9. 乱入者
金髪の少女は桜嘉の前に立つと、見上げる形で睨みつける。
「ちょっと、何してくれてんの?」
少女は不機嫌さを隠そうともせず文句を言う。
しかし、桜嘉はなぜ自分が怒られているのか分からず困惑していた。
「えーっと…… 私、何かしてしまいましたか?」
小柄ではあるが着古された制服と白衣を身に付けた少女。
桜嘉はその相手を見て、先輩だと判断し敬語で答えた。
そんな態度の桜嘉が癇に障ったのか、少女の勢いはさらに増していく。
「は? 人の実験邪魔しといて何その態度」
彼女はそう言いながら、傍らに倒れている魔獣を指さす。
その動作を見た燈夜は、桜嘉が口を開く前に無意識に会話に割り込んでいた。
「実験……?
それはどういう意味だ」
険しい顔で会話に入ってきた燈夜に対しても少女は態度を変えない。
「いや言葉のまんまなんだけど、バカなの?」
「あー、待て待て」
レオンは全く会話が噛み合っていない3人の様子を見かねて仲裁に入る。
彼はそのまま眉間を抑えながら少女に話しかけた。
「部長、またですか……」
「そうだよ?
すごいでしょ、これ最新作で割と出来がいいんだよね」
レオンが言いたかったのは『また問題を起こしたのか』ということだったのだが、嬉しそうに話す少女には彼の意図も全く通じていないようだった。
今回の騒動の元凶であり、突然やってきた少女はレオンと琴音が所属する魔工部の部長だったのだ。
琴音はふと何かに気づいたのか、視線を空に向けながら口を開く。
「部長、用事を思いついたってもしかして」
「流石琴音は分かってるねー。
こんなに珍しい魔力を見たら体が勝手に動いちゃうよね?」
「いえ、そういう意味では無かったんですが……」
少女に対して呆れるレオンと琴音、対照的に警戒心をあらわにする燈夜と桜嘉。
彼女をよく知る人間とそうでない人間、その差が彼らの反応から見て取れた。
『決して自らの魔法研究のために人を犠牲にしない』。
それは乱入してきた少女にとって絶対のルールだった。
その理由や背景までは知らなくとも、彼女とそれなりに付き合いの長いレオンと琴音はその事実だけはよく知っていた。
とはいえ人殺しという最低限のライン以外は平気で無視することも知っていたため、二人は揃って頭を抱えたくなる衝動に駆られていた。
そんな魔工部の二人であったが、彼らとは対象的に桜嘉は少女に対して声を荒げていた。
「一体何を考えてるんですか!」
これまで温厚だった桜嘉が急変しても、少女が態度を変える気配は全く無い。
「人が死にかけたんですよ!?」
「結果的に死んでないしセーフでしょ」
少女は桜嘉の主張を何食わぬ顔で流す。
彼女は「それにね」と一言呟くとさらに付け足す。
「私がそんな珍しいのを自分から殺すって?」
少女はこれまで桜嘉には一切向けなかった笑顔で話しかける。
そのまま桜嘉の横を通り過ぎると、彼女にだけ聞こえるよう耳元で囁く。
「自身を優先して未来を殺すクズどもと私を一緒にするな」
その瞬間の少女は無表情だった。
偶然なのか、はたまた少女が狙ったのか。
立ち位置の問題で彼女のその変化を見たのは桜嘉だけであった。
桜嘉は戸惑うと共に突然苦しくなり、何も返すことが出来ず立ち尽くす。
しかし燈夜だけは二人の空気の微細な変化に気付いていた。
それでも彼は何も言わない。
いや、言えなかった。
つい先程まであれだけ美しかった桜嘉を包む魔力が、彼女自身を突き刺すように荒れ始めたのを燈夜は見てしまったからだ。
それは今まで燈夜が見てきた苦しむ人間が共通して引き起こす魔力の荒れ方だった。
彼はあまりにも大きすぎる桜嘉の突然の変化にただ茫然としていた。
同じく、その現象を見ていた少女は歩きながら思案する。
「(へぇ、あの反応は全く予想してなかったなぁ。頭の悪い魔力の使い方するクセにちょっと意外かも)」
少女は次の行動へ移ろうとしていた。
「まぁいいや。レオン、校長のとこ行くから事後処理手伝えー」
「やっぱりそうなりますよね……」
レオンはまるでこうなることを知っていたかのように即答する。
彼は少女が問題を起こす度にその処理をいつも押し付けられていた。
気乗りしていない様子なのは誰が見ても明らかである。
だがそれでも彼は面倒見が良いのか、渋々少女に着いていく。
レオンは気にせず歩いていく少女に代わり、燈夜と桜嘉に頭を下げる。
「ごめんな二人とも、あの人いつもあんな感じなんだ。魔法研究を優先して無茶苦茶なことばかりする人でさ」
「おいレオンー! 早く来ないと置いていくぞー!」
「行きますよー!
