いつか夢見た、あの空を ~魔法に翻弄された少年はただ願う~

さくら紫水

1章 翻弄された少年は空を見る

0. プロローグ

「今日も晴れか―」


 この国では珍しい、黒い瞳と髪を持つ少年。


 春の穏やかな風が吹く。

 雲ひとつ無い快晴の空に校内で最も近い場所、すなわち学園の屋上。

 少年は設置されたフェンスにもたれ掛かる形で空を見つめていた。

 太陽の主張が激しい空の下では、部活動に勤しむ学生達が声を張り上げ汗を流している。



 彼は一週間ほど前からこの学園に通うことになった新入生だ。

 そのため部活動にはまだ所属しておらず、時間が出来た時はいつも屋上を訪れていた。


 入学するまでの彼の生活から一変、騒がしい環境になってしまった新しい日常。

 彼は人がほとんど来ないこの場所が、学園内で唯一落ち着ける場所になるのだろうと踏んでいた。



 だがそんな彼の考えは今日も数分で否定される。


 屋上への階段を駆け上がる音、そして背後のドアが力強く開け放たれる音。

 少年は振り返ることなくため息を吐く。


「やっぱりここにいたー! 燈夜とうやはほんとにここが好きだよねぇ……」


 腰まで伸びた、彼と同じ黒色の髪。

 彼女は長髪をなびかせながら屋上に駆け込んでくると、空を見上げていた少年、燈夜とうやに満面の笑みを向ける。


「また桜嘉おうかか……昼食の話か? 今日は琴音ことねと食べるって伝えなかったか?」


 彼は苦笑しながら振り返る。

 同時に嵐のように乱入してきた少女、桜嘉はイヤらしい笑みを浮かべる。


「ふふーん、もちろん覚えていますとも」


 さながら探偵のように、左右に振られる左手の人差し指。

 燈夜はそのイタズラ心丸出しの笑みに一瞬見とれてしまい、敗北感を覚えながらも桜嘉に文句を言う。


「ならなおさら、何でここに来たんだよ……」


「どうせならみんなでご飯を食べたほうが美味しいと思ってね? 琴音ことねちゃんも誘っちゃいました!」


 桜嘉は先程とは打って変わり無垢な笑みを浮かべる。


 たまには静かに昼食を取ろうと思い、燈夜はわざわざ先に予定をいれていたのだ。

 が、予想以上の行動力を見せつけられ、彼は軽い眩暈を覚えていた。


「分かったよ……。もう少ししたら俺も行くから、先に学食の席を取っておいてくれ」


「じゃあ先に行ってるね! 

 ……逃げちゃダメだからね? 絶対だよ?」


 桜嘉はそう告げると、嬉しそうに屋上の出入り口へと向かっていく。


 ドアを開け、校舎の中へ戻りながら彼女はさらに念押しする。


「空が好きなのは分かるけど、みんな待ってるから早く来てねー!」



 響き渡るドアの音。

 嵐のような少女が居なくなり、屋上に再び静寂が訪れる。

 とは言っても、部活中の生徒の声などはもちろん聞こえてくる。

 あくまで燈夜にとっての静寂だった。



 彼はもう一度雲ひとつ無い空を数秒見つめる。


 やがて満足したのか、屋内へと続くドアへ視線を戻した彼は歩き始める。

 屋上に残されたのは、誰にも聞こえないほど小さな声の、たった一言だった。



「俺は――――








 ――――こんな青空が心底嫌いだ」

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