1. 気まぐれな恩人
キッカケは恩人の気まぐれとも思える一言だった。
「なぁ、お前そういえばもう十五になったよな? 学校行け」
若い女性は新緑の長い髪を揺らしながら、燈夜に前触れもなくそう切り出してくる。
彼女はソファーに腰掛け、刀の形をした魔導具の手入れをしている最中だった。
それは日が沈み始め、鳥の鳴き声が一日の終わりが近いことを知らせる夕暮れ時のこと。
彼女の自宅の居間で、二人揃って日課を済ませている最中だった。
木材で作られた家の周りには住居が一切無く、森の奥にあるためかとても静かだ。
そのせいか彼女の声は特別大きな声でないにも関わらず、とてもよく通っていた。
燈夜は放任主義である彼女からの真面目な顔で、命令とも取れる珍しい一言に意外感を覚え少し困惑する。
彼は女性が今触れている、魔導具と似た形の物を弄りながら聞き返す。
「確かに今日ちょうど誕生日を迎えましたけど……」
「なんだやっぱりか。じゃあ来週から学校に行ってこい」
彼女の一切説明のない発言に燈夜は言葉を詰まらせる。
居間はしばらくの間魔導具を弄る音に支配される。
ちなみに燈夜の知る限りでは、誕生日には豪勢な料理を家族や友人といった親しい人たちと楽しみ、贈り物を贈ったりしてお祝いをするのが"一般的"である。
しかしそういった"一般的"が彼女には全く存在しない。
そんなことは長らく一緒に過ごしてきた燈夜にとってもすでに常識となっていた。
彼はいつも通り言葉足らずな恩人に苦笑しつつも、聞いてしまったほうが早いという結論に至る。
「私がお前をあの国で拾ってからもう二年になる。だがお前はこの二年間表面上はまだしも、内面に関しては全く変わっていない」
彼女はさらに続ける。
「だからそろそろ刺激が必要かと思ってな」
燈夜はユリーシャの言葉を聞いた瞬間、無意識に作業をしていた手に力を込める。
彼は二年前に起こった、忌々しい災害の光景を鮮明に思い出していた。
魔法災害、テオリプス。
今から二年前、燈夜の故郷で発生した原因不明の災害。
自然に発生した魔力によって起こる災害である魔法災害、その中でも歴史的に見て極めて大規模かつ異例であった謎のこの事件は人々から「テオリプス」と呼ばれていた。
燈夜はこの災害の発生地である小さな国の出身であり、災害当時もそこで生活を送っていた。
だが小さいとはいえ、国一つを飲み込むほど巨大なこの災害は親友とも呼べる幼馴染、そして自分の生まれ故郷を彼から瞬時に奪い去っていった。
「まぁそんなところだから学校に――っておい、私の相棒をそんなに握りしめるな。殴るぞ」
そんな絶望的な災害から燈夜を救い出した恩人であるユリーシャ。
彼女は燈夜がなにを考えているのか知ってか知らずか、彼が手入れしている自分の魔導具の心配をして睨みつける。
燈夜はユリーシャのするどい視線を受けると、気づかないうちに手に力を込めていた事に気づき、指の力を緩め彼女に謝罪する。
十秒ほど沈黙が訪れる。
やがて二人は魔導具の調整を終えたのか手を止めた。
燈夜がユリーシャに魔導具を手渡すと、彼女は壁に立て掛けてあったケースにそれらを片付け始める。
その所作を見て燈夜は、自分の調整に問題がない事を知り胸を撫で下ろす。
「まぁ言いたいことは分かりましたけど、なんで学校なんですか?」
まだ若い燈夜にとってユリーシャは、命の恩人であると共に一人の先生でもあった。
彼がユリーシャと過ごしたのはおよそ二年ほど。
その中で彼が学んだのは、「ユリーシャは滅茶苦茶な性格ではあるが、無意味なことはしない人間である」ということだった。
そんな前提が頭の中にある彼には抗議する目的は一切ない。
ただ純粋に学校へ入学させようとしてくる、ユリーシャの考えが知りたかった。
「お前さ、あの時の友達が死んでるって微塵も思ってないだろ」
「……はい。あいつなら……
「なら動け。お前は毎日目的もなく生きているように私には見える。でもまだ目が死んでいないんだ」
彼女は目を見ながら続ける。
「希望があるなら……目指せるものがあるなら、まだ動けるうちに行動しろ」
燈夜はあの日以来、言葉を交わすことは無くなってしまった親友の顔を思い浮かべる。
彼はいつも周りが思いつかなかった事を思いつく。
さらには周りが出来なかった事を平然とやってのける。
それは何も同年代に限った話ではない。
時には大人でさえ頭を悩ますような難題も、簡単に解決してしまっていた。
欠点といえばあまり人付き合いが得意な方では無かったことぐらいだが、その程度のことは燈夜にとって些細な問題である。