……後のことは俺が全部やっておくから、今日はもう帰って休んでくれ」
レオンは重ねてもう一度二人に謝罪すると、少女の元へと駆け寄っていった。
琴音は一通り落ち着いたのを確認すると、彼女もレオンに続いて二人に説明する。
「その、悪い人じゃないんです。無茶苦茶って言っても人を傷つけたりすることはほとんど無いんです。今回ほど危険なものは私も初めてで……」
琴音は申し訳なさそうにしながらも少女を庇うように話す。
少女を慕う二人の態度からも、今回の"実験"はいつもと違っているらしいことは燈夜も感じ取れていた。
だが桜嘉には、突然人に魔獣を送りつけるという少女の異常な行動を許すことが出来なかった。
「それでもあんな危険な魔獣を作り出した挙げ句、いきなり人を襲わせるなんて!」
「それは……」
琴音は彼女の批判に対して、何も返すことが出来ず言葉を詰まらせる。
それは琴音自身も今回の件には疑問を抱いていたからであった。
今回は一歩間違えれば誰かが死んでいてもおかしくなかった。
それほどまでに少女が生み出した魔獣は強力であった。
琴音が少女と出会ってからの3年間、少なくとも琴音が知る限りでは彼女は数々の問題を起こしていたものの、今回のような危険な"実験"は行っていなかった。
それでも琴音はどう説明したら良いのかも分からないまま、ただ自身が思っていることを口にしていた。
「本当に、ここまでの事をするような人じゃないんです……」
燈夜はそんな戸惑う様子の妹と、冷静さを欠いている桜嘉を見て、今はお互い落ち着くべきだと考える。
彼は幸いにも体に大きな不調は無かったが、それでも戦闘による疲労はあったためそれを理由に話を強引に変えることにした。
「取り敢えず今はみんな休むべきじゃないか? というか休ませてくれると俺は助かる」
すると琴音と桜嘉は口論を辞めて顔を見合わせる。
次に二人は誰が一番今回の被害に合ったのかを思い出し、すぐさま冷静になる。
先に落ち着きを取り戻すことが出来たのは桜嘉の方であった。
「ごめんね、一番辛いのはキミの方だったよね」
桜嘉は素直に謝ると、続けて琴音にも頭を下げる。
「あなたもごめんなさい。あなただって被害者だったのに……」
一呼吸遅れて落ち着いた琴音もすぐさま謝罪を返す。
「私の方こそすみません。えっと……」
琴音はここで初めて自分たちを助けてくれた恩人の名前を知らなかったことに気づき、やや頬を赤らめる。
それは桜嘉の方も同じだったらしく、まだ少し強張っていた表情を崩すと二人揃って苦笑しあった。
燈夜は二人が完全に落ち着いたことを確認すると、自分が望んだ通りの結果になったことに安堵する。
「私は桜嘉。水無月 桜嘉」
「私は杠葉 琴音って言います。こちらは兄の……」
「燈夜だ。助けてくれて本当に助かった、ありがとう」
桜嘉は二人の名前を聞くと、少し視線を上げてから意外そうな顔になる。
「あれ、兄妹だったの?言われてみれば確かに顔つきとかは似ている気がするけれど……」
燈夜は彼女が琴音と自分の髪を見ていることにすぐ気付き説明する。
「琴音は少し特殊な体質なんだ。俺たち兄妹はたぶん、水無月と同じミシオンの出身だよ」
