3. イーステミス
燈夜は琴音と共に学園へと向かうため、二人で談笑しながら歩いていた。
琴音の自宅を出て十分ほど歩いた頃だろうか。
レンガ造りの建物に囲まれたこの道の先、まだ燈夜達から少し離れた場所ではあるが、そこに開けた場所があることに気づいた。
「琴音、あそこは何だ?」
「そういえば兄さんはまだ大通りに行ってないんでしたっけ? ちょうど通り道ですし、行けばすぐに分かりますよ」
燈夜は視線の先を指差しながら琴音に聞くが、彼女はそれに対して明確な答えを返さなかった。
琴音は続けて「別に隠しているわけじゃないですよ?」と笑顔で付け足すと、そのまま先程の曖昧な答えに対して補足した。
「たぶん私が教えるよりも見たほうが早いと思いますし、その方がビックリすると思いますよ。私も初めて見た時はとても驚きましたから!」
その言葉を聞き、燈夜はこの先に一体何があるのかさらに気になった。
二人が歩みを進めていると徐々に開けた場所が近づいて来る。
すると燈夜は数えきれないほどの道行く人を視界に捉え、そしてたくさんの"音"があることに気づく。
通行人に商品を売り込む商人たちのたくましい声。
想像できないほどの数の靴と地面が擦れる音。
自分と同い年ぐらいと思われる若い男女の会話。
朝食を作っているであろう食べ物を焼く音や包丁のリズム。
陽気な笑い声。
馬車の音。
そして、水の音色。
水の都ルノロア。
そう呼ばれるこの街はイーステミスの首都であるとともに、非常に美しい景観と活気のある街としてとても有名だった。
ルノロアは大通りとそれ以外の通りで景色が大きく変わる。
燈夜が先程まで歩いてきた住宅街の通りなどでは、基本的には見ることができない道路の下に水路が敷かれており、用水路として利用されている。
対してお店が多く建ち並ぶ大通りでは大きく異なり、住宅街の道路よりも遥かに大きい、道と道に挟まれる形で水が景観目的としてゆっくりと流れている。
やがて燈夜達は大通りにたどり着く。
街を行き交う老若男女問わないたくさんの人々。
どのような物が売られているのか分からない店まで並ぶ、たくさんのお店。
燈夜は今まで見てきたこの国の景色とは全く異なる光景に驚く。
彼は建ち並ぶ白いレンガの建物と、中央を流れる大きな水路による、白と青の美しいコントラストに目を奪われていた。
「これが、イーステミス……」
「どうですか? 私の家は街外れにあるので大通りからちょっと離れていますが、これから兄さんが通学する際に通る場所ですよ」
ルノロアの景観はとても有名であるため、燈夜も知識としては知っていたが、自分の目で見たのは初めてだった。
しばらくの間、美しい街並みに気を取られていた彼だったが、ここから少し離れた場所に、一際目立つお城のような大きな建物があることに気がついた。
燈夜がそちらへと目を向けていると、その様子を見ていた琴音が建物についての説明を始めた。
「あれがこれから私達が向かう場所、国立ルノロア魔法学園です。といってもあの建物は教室じゃなくて、中等科と高等科共通の会館なんですけどね」
「あれだけ立派な建物が校舎の一つなのか? まるでお城じゃないか」
彼のその印象もあながち間違いではなかったようで、続く琴音の説明に燈夜は納得する。
「昔は王城として使われていた場所ですから、まさしくお城ですよ。
まあ昔と言っても現代魔法が生まれる前ぐらい、とっても前のことらしいですが……」
「となると古典魔法が主流の時代ってことか? よくここまで綺麗に残っていたな」
「昔から定期的に修復し続けているみたいですよ。ちなみに建物の中は当時の面影がある場所もありますが、最新の設備がほとんどですね」
現代魔法とは、古典魔法と呼ばれる古い魔法を改良して作られ、現代で広く使われている魔法の一種のことである。
いわゆる"魔法"はこの現代魔法のことを指している事が多い。
中には古い技術である、古典魔法を主としている国が残っているものの、現代魔法と比べて不便であることから少数派であった。
イーステミスは現代魔法の使用率が圧倒的に多い国だが、魔法の研究がとても盛んな国であるため、古典魔法の研究も日々行われていた。
しばらく燈夜が街並みを眺めながら歩いていると、故郷では見られなかった街の様子に気が付いた。
