6. 輝く世界

「まったく、また無視しやがったな?」


「何度もしょうもない事を言い出すお前が悪い」


 燈夜は悪態をつくレオンを一蹴しながら噴水広場へと向かっていた。


 入学式が終わった後は新入生達は解散となっていたため、二人は今後どうするかについての話を始める。


「俺はこの後予定はないが、レオンはどうするんだ?」


「悪い、入学式の日なのに部活に顔を出さなくちゃいけないんだ」


 燈夜はレオンが部活へ向かうと聞いて自分はどうするか考える。


 彼は琴音から事前に、今日は授業が無く、自分たち以外の部は活動しない日だと聞いていた。

 琴音とレオンが所属する部活だけが、例外として今日活動していた。


 当初の予定では琴音が部活があるため彼が一人、先に家に帰ることになっていた。

 そのため燈夜は合鍵をすでに渡されていた。


 しかし、琴音と学園の様子を見ておきたいと考えていた燈夜は自分もついて行っていいか、レオンに質問することにした。


「なら俺もついて行っていいか? 琴音のことが気になるんだ」


「全然構わないぞ。部室棟は高等科の方にあるから見学にもなるし良い機会だ」


 『今日は人がいないはずだからゆっくり見れるはずだよ』レオンはそう付け足すと高等科への道を歩き始め、燈夜もそれに続いた。

 


 彼らが会館を通り過ぎると、高等科区画の様々な建物が姿を表し始めた。

 レオンが言っていた通り、歩いている学生は他にいない。


 最先端を集めたの高等科区画の光景に燈夜は胸を踊らせる。

 ここは自分が輝ける場所であってほしい、彼が学園を見て最初に抱いた期待はより強固なものとなった。


 大小様々な真新しい建物が並ぶ高等科区画、その内の一番大きな建物にレオンは向かっていた。


「あれが部室棟なのか? 他の建物と比べてもかなり大きいみたいだが」


 燈夜の疑問に対しレオンは自慢げに説明する。


「ここの部活は世界的に見てもかなり力を入れているんだぜ。

 中にはふざけて作られた魔導具が企業に正式採用されたこともある」


 レオンはそのまま学園の部活動の事、特に彼と琴音が所属する『魔導工学研究部』についての説明を始めた。

 燈夜は彼の話を聞きながら部室棟を目指す。



 『魔導工学研究部』。

 通称、魔工部は魔法の の部分 、つまり魔法を発動させる上で一番重要となる工程部分の研究、そしてそれを扱う魔導具の研究をする事が主な活動内容だ。


 現代では魔法を行使する際は基本的に大小様々な魔導具を使用する。

 魔法は人間が持つ魔力を火、水、土、風の基礎系統に変質させ、魔導式と呼ばれる高度で複雑な式を使用する。


 魔導式は魔法が作り出された当初、古典魔法では手書きの魔法陣、発声による詠唱といった形で利用されていた。

 だが現代魔法は違う。

 精密な機械へと進化した魔導具に、魔導式を記憶させることで利用する。


 中でも小型の腕輪型魔導具『フォークス』は現在で最も普及している魔導具の一つである。

 人々は常に身につけていられる、この小さな魔導具のおかげで魔法を生活に組み込むことが出来ていた。


 古典魔法と現代魔法の大きな違いはこの魔導式の利用の仕方の部分であり、細かい差異は勿論あるが、精密な機械の魔導具を使うか否かで判断されることが多い。



 やがて二人が部室棟の前に辿り付くと中から琴音が歩いて来た。


「先輩と……兄さんも、ですか?」


 琴音はまだ部活動に所属しているはずのない兄が、部室棟に来ていることを不思議に思い二人に声を掛ける。


 それに対しレオンは、荷物を持って部室棟から現れた琴音に対して疑問を投げかける。


「あれ、部活終わっちゃったの?」


「部長が『今日は用事思いついたから解散!』と突然言い出して帰ってしまいまして……」


「今日は、ねぇ」


 今日早退していったらしい、魔工部の主の顔がチラついたレオンは思わず苦笑する。


 魔工部は部長が中心となって研究することが多い。

 こうして彼らの部長の気まぐれにより、不定期に終わることは珍しいことではなかった。


「それよりも先輩! どうして兄さんが――」


 燈夜はレオンと楽しそうに会話する琴音を見て温かい気持ちになる。

 友人など一切いなかった妹。

 そんな彼女が今では年頃の女の子と変わらないように過ごしている。

 琴音の過去を深く知る燈夜にとってはそれがとても嬉しかった。


「しかし参ったなぁ。そもそも俺を呼び出したのは部長なのに」


「また試作機のテストでしょうか?

 部で魔法が得意なの、先輩だけですから……」


 燈夜は楽しそうに会話する二人を邪魔するのも悪いと思い、改めてこれから自身が通うことになる学園を見渡す。


 ルノロアの街並み、学園の噴水広場から見た趣のある風景とは違い、ここが魔法の最先端であるのだと感じさせる真新しい建物たち。


 次に部室棟の裏手、あまり手入れされていない林、その雑草が生い茂る場所が視界の片隅に入った瞬間燈夜は息を呑む。


 下から上へ、茂みから空へと舞い上がる、赤く輝く、光の粒子。

 美しい輝きは少しづつ、数を増していく。

 それは系統を持った魔力が空気に触れた際に発生する 、の光。



 厳密に言えば赤い粒子は茂みから出ているのではない。

 茂みの中の何かから生み出されていたのだ。


 幼い頃から妹に対する敵意を常に意識していた燈夜。

 彼はそれが瞬時にどのような意味を持つかを理解する。


「――ッ!? 逃げろ!」


 燈夜は視線を外さず二人の間に体を入れる。

 琴音は突然声を張り上げた兄に思考が追いつかず、きょとんとした顔で立ち尽くす。



 だがレオンの反応は早かった。

 彼は燈夜の視線の先に気づくと慣れた手付きで、左手で右手首に巻かれた魔導具『フォークス』に一瞬触れる。


「クソ! 間に合え!」


 続けて右の人差し指を空に走らせ、魔導式を呼び出す。


 褐色の光を携えたレオンは自身の前に立つ燈夜と茂みの中間。

 そして琴音の目の前に狙いを定めて魔法を発動させた。



 燈夜と琴音の前に地面から激しい音と共に岩の壁が突き出す。

 その直後、赤い粒子が舞い上がっていた茂みは消失、煙と煤へと姿を変える。


 瞬間、燈夜の目の前に現れた壁は爆発した。


 燈夜は肌を焼くチリチリとした熱を感じながら思わず目をつぶり、両手を前に交差させ地面を踏みしめる。

 しかし、爆発の衝撃に耐えきれず岩の破片と共に後方へ飛ばされてしまう。

 肺の中の空気が強制的に押し出され、彼は声にならない呻き声を上げる。


「――ッチ!」


 レオンは舌打ちすると燈夜を受け止める体制に入る。

 琴音もようやく今の状況を理解したのか、悲鳴を上げながら体を伏せる。


 だがレオンも爆風に巻き込まれてしまい燈夜を支えきれず、二人は部室棟から離れるように吹き飛ばされてしまった。

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