それほど彼は親友の凄さを身近で感じていた。
常に追いつけないほど遠く、自分の先に居る幼馴染。
燈夜にとって失ってしまった彼は、まさしく目標そのものだった。
彼よりも劣っている自分が今、こうしてなんとか生きている。
ならあれだけ凄い彼も生きているのではないか。
そんな考えが燈夜の根底にはずっと存在していた。
事実、燈夜はその目で親友の死の瞬間を見たわけではない。
彼が死んだとされたのは、燈夜がユリーシャに救われた後のことだ。
それは災害後に被災地を出入りすることが魔法的に出来なくなってしまった事から、周囲の人間が導き出しただけの事であった。
燈夜が救出され意識を取り戻した時、そこは被災地からやや離れた場所に設営された臨時キャンプだった。
彼は意識を失う直前に、別れてしまった親友の安否を確認するべく聞いて回った。
しかし返答はどれも似たようなものだった。
「あれだけ"奴ら"がいる状況であの国に閉じ込められたら生きていられる訳がない。残念だが諦めたほうがいい」
何度聞いても燈夜が望む答えは帰ってこない。
それでも燈夜は親友がまだ生きている可能性を捨てきれなかった。
いや、捨てたくなかったのだろう。
「でも、それならなぜ学校を?」
「あの災害は魔法災害だ。なら簡単な話だろう?」
ユリーシャは不敵に笑う。
そして燈夜は彼女の含みのある言葉から、彼女の
「――ッ! まさか学校って――! 俺に魔法を学べって言ってるんですか!」
ユリーシャは彼の突然の激昂にも眉一つ動かさず、話を続けていく。
「原因から学ぶのが一番手っ取り早いだろ? それに近頃はあの国の中に無理やり入る方法も見つかりそうって話だ。お前が強くなればその調査隊に参加することだって出来るかもしれない」
燈夜は自分が反発する理由を知っているはずなのに、落ち着いたままふざけた提案をする彼女に苛立ちを覚え睨みつける。
「ユリーシャさんも知っているでしょう! 俺は魔法が使えない!」
「魔法が使えない? 使わないの間違いだろう?」
ユリーシャはあざ笑うように指摘する。
彼女は燈夜が魔法を使うことが出来ない事を知っていた。
いや、厳密に言えば「使うことが出来なくなった事」を知っていた。
しかし燈夜が魔法を使おうとするとなぜか体が拒絶反応を起こしてしまう。
つまり燈夜の言い分も間違いではない。
長い付き合いであるはずの二人の会話は噛み合っていなかった。
「とにかく、もう入学の手続きは済ませてしまったからな。ここに居候させ続ける気もさらさら無いぞ。諦めろ」
「なっ!? そんな無茶苦茶な!」
それから毎日抗議し続けた燈夜。
だがその努力も虚しく、入学式前日の朝には家を追い出されてしまうことになる。
燈夜が家を出る日。
ユリーシャは特別な別れの言葉もなく、まるでちょっと旅行にでも行かせるようなノリで見送る。
それを見て燈夜はいっそ勝手に別の場所へ行ってやろうかと考える。
が、心のどこかで彼女を信頼していた彼は、「これもまた意味があるのだろう……」そう自分に言い聞かせる。
「俺はまだ受け入れていませんからね」
彼は内心とは裏腹に恨み言をこぼす。
やがて彼は一呼吸置くと、別れの言葉を口にする。
「行ってきます」
そんな彼に対しユリーシャは、自分が救った少年の心情を見透かしているのか、
挑発するような笑みとともに送り出す。
「おう、私に勝てるくらい強くなったら帰ってこい」
それは流石に無理だろう、そう内心でつぶやき苦い顔になりかけた燈夜は彼女との距離を徐々に広げていく。
燈夜はユリーシャに渡された移動に必要な荷物と、恐らく目的地と思われる場所までの経路が書かれたメモを手にし、不本意ながらも示された場所へ向かうことを選ぶ。
こうして彼は三大魔法国家の一つ、イーステミスが誇る国立魔法学園へ入学することとなった。
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ユリーシャは燈夜が旅立っていく様子を確認すると、先程まで作っていたイタズラな表情を崩す。
「燈夜、お前は自分が思っているほど弱い人間じゃないよ」
彼女は燈夜が歩んでいった道を見つめる。
その表情は彼には今まで決して見せなかった、とても優しい、柔らかい笑みだった。
「さて、守るべきものは一旦居なくなったことだし、私も本業に戻りますか」
再び普段の勝ち気な表情に戻った彼女は身支度を済ませると、自身と燈夜の思い出が残る家を後にした。
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