7. 黒い獣
数秒意識を失っていた燈夜。
焦げた臭いと爆発による耳鳴りから、彼は自分の身に何が起きたのかを知る。
彼の周りは先程の爆発によって土煙と黒煙に包まれていた。
燈夜は周りの状況を確認するため首を動かす。
隣ではレオンが倒れており、遠くでは琴音が岩の壁の裏で身を伏せていた。
「おいレオン、琴音!? 大丈夫か!」
燈夜は青ざめながら叫ぶ。
彼の脳裏に二年前の惨状がよぎる。
「兄さんこそ大丈夫ですか!?」
続けてレオンが軽い口調で自身の安否を伝える。
「お前が飛んできたせいでちょっとキツイわ」
レオンは口元を歪めながらヨロヨロと立ち上がる。
燈夜は琴音の無事確認し、レオンの皮肉を聞くと彼の右に立って肩を並べる。
「琴音、良かった……
レオンも何時も通りで安心した」
彼らの周りに風が吹き、視界が一気に晴れていく。
「グルル……」
かつて茂みがあった場所。
そこには魔法を操る黒い獣がいた。
燈夜の背丈の半分ほどだろうか、オオカミのようなそれは牙をむき出し低い唸り声を上げていた。
「こんな、街のど真ん中で魔獣!?」
琴音は魔獣の姿を確認すると、いるはずの無い存在に驚き声を上げる。
動物は魔力を持たない。
しかし稀に、系統を持つ魔力を持った個体が生まれることがある。
それが魔獣。
魔獣とは、人間で言う魔獣病を持った動物の事を指していた。
このような背景があるため、殆どの国では国内で生まれた動物は徹底的に管理されている。
イーステミスでは家畜やペットから新たに生まれた動物は国に報告する事が義務付けられており、これを怠れば重い罪に問われる。
殆どの人は魔獣の危険性を重々理解しているため、この法を犯すことは滅多にない。
故にこの黒いオオカミは悪意を持った人間によるものか、国の外から紛れ込んだということになる。
しかし、ここルノロア魔法学園はイーステミスの首都、その中心に存在していた。
琴音には、たまたま魔獣が迷い込んだとはとても思えなかったのだ。
「レオン! 来るぞ!」
燈夜は魔獣が身を低くし、4本の足に力を込めたことに気づく。
レオンもすでにそれに気づいており、臨戦態勢を取る。
魔獣が動き出す。
走り出した魔獣は口を開き、燈夜の首に噛み付こうと飛び上がる。
だがレオンが魔法を発動させ、自分の右手に岩の篭手を生成すると燈夜と魔獣の間に割り込んで攻撃を防ぐ。
魔獣は篭手に阻まれたことによる反動を利用し、そのまま後ろに飛び下がり様子を伺うように再び動きを止める。
「琴音ちゃん! 誰でもいいから呼んできてくれ!」
「――は、はい!」
琴音は自分も戦闘に参加しようと考えていた。
しかし先程のレオンの反応からも分かるように、彼は魔法による戦いに慣れていた。
その彼が人を探すよう、指示を出している。
琴音はレオンを信じ、今自分が出来る最大限の事を行うため背を向けた。
彼女は指示に従い、助けを呼ぶため走り出す。
「(今日は授業が無いし、部活もウチの部しか活動していなかった。
だから広場に行くしか無い!)」
琴音は向かうべき場所を瞬時に判断すると、走る速度を上げこの場から離れていった。
レオンは先程自分の魔法が魔獣による魔法に打ち負けた時から、この魔獣に対してかなり警戒していた。
琴音を送り出したのはもちろん増援の意味合いもあったが、最悪守れなかった時のパターンも考慮しての判断だった。
彼はもうひとりの魔法が使えない、守るべき人間に対しても指示を出す。
「燈夜、お前も逃げてくれ。コイツはお前を守りながら戦える相手じゃない」
レオンは包み隠さず燈夜に現状を伝える。
まだ出会ってから数時間の仲ではあるが、彼には冷静に判断する能力があるとレオンは考えていたからだ。
だが燈夜はそんな彼の考えに反してそのまま横に並び、構える。
「レオンの得意魔法は"土系統"で合ってるか?」
「あ、あぁ。それは合ってるがそんなことより早く――」
レオンが逃走を促そうとすると、それまで様子を見ていた魔獣が突然動き出す。
彼の意識は今の一瞬、魔獣ではなく燈夜に向いていた。
魔獣はその隙を見逃さなかった。
赤い粒子を口元に発生させると、魔獣は最初に打ち出してきた魔法とは異なりすぐさま放つ。
反動で後ろに押し出される魔獣。
そして魔獣と等しい大きさの高熱の火の玉。
レオンは咄嗟の攻撃に対し、反射的に
「しまっ――!」
魔法が使えない友人。彼を守るために普段の彼なら魔法による岩の壁を利用した防御の選択を取るはずだった。
しかし一瞬集中が途切れたこと、彼の魔獣に対する脅威度が上がっていた事が原因で無意識に回避という選択を取っていた。
今から魔法で燈夜を守ろうとしても間に合わない。
「しまった」。レオンがそう呟こうとして燈夜がいた場所を見る。
そこには回避行動を取る燈夜がいた。
否、すでに回避行動を
彼はレオンが反応するよりも早く、先に反応していたのだ。
二人の間を魔獣の魔法が通り過ぎる。
最初の魔法の一撃よりも遥かに火力が低い、しかし人を殺めるだけの力を持った爆発が彼らの背後で起こった。
レオンは燈夜に一歩遅れて着地すると息を整える。
「悪い、俺が間違っていた。……やるぞ」
「あぁ、行くぞ!」
二人は魔獣を挟み込む形で左右に別れる。
魔獣は魔法を使い続けているレオンを先に殺そうと考えたのか、彼へと攻撃を繰り出す。
それに対しレオンは再び岩の篭手で防ぐ。
魔獣は今まで通り、反動を利用し後ろへ飛んでいく。
だがその着地地点にはすでに燈夜がいた。
魔獣もそれに気づくが空中ではどうすることも出来ない。
燈夜は飛んでくる魔獣に対して右足で回し蹴りを入れる。
自身への反動を受け流すために後ろへ飛んでいた魔獣。
だがその反動は燈夜の蹴りによって再び傷を与える衝撃へと変わる。
「グガァ!」
魔獣は悲鳴を上げながらレオンを追い越すように吹き飛ぶ。
しかし魔獣もただ攻撃を受けるだけではなかった。
吹き飛ばされながらも魔法を起動し、火の魔法の力を溜めていたのだ。
攻撃を防いだレオンと蹴りを入れた燈夜。
二人が体制を立て直した時には、魔獣は受け身を取り魔法の準備がほとんど完了した状態だった。
最初の攻撃を彷彿とさせる、強く濃い赤の粒子。
「レオン! 俺の目の前に岩の剣を出してくれ!」
「待て! あれは最初の攻撃よりも強い!
