がっていた。
飛鳥も俺と同じように雲一つない空を見上げるとつぶやく。
「久しぶりに晴れたね。ここ数日はずっと酷い雨だったから憂鬱だったよ」
「あぁ、やっぱり晴れが一番だよな」
俺も飛鳥と同じような気持ちだった。
昨日まで降り続けていた雨はまるで嘘だったかのように広がる快晴。
はるか遠い昔に『魔法』が生まれてから、急速に技術を進歩させていった人間でさえも届くことのなかった世界がそこにあった。
森から一羽の白い鳥が飛んでいく。
俺は昔から自分の知らないものには興味を抑えきれない性格だった。
だからだろうか、未知の世界に対する好奇心からか無意識に隣を歩く飛鳥に聞いていた。
「飛鳥ならあの空も飛べるような凄い魔法作れるんじゃないか?」
俺の無茶な質問に対して飛鳥はいつも通り苦笑しながら応じてくれた。
「それは『跳ぶ』なのかい? それとも『翔ぶ』の方かい?」
彼の言葉のニュアンスから意味を汲み取った俺は自由に空を『翔ぶ』の方であることを伝える。
「前者の方なら既に魔力の噴射による強力な跳躍という形で実現しているんだけどね。といっても高度な魔力の制御を求められるから扱える人は限られてしまうのだけれど……。
君が言う後者の方は難しいだろうね。そもそも本来魔法は物質の放出と生成を行う技術なのだから」
「魔法を面白い使い方するお前なら、新しい魔法を作れたりしないのか?」
飛鳥は魔法を使う時、不思議な使い方をする事がしばしばあった。
例えば昔、琴音が料理している時にもっと火が強ければおいしい料理が作れるのにと悩んでいた時期があった。
俺は琴音のため、本気で料理魔道具に火の魔法を込めてなんとかしていたのだが、そんなある日俺たちの様子を見た飛鳥は苦笑しながら全く違う解決法を提案してきた。
それは火をつけた後に外から風系統の魔法で風を送るというものだった。
言われた通りにしてみれば、確かに圧倒的に少ない魔力で強力な火を作ることができた。
理由は今でも分からないが、何でも火には空気が必要とのことらしい。
俺が飛鳥の過去を思い出している間、彼は少し考えるそぶりを見せながら俺に説明をしてくれる。
「いつものはあくまで魔法の使い方を工夫しているだけで、魔法自体には一切触れていないからね。
何度も言っているけど、完全に新しい魔法を作るってことは魔導式をゼロから作るってことだ。
魔法が生まれてからずっと、世界中の研究者達が必死にやろうとしても出来ていない事を僕なんかが出来るわけないよ」
「俺はお前なら、鳥みたいに空を飛び回るくらい出来ると思ったんだけどなぁ」
「魔導式を扱う術は進化しても、魔導式を作る術は手掛かりすら見つからないのが今の魔法研究の現実であり、限界だよ」
飛鳥は少し間を開けると、念を押すように俺に一言添える。
「人は空を翔べない」
飛鳥の表情は横顔しか見えなかったため分からなかったが、俺の瞳には彼が悲しんでいるようにも見えた。
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