彼は自身が持つ髪の説明の意味も込め、黒髪の特徴とも言える故郷の国の名前を告げる。
桜嘉は燈夜たちに自身の故郷の話など全くしていなかったが、彼の発言に対して何も疑問を感じていなかった。
同じ黒髪の燈夜は当然として、琴音のこともその独特な言語の名前を聞いた時から同じ生まれだとすでに予想していたからだろう。
「やっぱり? ミシオンの人なんてこの国だとほとんど会えないから嬉しいかも」
しかし、彼女は燈夜の顔をもう一度ジっと見る。
「あれ、kミって確か入学式の時に私をずっと見てなかった?」
「兄さん……?」
琴音はそう一言だけ発すると、無言で燈夜を見つめる。
燈夜は妹の完璧な微笑みに気づかないフリをしつつすぐさま桜嘉に返す。
「ちょっとだけ見てたな、ちょっとだけ……。悪かったな」
燈夜は言い訳しながらも、女性である桜嘉を無遠慮に見続けていたことを謝る。
彼が今まで接してきた女性は主に二人しかいない。
妹である琴音と、彼から見れば女性として分類していいのか怪しいユリーシャだ。
そのためか燈夜の女性という生き物に対する認識は、同年代と比べて少々ズレていた。
とはいえ、女性を見続けるのはあまり良くないという程度の常識は流石に持っていた。
「水無月、本当にありがとう。
今回のお礼はそのうちさせてほしい」
「そんなお礼だなんて! 私はただ、自分の力で助けれる人がいたってだけだから……」
「本当にごめん、できれば今日はもう休ませてほしいんだが……」
桜嘉は燈夜がケガ人だったことを改めて思い出し、彼を引き留めてしまったことに対して慌てて謝る。
「あぁ、そうだよね! 長々と話しちゃってごめんね?」
彼女は手早くオラシオンを片付け始め帰る支度をする。
先ほど置き去りにしてきたケースは琴音が合流する際に持ってきていたため、準備は直ぐに整った。
「じゃあ、私は帰るからまた来週ね!」
桜嘉はそう言って手を振りながら帰路について行った。
彼女の言う来週とは、入学後初の授業がある次の登校日のことだろう。
しばらくして彼女が見えなくなると、燈夜と琴音は顔を見合わせる。
「兄さん、本当に体は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。ほら、見ての通り擦り傷位しか無い」
燈夜は微笑みながら琴音に返す。
彼は決して、胸の奥底を突き刺すような痛みを悟らせるようなことはしなかった――。
二人が琴音の家に着く頃には、空はもう夕焼け色に染まっていた。
燈夜は玄関を跨ぐとそのまま琴音に一言詫びを入れてからソファに倒れこむ。
シャワーを浴びる体力も、食事を取る気力も失せていたからだ。
しかし、琴音は疲れた様子の兄が雑にソファで寝ることを許す訳には行かなかった。
結局燈夜は無理やり琴音の部屋にあるベッドに押し込まれる形となった。
本来であれば昨晩のように琴音と言い争う燈夜も、久しぶりの戦闘、そして過去と同じ過ちを犯しかけたことによる精神的な苦痛には勝てなかった。
ゆえに琴音の強行に抗うことなど出来るはずもなく、そのまま琴音が使うベッドで泥のように眠ってしまうこととなった。
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