「それにしても、色々な人種の人がこの国にはいるんだな」
彼は街を歩く人々を見渡し、肌の色から髪の色、そして服装に至るまで多種多様な人種の人達がいる事に驚いた。
それは彼が持つ、故郷以外では珍しい黒の髪も溶け込んでしまうほどであった。
「この国は有名な観光地ですから、様々な国からいろいろな人が集まって来るんです。おかげで私のこの髪もあまり目立たないから助かっています」
そう言うと彼女は、自分の前髪を人差し指でくるくると巻きながら微笑む。
太陽の光を反射して輝く白銀色の髪の毛は、彼らの故郷では彼女しかいなかったようで、それが原因でいじめられる事も多々あった。
しかし琴音が話すように、燈夜が辺りを見回してみても彼女の、そして自分の髪の色を気にかけている様子の人はほとんどいなかった。
強いて言えばチラリと燈夜のことを見ている人もいたが、それは例の災害のせいであることは彼も分かっていた。
「そうか、琴音はもう見た目を気にする必要は無くなったんだな……」
「はい! 私にとってここは、まさに夢の国です!」
燈夜は彼女が嬉しそうに話す姿を見て、昔のように髪の色を気にしている様子が無いことを知り、心の底から安堵する。
しかし、彼は今の自分の気持ちに引っかかりを覚えた。
琴音がいじめられた原因は、その珍しい髪の色だけではなかったはずだ、と。
琴音は生まれつき
それは比喩でもなんでもなく、また燈夜のようにあえて魔法を使わないというわけでもなく。
彼女は言葉通り、本当に魔法が使えなかった。
数万人に一人いると言われる生まれつき魔法が使えない病、『魔獣病』。
琴音はそのとても珍しい、特殊な体質の持ち主だった。
基本的に古典魔法や現代魔法といった、人間が扱う魔法は魔導具を用いる。
それによって人間は、自身が持つ特殊な魔力を火、水、土、風の基礎系統と呼ばれる、四つの系統へ変質させる工程を経て、魔法の発動へと繋げていた。
人は生まれつき系統を持たない、万能な魔力を生み出す力を持っている。
それとは逆に、魔獣と呼ばれる魔法を操る人間以外の生物は、最初から系統を持つ魔力を生み出す。
しかし琴音が抱える魔獣病は、まるで魔獣のように最初から系統を持つ魔力を体内で生成してしまう。
また、その系統は病を抱える人によってそれぞれ違い、加えて基礎系統ではない場合がほとんどだった。
魔力の系統を変質させる技術は遠い昔、古典魔法が生まれた時代に作り出されたものである。
そのため現在も分かっていない部分が多い。
にも拘わらず、現代で普及している"魔法"の根幹となっていた。
そしてこの
各家庭に設置された大型の魔導具を筆頭に、生活に関わる物のほとんどを魔法と魔導具に頼り切っている現代。
魔法を使えない事はすなわち、それら全ての生活を支える道具が扱えないことを意味する。
そんな特異な、人でありながら魔獣にも見えてしまう魔獣病は普通の人から見れば、異質な物として写ってしまうのは仕方のないことだった。
故郷での琴音は生まれつき魔法が使えないこの体質と、珍しい髪の色が原因で同年代の子どもたちや、酷いときには大の大人に虐げられていた過去を持っていた。
燈夜はそんな病を持つ彼女が幸せそうな様子に疑問を覚え、彼女に恐る恐る問い掛ける。
「もしかして琴音はもう、あの病気が治っているのか……?」
すると琴音は何を言っているのか分からないといった表情になり、やがて納得したような表情を顔に出した。
「いえ、あれは治るようなものではありませんから……
ただこの国はそういった分野の研究もしていますから、昔のような事は起こっていませんよ。
たまに一部の人に白い目で見られる事はありますけれど、それでもほとんどの方は理解してくださいますから」
三大魔法国家のひとつであるイーステミス。
中でも、魔法技術の最先端を行くと言われるこの国はやはり違うのだと、燈夜は琴音の話を聞いて改めて痛感したのだった。
彼女の現状を知った燈夜はこうして話している間に、学園の校門がもう見えていることに気づいた。
この国にいれば自分も何か変われるかもしれない。
そんな期待を抱いた燈夜の、学園へと向かう両足は無意識に早くなっていた。
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