4. 黒い髪

 燈夜達がルノロアの街並みを抜けて学園の校門をくぐると、そこには水の都の学園にふさわしい風景が広がっていた。


「ここが噴水広場です。学園関係者がまず通る場所ですね」


 元々王城として利用されていたと言われる生徒会館。

 庭として利用されていたであろう正門前の緑豊かな広場。

 そして、その広場の中央にそびえ立つ巨大な噴水。


 古典魔法の時代から使われている物が多いのか、趣のある校舎がそこには建ち並んでいた。

 それでいて決して古臭いということはなく、手入れがよく行き届いていることが伺える。


 琴音は噴水の前まで歩いていくと足を止め、燈夜の方へと向き直る。


「兄さんから見て、左側のすぐそこにある建物が食堂になります。

 ここは中等科、高等科どちらの生徒でも利用できますよ」


 そう言って琴音が指差した先には、制服を着た生徒たちが出入りしている建物があった。


「右側に進んでいくと教員区画、会館の左側を抜けると中等科区画があります。

 この二つは兄さんにはあまり関係ないかも知れませんね」


 燈夜は琴音に説明された二つの方向をそれぞれ確認した。

 どちらの建物も噴水広場から少し離れた場所にあるが、教員区画だけはこの町に似つかわしくない、真新しい建物が多く建っていた。


「そして会館の右側を抜けていけば……」

「お、琴音ちゃんじゃん!」


 琴音が最後に残った通路の行き先を説明しようとすると、遠くから彼女の名を呼ぶ男の声がそれを遮った。


 燈夜が後ろに振り返って声の主を探すと、笑顔で手を振りながらこちらに近づいてくる金髪の男がいた。

 男は整った顔立ちをしており、明らかに目立つその行動がとても様になっている。


 そんな笑顔に添えられた前歯には、太陽の光が反射しキラキラと輝いていた。


 燈夜は再度、琴音の方へ体を戻すと彼女に問い掛ける。


「なんだアイツ、琴音の彼氏か?」


「違います」


 彼女は燈夜の問いに対して表情を変えずに即答する。


 やがて男が二人の元にたどり着き燈夜を一瞥すると、彼も琴音に対して質問した。


「琴音ちゃんおはよう! 

 ところでコイツは琴音ちゃんの彼氏かい?」


「もう! 何度言えばいいんですかぁ!」


 琴音はとうとう耐えきれなくなったのか、頬を膨らませて怒り出した。

 燈夜と金髪の男はお互い自己紹介する暇もなく、二人で琴音をおだてては必死に機嫌を取ろうとする。


 しかし、その元凶となった二人では火に油を注ぐことしかできず……。


「私はそんなに遊んでいるように見えるんですね! 

 兄さんも先輩も、もう知りません!」


 結局彼らの奮闘も虚しく、琴音は怒ったまま中等科の方へと早足で去ってしまった。


 やがて彼女が見えなくなるまで、呆然と見送った二人は互いに向き直る。

 最初に口を開いたのは、つい先日にも似たような経験を既にしていた燈夜の方だった。


 彼は琴音の妹であること、まだこの国には来たばかりであること、そして今日から高等科に入学することを男に伝える。


「ふむ、琴音ちゃんの家族だったのか。琴音ちゃんはとても可愛いから完全に早とちりしちまったな」


 そういって彼は爽やかに笑うと、燈夜にならって自身も自己紹介を始めた。


「俺は彼女と同じ部活の先輩のレオン・ウェーバーだ。

 まぁこんな出会い方になってしまったが新入生同士よろしく頼むよ」


 そう言って彼は燈夜に右手を差し出し握手を求めた。

 見た目に反して少々荒っぽい話し方だと感じた燈夜だったが、悪意は一切感じられずむしろ好印象だった。


 燈夜はレオンの握手に応えながらそのまま会話を続ける。


「よろしくウェーバー。同じ部活っていうと中等科からの進級なのか?」


「そうだ。入学式は中等科上がりと高等科からの新入組で同時に行われるからな。

 といっても高等科の授業は中等科がベースになっているから、ほとんどが中等科上がりでお前みたいな奴は珍しいけどな」


 燈夜はそう言われ辺りを見渡すと、中等科と高等科へ向かう生徒の制服に微妙な違いがあることに気が付いた。

 中等科と高等科は胸に付けられたエンブレムが違っていた。


 古典魔法の時代、現代の魔導具の原点とも言われている、杖の形をした魔導具を二本交差させた学園の校章が、高等科のエンブレムとして使われていた。

 対して中等科の制服にはその魔導具が一本だけ描かれている。


 中等科から高等科へ上がってくる生徒が多いにもかかわらず、ここに来るまでに真新しい制服が多く見られたのは、進級時に制服が切り替わるためであった。


 燈夜はレオンから少ないと言われた高等科からの新入組が、少なくとも服装で目立つことはなさそうだと知り安堵する。

 生まれ持った黒い髪はどうしようも無いが、それでも目立つ要素は少ないに越したことはない、と彼は思っていた。


 彼は魔法が使えない事を、不特定多数の人間に知られることを避けていた。

 それは幼い頃から、魔獣病を持つ妹を間近で見てきた事が原因だった。

 燈夜には妹のように、強く生きていく自信が無かった。


「おっと、このままじゃ遅れちまうな。取り敢えず会場まで行こうぜ。

 それと俺のことはレオンでいい」


「分かった。俺のことも燈夜で大丈夫だ」


 燈夜がそう言うとレオンはニヤリと笑った。


「元から名前で呼ぶ予定だったぞ。なんせもう友人だからな」


 やはり彼は好感が持てる相手だ。そう感じた燈夜は式場へと向かうレオンに続こうとした。

 しかし、燈夜はそこでふと立ち止まってしまう。


「黒い髪……」


 視線の先、自分の横を通り過ぎていった少女に燈夜の目は釘付けになっていた。

 腰まで伸びた黒い髪、淡い桜色の瞳。

 彼はその美しい少女に目を奪われていた。


「おーい燈夜、置いていくぞ。――ってもう女漁りか?」


 レオンは燈夜が着いてくる様子がないことを不思議に思ったのか、声をかけてくる。

 次に燈夜の視線の先を追うと、彼は納得したように頷いた。


 燈夜は誤魔化すために咄嗟に最初に感じたことを口にする。


「いや、黒い髪が珍しいと思ってな」


「ん? あぁ確かに。

 そう言えば今気づいたけどお前も黒なんだな。」


「レオン、流石にそれは無頓着すぎないか?」


 燈夜はレオンのあまりの関心の無さに呆れる。

 しかし、レオンの次の言葉を聞いてその認識を改めた。


「いや、わざわざ髪の色程度を気にする奴は、ここにはあまりいないぞ。

 なんせそこら中から人が集まる国だしな。」


 彼はそのまま何かを考えるように、燈夜の頭の上を見ながら話を続ける。


「しかし黒ってなるとミシオンか。

 あんな災害があった後だし少しは目立つだろうが、それでも気にするやつはそんなに居ないんじゃないか?」


 燈夜は故郷の名前を聞いて苦い記憶を思い出し、一瞬息が詰まる。

 しかしレオンはそんな彼の様子には気づかなかったようで、再び会館へと向かっていった。


 燈夜は気を取り直してレオンに付いていくが、頭の中では先程見た、黒い髪の少女の姿がぐるぐると回っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る