俺の壁で防げなかったあの攻撃よりも強いんだ!」
レオンの言う通り、魔獣を取り囲む粒子は最初のそれよりも強く、血のような禍々しい赤へと変わっていた。
燈夜もそれに気づいていた。
それでも彼は再度レオンに対し同じ要求をする。
「いいから早くしてくれ!」
「あークソ! どうなっても知らねえからな!」
レオンは投げやりな言葉を叩きつけながら燈夜へと体を向ける。
土系統へ変換する魔導式の起動。
生成する物体の性質の設定、発生場所、形。
現代魔法に必要な物を全て頭に描く。
今この戦闘で魔法を行使する際に最も重要な魔法技術は魔導式の性能でもなく、フォークスの性能でもない。
これら魔法に必要な情報、全てのイメージを瞬時に済ませることだった。
幸いレオンは魔法の高速発動に長けていた。
その時間0.8秒。
ピンチによるものか、投げやりな言葉をかけた燈夜に対する無意識の信頼によるものなのか。
レオンの普段の平均よりも早く発動した魔法は、岩の剣を燈夜の眼前、その空中に出現させる。
燈夜はその剣を右手で掴むと前へと飛び出す。
レオンも同じく前へと、魔獣から離れる方向へと飛び出す。
同時に魔獣も準備が整い、二人を殺す血色の玉が放たれる。
その火の玉は魔獣の管理を離れると一瞬で燈夜と同じ大きさ、魔獣の二倍の大きさに膨れ上がる。
燈夜は剣を構え、左手を添えると鍔迫り合いの形を取る。
とてもじゃないが即席の剣では防げそうにない、強力な魔法だ。
だが彼は表情一つ変えない。
「燈夜!」
レオンは叫ぶ。
魔獣の攻撃を防ごうとする、
「――! ここだ!」
魔獣の火の玉と燈夜の剣、二つの武器が触れた瞬間、剣先が左にブレる。
剣の重心を変えず角度だけを変えるその動きは魔法をなぜか受け流されていく。
それは彼の恩人ユリーシャが編み出した特殊な剣技だった。
美しく、水流のように射線を変えた火の玉は燈夜達の後方、二人が歩いてきた道の方へと飛んでいく。
燈夜はそのまま追撃を加えるため、魔獣へ目掛けて剣を振り抜こうとする。
「(ユリーシャさん、今だけは感謝しますよ――!)」
彼にとってはおそらく人生で初めての勝利。
その感動のせいか燈夜の集中は完全に切れていた。
先程の火の玉を受け流したことで二人に怪我はない。
だが彼が握る剣には確実にダメージが入っていた。
ついに耐えきれなくなったのか、岩の剣がバラバラになる。
「っな!?」
彼の目には自分へ牙を向け、飛びついてくる魔獣の姿が映っていた。
武器を失った燈夜は攻撃の動作を取っていた体を無理やり動かし避けようとする。
しかし、先程受け流した魔獣の攻撃が地面に着弾し大きな爆発を生む。
その衝撃で燈夜は体制を崩す。
一部始終を見ていたレオンは燈夜と魔獣の間に岩の壁を生成しようとする。
だが彼は魔法を発動させながら気づいてしまった。
自身の魔法が間に合わないという事実に……。
魔獣が放った魔法は本来の目的を果たせなかったものの、魔獣が望んだ「死」という役目を果たそうとしていた。
黒い獣が笑う。
「また、俺は――」
燈夜の瞳が"黒"で埋め尽くされる。
その光景を最後に、彼は目を伏せる。
鮮血が飛び散る。
レオンの目の前の地面にまでその血は飛び散る。
彼はただ呆然としていた。
最も赤く濡れたその場所には、
「一体、何が……」
燈夜は思わず呟き、顔を上げる。
そこには腰まで伸びた美しい、黒い髪を持つ少女が佇んでいた。
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